パパ上様日記 〜息子と始める痩せる道〜

ともはっと

息子と頑張る運動不足の解消手段――

 だんだんだんっと。

 コートからボールを弾ませる音がする。



 ここは、とあるストリートのバスケットコート。

 最近見かけなくなったとも思う、屋外にある古びたゴールポストが二つ程あるハーフコートだ。


 コートの近くに大きな野球場。そしてその奥には運動公園併設の最近改築された大きな総合体育館がある、比較的――いや、かなり大きめな、市が運営している総合運動公園だ。


 そんな公園の片隅に、昔からあるらしいバスケットコート。

 屋根などもないから吹き曝し。雨でも降ろうもんなら水はけも悪そうなコンクリートコートなわけで、すぐに水溜りが出来てしまうであろう。

 風が入ってこないようにか、それとも野外にアスレチックコースもある運動公園だからか、周りには結構大きめな木々があって、風が吹くたびにそよそよざざざと一斉に木々が囀りを奏でていく。

 時折風に弄ばれてはひらひらと落ちてくる青々しい葉っぱも時折風の悪戯に弄ばれて妖精の踊りシルフィーダンスで迎えてくれる。


 ……いや、その辺りにいっぱい枯れ葉は落ちてるんだけどね。ちょいとばっかし隣の野球場からであろう砂もコンクリートコートにうっすら残ってて、運動靴でなかったら見事に転んでしまいそうだったりもする。



 ……いや、別に。

 フラグじゃないからね?


 私は若い頃。『だんくすまっしゅ』なる技を使い、足の指の骨を折ったことがある。勢いよくジャンプして、普通に着地しただけであって、そんな素晴らしいテクニックを披露したわけではないが。

 つまりは、ただ、ジャンプして腕を振って。

 それで、骨を折ったという、輝かしい黒歴史だ。


 だからこそ余計に、フラグのようにも思えるのだが、バスケットボールでジャンプすることなんて滅多に――いや、結構あるな。

 だ、だからって、フラグじゃないんだからねっ!



 とか。

 つるりと滑って転んでは足以外のどこかも痛めて蹲っている自分が一瞬脳裏を過ぎったわけだが、そこは置いておいて、目の前に集中しよう。



 今は夏。

 とは言っても、自粛期間中だから、マスクをしながら散歩がてらの運動公園。

 息子も私も、最近あまりにも運動をせずに毎日のようにゲームをしているから、たぬたん腹になってしまってさあ大変。

 だから、たまたま――いや、違う。正しくは私が動きたかったからだが、息子が小学校でバスケットボールを部活としたから、今日はバスケットコートがあるこの運動公園に来て、久しぶりに息子と運動してやろうと画策したから今ここにいる。


 そして、私の目の前には、バスケットボールを学んでいるからか、ちょ~っとばかし様になっている息子がいて。

 そんな息子が、だんだんだんっと、私を警戒するようにその場で立ち止まってボールを地面に叩きつけている。


 一丁前にも、ドリブルをしていないもう片方の腕をこちらに向けて。私が突っ込んできたらすぐにでもその手で払いのけながら私をドリブルで避けようとしているようで。


 ほほう。

 息子ことセバス(チャンではない。私だけが家の中だけで呼ぶ息子のあだ名)が私を抜こうと。


 小さい頃にこうやってバスケットボールをもってドリブルする息子に向き合ったことが何度かあったが、あの時はまだまだバスケットボールという遊びもよく分かっていない小学校中学年であったからか、ドリブルも様になっていなかったから、手鞠をてんてんしているようにしか見えなかったものだが。


 小学校高学年となって、バスケットボールも部活として選び、そして、家に帰ったら、私ことパパ上にバスケットボールの教育だと言われて、スラムダン〇ではなく黒〇のバスケを見させられてあんなことができるんだとか目をきらきらさせていた息子も、まーしっかりとドリブルが上手くなって。


 パパ上は、成長が垣間見れて嬉しくて嬉しくて。



「ぱぱうえ~そろそろいくよー」


 私のことを、一時期パパ上と恥ずかしくて呼ばなくなった息子も、今では当たり前のようにまた呼ぶようになり。


「おぅ。いつでも来い」


 そんなセバスを嬉しく思いながら、合図と共にこくりと頷くと、息子の顔が一段と真剣味を帯びた。


 真剣な眼差しに、私も真面目に向かい合う。


 嬉しいには嬉しい。

 だが、まだまだ子供。

 ここいらで大人の凄さというものを、見せ付けてやらねばなるまい。




 だんだんだん――だんっ




 ――くるっ!





 セバスが自然体から一気にトップスピードへ。

 私の隣を一気に加速して抜けていこうとする。


 だがしかし。


 私を、舐めてはいけない。

 仮にも昔、小学生、中学生時代はスリーポインターとしてシュートを打てば9割方リングに沈ませていた私だ。――え、シュートの自慢話は今は関係ない? ですよね。


 私はちょっとだけ体をずらしてセバスと私の体と接触させた。その接触に、ちょっとよろめく振りをした。

 その衝撃に、抜けた、と直感したのだろう。素直な子だ。ドリブルがすぐに甘くなる。恐らくセバスは、誰もいない、障害物もない、目の前のバスケットゴールしか見えていないはず。

 そこに一瞬の隙を見つけた私は、すっと、ドリブルでセバスの手から離れたボールに、添えるように手を差し出したドリブルスティール。ボールはその手に触れるとそこでストップがかかり、勢いよく私の隣を抜けていったセバスに置き去りにされていく。



「まだまだドリブルが甘い」



 私の手に遮られて弾かれたボールは転々と地面を転がる。

 ちょ~っとだけ進行方向を邪魔して手を差し出すという極力動かずにドリブルスティールをかまされ、抜いたのにボールがないことに一瞬気づかなかったセバスに一声かけては、ちょっと歩くのだるいなと思いながらスティールしたボールを拾いに行く。

 本当はぎゅっと指の力を使って極力遠くに飛んでいかないよう、握力だけで握り掴むとかできたらいいのだが、バスケットボールをそんなことできたらなかなか凄い。

 できないからこそ、ちょい地面に叩きつけるようにスティールしながらも、出来るだけ勢いをなくさせながら地面に優しく叩きつけてあげる程度のことをする。そこまで遠くにいかなくなるので余計な体力を使わなくて済むというちょっとしたテクニックも披露しているのだが、セバスは気づかないだろうなぁ。


「いつ盗られたか分からなかった……」

「そりゃあな。一応父さんの得意技だ」


 ボールを拾って、くるくると指先で回してにやりと笑みを浮かべてやると、セバスは目をきらきらと輝かせる。


「それ、後でやり方教えてよっ!」


 ボールをくるくると回すことに対してか、それともスティールするときのテクニックのことを指しているのかは分からないものの、少しは父親の威厳というものを見せ付けられかな。なんてそんな息子の反応にほくほくすると、私はもう一つ見せてやろうではないかと調子に乗る。


「……じゃあ、次は――」


 だんだんだんっと、セバスのドリブルよりほんの少しだけ強めの音がコートに響く。

 セバスが、腰を軽く落としてディフェンスの構えをとった。



「――パパ上を、止めてみな」



 だんっ


 地面に先程より強く叩きつけられたボールは、私を飛び越えるように私より早くセバスの手前の宙へと躍り出た。

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