第83話 借り物競争のお題がコンビニ店員ということはない
「それにしてもお嬢様学校といっても、プログラムは普通の学校と変わらないんですね」
「そりゃそうだよ。パン食い競争のパンがちょっといいところのお高いパンっていう違いとかじゃない?」
「なるほど」
そういえばお姉さんも、お嬢様学校に通っていたらしいがあまりそういったお嬢様学校あるあるのような話は聞いていないな。
「お姉さんは体育祭の思い出とかあるんですか?」
「う~ん…団のシンボルの製作とかかなぁ…。私が美術の才能ないくせに担当したいって言ったもんだから、クラスの皆に止められてね。あ、結局は押し切って私が担当したんだよ?そしたら意外と好評でね、シンボル部門で表彰されたんだよ」
十年ほど前のことを懐かしみながら語るお姉さんとは対照的に特筆して語る点がない俺は、ただ聞くことに専念していた。
テレビで観る芸能人のエピソードトークなんてオチがあって面白いのが当然というものだが、一般人の俺の場合、そもそもエピソードがないものである。
そんな俺を気遣ってか唐突にお姉さんが話を展開する。
「いやぁ…若いっていいね」
縁側から路端を駆けていく少年少女を見て、過去を懐かしむご老人のように言葉を絞り出していた。
「お姉さんも十分若いですよ。歳下の自分が言っても受け入れてもらえなさそうですが」
「どうせ亮くんも私みたいなアラサーよりも可憐みたいな女子高生が好きでしょ?」
故意的に不貞腐れた態度をとるお姉さんが、俺の横腹を軽く高速で突いてきた。
くすぐったい。
それよりも、質問がなかなか答えにくい。
アラサーが好きですと答える分には少し歳上が好きなのか?と思われるくらいで比較的(他の男子学生がどうかは不明だが)ダメージはない。しかし、女子高生が好きですと答えれば一瞬で俺を見る目が冷たくなるであろう。ついでにこの観覧席の場から学校外に追い出されるであろう。
「…好きの対象がアラサーか女子高生か、みたいになると答えにくいんですが。アラサーが好きというよりかは、お姉さんを好意的に思うのであって…女子高生が好きというよりかは可憐さんを好意的に思うのであって…」
数秒考えてから口にした言葉。
ただの通りがかりが聞いたならば、どういった弁解をしているのだろうと思われるだろう。
だが、お姉さんにはしっかりと伝わったようで…
「そっか。私のことが好きで…そして可憐のことも好き…。…二股ってこと?」
伝わってなかったらしい。
「たしかにそういう風に聞こえますね…。いや、二人のことが好きなのは間違ってないので否定できないんですけど…」
「冗談。言いたいことは伝わってるから。からかってごめんね?」
「いえ…近いうちに答えが出せたらと思ってます…」
この場ではこれ以降双方の口から切り出されることはなかった。
「そういえば、体育祭の鉄板競技といえば借り物競走じゃないかと思うんだけどどう思う?」
「まぁ…鉄板だと思います」
楽しそうに歩いたり走ったりするグラウンドの女子高生たち…なんとなく言い方が引っかかるな…青春真っ只中の彼女らを眺めながら、俺たち二人のくだらない会話が行われていた。
そして、観覧席の保護者もそんな彼女たちを見ながら写真や動画に収めたり談笑したり。そもそもこの喧騒の中恐らく俺たちのくだらない会話は耳に入っていないだろう。
「じゃあ、鉄板の借り物といえば何だと思う?」
「…クラスの人気者とか?あとは、何かしらの科目の先生とか?」
自身の体育祭に関する記憶があまりないなかで、絞り出した答え…。
そんな答えだったのだが、お姉さんの求める答えとは違ったらしく、首を数回横に振っていた。
「好きな人だよ!」
一般的な場所で発した場合は、なかなかの声量だといえるが、あいにく体育祭の会場である。喧騒に打ち消され…とまではいかないが、ちょうどいい感じの声量となって耳に届いた。
「実際にそんな借り物のお題ありますかね?最近はプライバシーの配慮として、そういったお題は出しにくいと思いますが」
クラスの人気者ならば、そのお題を笑いに変えたり絶好の告白タイムにするかもしれないが…。俺には無理だが。
