――いや、待て。息子よ、なぜにそんなにも強く……いやいやいや、だってお前さんちょっと前までこんなちっちゃ――ぷげらぁっ
互いの真ん中。
宙に浮いたバスケットボールに、セバスの目は釘付けになる。
ボールを、思わず取ろうと腕を出したセバスより先に、一気にトップスピードへと乗ってセバスの目の前に移動した私の右手がボールを掻っ攫った。
そのまま右手からワンバウンドで左手へと移ったボールは、更に強く地面へと叩きつけられて地面を介して右手へと。
ここからは変則的なクロスオーバー(両手で交互にドリブルすること)で撹乱だ。
時には
受け取った右手がもう一度ドリブルに移る前に、私はくるりと体を回転させる。
セバスへ背中を向ける体勢になったところで左手へと。
セバスが背中越しに狼狽える気配を感じ取ると、そのままドリブルして右手に渡す勢いついでに右側を抜けていこうとすると、セバスが反応して止めようと動く。
だがしかし。
それは、フェイントだ。
私の体とセバスが接触。
セバスは「うぐぅっ」と唸りながらもスピードにノッた私の突進に、軽い接触とはいえ耐えきった。
ほぅ。しっかりディフェンスしてるじゃないか。
すぐさま右へ抜けようとしていた体を左へと反転。そのままドリブルしながらセバスの左側へと抜けていく。
チェンジオブペース(ドリブルや移動の速度に緩急をつける)、かつ、体勢を低くすることで視界から消えるように動いたことで、セバスの反応が遅れた。
抜かれたことにすぐに反応して私とゴールの前へと走るセバス。
流石にここで抜かれたら可哀想だから、急停止してセバスを待つ。
もう一度。
やっとディフェンスの体勢を取ったセバスの目の前でくるりと回ると、セバスはびくっと先程のように抜かれるのではないかとより慎重になって体を強張らせた。
だんっと、同じように一度目と同じくフェイント。
今度は左を抜けようとすると、フェイントを見破ってボールに手を向けてくる。
ワンバウンドさせながら今度は横へとくるりと回りながらスライド。
さらにもう一歩横にずれられると思っていなかったセバスは私に追いつけない。
ドリブルを止め、ぴたっとボールを両手で持ち、ステップバックのジャンプ。
ゴールを狙いはしない。
昔から、私はゴールをじっと見つめて打つと、
だから昔と同じように。
動いた直後に。
ゴールを見るのは一瞬だけ。
ボールを放つ、その一瞬。
ふわりと。
ボールは弧を描いて――
ぱさり。
リングの中へ、ネットを揺らし通って地面へと。
「――とまあ、こんな感じだな」
ぼんぼんっと、バウンドするボールを取って、セバスへと投げ渡す。
「は、はやっ」
セバスは私のスピードに驚きを隠せないようだ。
大人の本気のスピードに子供が追いつけるわけがないのだが。
大人気ないとか思いつつも、久しぶりの運動に私もはしゃいでいたようで。
おまけに。
私の特殊能力『
ははっ。足ががくがくと、笑ってやがるぜ。
「ねぇねぇ、今の僕もやってみていい?」
そういうとセバスは、受け取ったボールをだんだんだんっと弾ませる。
……待て。
待ってくれ。
まだ息が整って――ぶひゅーぶひゅー。
「いくよーっ!」
セバスは――いや、子供は時に非情だ。
先程で余裕で見えていたはずのセバスの動き。
見えている。見えているんだ。
だけども。
体が、ついていかない……っ!
ふははははと、膝が、笑顔だ。
なに? まだやるの? 限界は、超えられないから限界なんだよ、と、膝は歌う。
ただ一度だけの、一瞬にも近い程度の瞬発。
それだけの行動に、体がもはや悲鳴を上げている。
足だけではない。
腰。
くるっと反転したときか、それともジャンプして着地したときか?
