第2話
笹山先輩と付き合い始めて数週間が経った。
九月から十月へ変わり、一気に肌寒くなったように感じる。
俺たちの仲に対して積極的に茶化してくる奴もだいぶ減って来たし、校内の生徒にジロジロと品定めのような視線を受けることも減って来た。
これは本当にうれしい限りだ。
廊下を歩けば話しかけられ、階段を上り下りすれば知らん奴から舐めるように眺められる。
そんな生活は息が詰まりそうだった。
元々はそこまで目立つようなタイプではなかったのでなおさらだ。
「おーい、ぼーっとして大丈夫か?」
「おう」
気付けば目の前の佐原が俺の顔の前で手をぶんぶん振っていた。
鬱陶しいのでその手を叩き落とす。
そう言えば昼休みだったな。
「なんだその反応。心配してやってんのに」
「ごめん。考え事してただけだよ」
「あっそ、ならいいよ。で、今度の遠征合宿だけどよ、女子と合同は流石にテンションアガるよな」
「遠征ね……」
前に言った通り、うちの男子バスケ部は顧問がいないに等しい。
そんなわけで、今までも練習試合の類は女子と合同だったのだが。
「合宿ってことは最低でも一泊はするわけだしな」
「そうそう。楽しみだぜ」
「ふーん」
「ハッ。流石は美人彼女持ちだな、余裕が違う」
「言ってろよ」
俺がどれだけ奇異の目に心身疲労をしていたか知ってる癖によく言う。
佐原は食いかけの焼きそばパンを豪快に貪る。
食欲旺盛、精力充実の絵に描いたような漢なわりに、爽やかなルックスなのがアンバランスだ。
「でもお前だって楽しみじゃないのか?」
「え? 浮気心なんてないぞ?」
「そーじゃなくて。だって、お前の場合は彼女との泊りになるわけだろ?」
「……そうか」
そういう考え方はしなかったな。
だがそう言われると、少しむずむずしてきた。
笹山先輩と、お泊りか……。
「おっ、オスの顔つきになったね」
「どうせお前らみたいなうるさい男が一緒なんだから、ムードもクソもないだろ」
「同じ部屋で寝たりとかは?」
「馬鹿言え。みんなにバレるだろ」
「いいじゃねーか。どうせお前らが付き合ってるのなんて、校内全員が知ってるんだから」
「それとこれとは別だ」
つまんねーと言って佐原はパックの抹茶オレを吸った。
「お前ら見てるとちょっともどかしいんだよ」
「はぁ?」
「だって、部活の時はお互いそれぞれの練習と仕事に夢中だし、校内ですれ違っても特に会話もしてないし。毎日一緒に帰ってるだけだろ?」
「十分だろ」
「えー、そんな事ないだろー」
佐原はルックスも良いし、コミュ力もある。
加えて妙な面で気も利くし、結構モテるのだ。
今は彼女がいないみたいだが、基本的に女が近くにいるイメージがついている。
「どっか二人で遊びに行けば? 部活だけの仲は段々冷めて、自然消滅するぞ」
「怖いこと言うなよ」
「本当だぜ?」
やけに迫力のある表情だった。
まさか、経験があるのだろうか。
野暮なので聞かないが、まぁこういう話は参考にした方がいいかもしれない。
「今週末の土曜がたまたま部活がオフだから、誘ってみるか」
「その意気だぜ」
「お前は俺の恋愛コーチか?」
「お? 給料くれるなら正式に受けるぞ」
「月一でコーラ一本ならいいよ」
「これはおいしいバイトができたな」
それはそうと、高校生の男女が遊びに行く場所ってどこがいいのだろうか。
やっぱり、普段は行かないようなところがいいよな。
笹山先輩はどんな場所が好きだろう。
うーん。
考えてみれば、あまり彼女の事を知らないことに気づいた。
いつも一緒に帰って話はしているけど、踏み込んだ会話とかできてなかったな。
確かに、こいつの言う通りこのままだと、あまり良くないのかもしれない。
「お前は合宿で何かするの?」
「できて、女バスの寝室に潜り込むくらいだよな。多分先生見回るし」
「普通はそれも出来ないだろ」
「そうか? 為せば成るだぜ」
使い道として、それはどうなんだろうか。
「精々がんばれよ」
「合意で同室に入れる涼太が羨ましいよ。笹山さん可愛いしな」
「他人の彼女を狙うのはやめろよ」
「そんな悪趣味はねーよ。応援してんだから」
「はいはい」
ふざけた会話をしながら、俺は自分の弁当をかき込んだ。
すると。
「そう言えばこの前貸した漫画。早いうちに返せよ?」
「おう」
借りたものは早めに返さなきゃな。
‐‐‐
用事があるらしい佐原とは別れ、自分のクラスへと戻った。
すると、隣の席の伊藤が珍しく自分の席について頭を悩ませていた。
「何悩んでるんだ?」
尋ねると、彼女は俺を横目で見てため息を吐いた。
「彼女がいるリア充のあんたにはわからないこと」
「お前も合宿でワンチャン狙ってるのか?」
「は? 何その話?」
「いや、なんでもない」
気のせいだったらしい。
先程も似たような表情の奴に、似たようなフレーズを言われたからもしや、と思ったのだが勘違いだったようだ。
伊藤は嫌なことを思い出したかのように顔を顰めた。
「合宿なんてのもあったね」
「おう、今月末って言ってたから再来週の土日か」
「最悪だね。あーぁ、なんで男子と一緒なのかな」
「男子は嬉しそうだけど」
「そうだろうね」
男子がわくわく期待している半面、女子はそうでもないらしい。
当然か。
好きでもない相手に対して、貞操の危機を感じているわけだしな。
俺なら嫌だ。
「あんたは可愛い彼女とお泊りできてよかったね」
「お前もそんなこと言うのか」
「お前も?」
「さっき佐原に同じこと言われたからさ」
言うと、伊藤は頷いた。
「男バスは佐原くらいだよね。イケメン」
「俺は?」
「普通……よりはイケメン寄りかな」
「微妙だな」
「微妙だもん」
「そうか」
別に悲しくなんてない。
彼女以外の女にそんなことを言われたくらいで、特にメンタルに効いたりはしない。
ブスと言われないだけマシだろう。
「で、何を悩んでるんだよ?」
話を戻すと、伊藤は『内緒』と誤魔化した。
そして俺を不躾に眺める。
「なんだよ」
「あんたは他人のことより自分のことを考えたら?」
「どういう意味?」
「このままフワフワしてたら、綾乃先輩取られちゃうよ?」
さっき佐原が言ってたことか。
つくづく同じようなことばかり言われる。
「それなら大丈夫。今週末に遊びに誘おうと思ってる」
「え? マジ? やるじゃん!」
「おう、任せろ」
「で、どこ行くの?」
興味津々で聞かれたが、俺の返答がスムーズに出ることはなかった。
そのため、伊藤は首を振る。
「遊びに誘うだけじゃ意味ないんだからね。ちゃんと場所とか雰囲気とか考えなよ? 相手は年上なんだから尚更」
「はい」
俺の周りには、恋愛マスターがたくさんいるようだ。
隣の伊藤と同様、俺も頭を抱えた。
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