「大丈夫。ここは女子高だから、同性しかいない環境なら出しても問題ないはず…?」
「なんで疑問系なんですか。まぁ仲のいい=好き、とすれば何の問題もないお題ではありますけど」
ちゃんとした抜け道があるお題ではあるのだから、あまり気にしないでお題にしてもいいと思ったり…。
「ドラマとか漫画とかだと定番だよね。借り物競走の最中、イケメンがヒロインのもとに慌てながら駆けてきて強引に腕を取って…実はお題が好きな人だった…みたいな」
「ドラマとか漫画とかの話です。現実では起こり得ませんよ」
そう…起こり得ないのである。
お姉さんがこういった話をしだしたら偶然、プログラムが借り物競走に入っていたことも。
偶然、可憐さんがこのプログラムに参加していることも。
偶然、可憐さんが自分のもとにやってきて、腕を掴んできたことも。
…立場が逆であるから、先程お姉さんに言った言葉は真実ではあるといえる。
イケメンがヒロインを連れて駆けているのではなく、ヒロインが冴えない男子大学生を連れて駆けているのだから。
「すみません、お題が亮さんにピッタリ当てはまったので真っ先に亮さんのもとに向かってしまいました」
二人で走りながらお題のチェックをする係のもとへ。
「え、いや…大丈夫だよ」
腕を掴まれた状態で走るのは初めてだが、意外と転んだりしないものだなと。
関係ないことを考えながら数十秒が経過。
「お願いします」
お題の紙と俺をチェックを担当する学生に差し出す。
「OKです。ゴールへどうぞ」
そう言われるとすぐにゴールへ駆け出す。
まだまだ暑いせいか、額からじわっと汗が吹き出る。
「一着です。やりました」
ふふんと、ご満悦そうな様子の可憐さん。
こんなにも腹立たしくないドヤ顔は初めて見た。
「えっと、俺は戻って大丈夫かな?」
流石にグラウンドにずっといると保護者からの視線が気になるもので。
「あっ、そうですよね。一緒にいるのが当たり前な気がして…すみません、ありがとうございました」
そう言われてから、観覧席に戻ろうと踵を返す。
そういえばお題は何だったのだろう。
あの時は、話の流れから勝手に好きな人…なんて思ってドキドキしていたのだが実際はそんなことないだろうし。
「あ、記念に写真撮ってもらえますか?」
一着の旗を手に持ち、ピースサインを決めていた可憐さんを、パシャリと東雲さんから不本意ながらも預かっていたカメラに収める。
そういえばカメラに可憐さんの姿を収めろと言われていたっけ…。
「例のモノを渡していただけますか」
観覧席に戻る途中、いつの間にか背後にいた東雲さんから声をかけられた。
「例のモノ?」
「はい。神宮寺さんの写…いえ、首にぶら下げたそのカメラです」
「あぁ…」
首から外し、丁重に手渡す。
恐らく、少なくとも数万円はするだろう、このカメラ。
そんなものを半ば強引に渡されたといえども預かっておくのは心疲れしてしまう。
渡した瞬間、外したカメラの重さ以上に首が軽くなった気がした。
カメラを確認し、恍惚な表情の東雲さんが口を開く。
「完璧な写真…ブロマイド…いや、光画をありがとうございます。運よく神宮寺さんがお題を引き当ててくれて助かりました」
「…その、お題って何かわかります?」
なぜお題を東雲さんが知っているのか。
お題はなぜか明かされなかったので…いや、明かされたのかもしれないが聞き逃したのかもしれない。
そんなお題について、今の会話でなんとなく察しがついているのだが、一応聞いてみる。
「カメラを持った人ですね。何を引かれても神宮寺さんが、秋野様を連れてくるようなお題を作成しておりました」
「やっぱりお題って東雲さんが?」
「えぇ」
その言葉を聞いて、立っているのに必要な力まで抜け落ちその場に座り込んだ。
あとがき
更新が滞ってしまい大変申し訳ありません。
今後とも更新していくつもりですので、本作品を何卒よろしくお願いいたします。
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