爆弾持ちになったらどうするんだ、と。
迫りくるセバス。
それがゆっくりと見える。
見えるからこそ、ボールを取るために手を出した。
さっきの私のように、セバスは私の目の前で背中を向ける。
だけどもその動きはまだお前には早い。
セバスは少しバランスを崩した。
ボールも、こういう時のハンドリングが分からないからセバスからすでに離れて遠くに放り出されている。
そうなれば、後は待つのは――手を出した私と、セバスの接触だ。
「ぐぼぉぉぉぁっ」
ずざざーっと。
セバスの体の重さに、がくがくと悲鳴を上げていた私の足は、降りかかった衝撃と体重を支えることができず。
私は、地面に尻餅をついては若干滑走してしまった。
ぐぬぬぬぅ。
まさかこんなにも体に負担がかかっていたとは。
くそっ、ここまで私は衰えていたのか。
セバスは先程、同じくらいの接触に耐えきったというのに。
私は耐えきれずに吹き飛ばされてしまったことに、焦りを感じる。
「ぱ……ぱぱうえ。大丈夫?」
そんな私を心配そうに若干苦笑い――いや、超笑いを堪えているセバスに。
「ばっか、お前。今の演出だっての。それこそ、わざとに決まってんだろ? ほら、見ろよパパ上の靴。今日履いてたコンバースのスニーカーで踏ん張れるわけないしー? むしろちゃんとした運動靴とか履いてくりゃ良かったわ。あー、でも、演技とはいえ、実はちょっと滑っちゃったんだよな。ああ、決して、お前の体重支えられなかったわけじゃないぞ。お前如きの重さ、余裕だわ。だから滑った。うん、滑っただけ。おーけぃ?」
やせ我慢を見せて。
「へいへい。セバス、まだまだこっからだぜ」
「そうだよね、演出だよねっ!」
笑いながら、セバスは私から少し離れて嬉しそうにボールをだんだんだんっと地面に叩きつける。
……この、無尽蔵な体力。
私より思いっきり動いているはずなのに、息を切らしてもいない。
私はさっきから汗だらだらで、着ているシャツの背中なんてびしょびしょすぎて、先程、地面にケツを置かせて頂いた時にはスボンは砂まみれで汗で吸着効果アップなほど。
これが、若さ、か……。
だがそんな若さに。いや、息子に。
父親としての威厳、そして凄さ、まだまだ親には適わないということを知らしめてやらねばならない。
若さなんてものを理由に、ここで諦めては、ならんのだよ。
奮い立たせる。
がくがくと産まれた小鹿のような足で、ぶるぶると立ち上がる。
さあ、第二ラウンドを――
「かえるわよー」
妻の声が。無情にも響く。
「ままー、おにーちゃーん、かえるよー」
アスレチックコースで遊んでいた妻と、娘が。
これから本番であると言うのに、帰宅を宣言してきた。
「えー」
「……はっ」
『まま』じゃなくて、『ぱぱ』な……。なんて言葉をいつも娘に返すのだが、今日はちょっと無理そうだ……。
へへっ。アドレナリンって、やつか……。
動き止めたらすっげぇ酸素を求めてやがるぜぇ、この体はよぅ。
「ぱぱうえ。命拾いしたね」
「ちぇっ」って本当に使うんだって思うような表情と言葉を使ってドリブルをやめたセバスが生意気なことを言う。
「……はぁ? お前、
とはいえ、息子の成長を垣間見れてとても有意義な時間だったなとも思う。
後、自分の体の衰え具合もよぉく分かった。
へへっ、命拾い? 時間切れ? はっ、時間切れなのは、私の体だ。
なんて言おうもんなら、父親の威厳が掠れてしまうわ。
「まー。まだまだだな。お前はもう少し基本を学んだほうがいい。後体力な」
心の底から必死に息を吸い込んで息を整えようと頑張っている大人の私がいう台詞ではないのだが、シャツの襟でいまだ零れ落ちてくる汗を必死に拭っていると、まるであたかもいい試合をしたバスケット選手みたいでちょっとカッコイイとか思ったのは内緒だ。
「今日は楽しかったよぱぱうえ。またやろう」
なんていう息子のためにも。
ちょっと運動しないとな。
なんて。
がくがくと揺れて歩けない足に、誓う。
そんなパパ上家は、今日も平和だ。
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