第82話 コンビニ店員も体育祭には行くらしい
「招待状はお持ちでしょうか?」
可憐さんの通う高校を目の前に。
だが、門の真横にどっしりと構える警備員に声をかけられる。
RPGだとよくあるイベントだな。
「こちらで大丈夫ですか?」
「確認いたします。…はい、本日はご来場ありがとうございます」
高校の体育祭ってこんなに警備がしっかりしていたかなと、自分の高校時代を振り返りながら、警備の方に会釈してから門をくぐる。
多分そんなにしっかりしていなかった気がする。来場はフリーパスだったような。
まぁ、普通の学校とは違うお嬢様学校ならば、やはり警備も厳戒態勢を敷かれているのだろう。もちろん、今のご時世だと不審者への警戒心が強いというのもあるのかもしれない。
「…果たして朝から来る必要あっただろうか」
日曜日の朝8時30分。
少年少女たちが心を踊らせテレビを観ている時間帯に、女子高に入り込む男子大学生が一名。せめて招待状をもう一枚もらって、奏についてきてもらえばよかったと、なかなか不安を憶えてしまう。
さらに、知り合いが可憐さんと東雲さんしかいないから、この招待状をなくしてしまえば不審な男性がいると通報待ったなしだな。
生徒が広いグラウンドに出てきているものの、まだ開会はしていないのだろう。楽しげに会話をしている生徒を見てそんなことを思う。
ただし、生徒ばかり見ていると、本当に不審者扱いされそうなので、視界を自分のいる観覧者席の近くに変えてみる。
すると、恐らく保護者であろうビシッとスーツを着こなした渋い男性や、太陽の光を受けてものすごく煌めく宝石を身につけている女性が。
そんな人たちばかりの中にいる、自身の場違いな姿格好に不安を覚えてしまう。別に小馬鹿にされるのはいいのだが、誰がこんなやつを呼んだんだといちゃもんをつけられ、可憐さんに迷惑をかけてしまうことが心配なのだ。
「…おはようございます」
「え?あ、おはよう」
そんなことを考えていると、聞き慣れた声がすっと耳に入ってきた。
「今日は来てくださってありがとうございます」
「いやいや、前にも言ったけど誘ってくれてありがとう。それと、可憐さんが出る種目教えてくれる?」
「はい。これと、これと…これですね。あとは、クラス全員参加のにも出ますよ」
制服姿は十分見てきたが、初めて見る体操服姿に新鮮さを感じるとともに、最近はあまり見なかったポニーテールの可憐さんにドキッとしてしまう。
「ありがとう。…こんなこと言うのも変かもしれないんだけど、楽しんできてね」
親戚のおじさんかって発言だが、こうやって体育祭を楽しめるのもあと三回しかないのだ。…留年すれば追加で楽しめるかもしれないが、可憐さんに限ってそんなことはないだろうから。
手を振って、おそらくクラスメイトの輪の中に戻っていく可憐さんを眺めていた。
「秋野様、これを」
開会目前というタイミングで、スッと俺の目の前に現れ、レンズのついた黒い物体を渡してきた人物が一人。
「東雲さん?…なんとなくわかるけど、一応聞きます。これでなにをすれば良いんですか?」
「このカメラで神宮寺さんの写真を撮ってください。皆まで言うな…というものですよ秋野様」
「全部言っちゃってますよ…」
伝えたいことだけ伝えて、東雲さんも急いでクラスメイトの中に紛れ込んでいった。
いや、流石にカメラで許可なく可憐さんを撮影するのは如何なものかと、思っていた矢先体育祭が開幕。
そしてすぐ、カメラを持った俺に向かって手を振る可憐さん。…危うく写真に収めるところだったが、シャッターに指をかけたタイミングで踏み止まった。
「隣座るね?」
「あ、いいですよ…ってお姉さん」
「可憐から招待状もらってたし、妹の晴れ舞台を見に来ないわけにもいかないじゃん。まだはじまったばかりだよね?」
危うく寝坊するところだったと言いながら隣座ったお姉さんだが、どうやら急いで来たようでほんのり顔に熱を帯びていた。
「ですね。これが可憐さんが出る種目です」
そう言って、印をつけたプログラム表を手渡す。
「お〜可憐結構出場するんだ。身内としては、見応えがあってありがたいよね」
「…自分は身内ではないですけど?」
俺も身内に含んだような言い方に反応して返答する。
「可憐にとって、亮くんは身内みたいなものだよ。だって、ほら見てごらん、観覧席。生徒の親族ばかりで、他校の生徒なんて全くいない。だから、この場に招待してもらった人は実質身内ってことでいいんじゃない?」
「そうかもしれないですね」
可憐さんが俺のことを親友と認めてくれていることはわかっているが、身内だとは思ってないと思うけど…と反論することは野暮だろう。せっかくお姉さんがこんな風に言ってくれたわけだし。
「あ、私と結婚すれば可憐は義妹になるし、正真正銘の身内になるよ?」
「…まだまだ暑いですね」
服をぱたぱたと手で引っ張り、服の中の生暖かい空気を放出する。
「熱中症かな?はい、お水」
「…ありがとうございます」
手渡されたペットボトルを受け取り、水が勢いよく喉元を過ぎ去っていった。
「間接キスだね?」
「ほんとに熱中症になるかもしれないので、勘弁してください…」
「あはは…私も結構熱くなってきちゃった…水飲むね…って、間接キスじゃん!」
ペットボトルの蓋を閉めていてよかった。手から落ちたペットボトルの水が溢れていたら、観覧席の保護者に本気の土下座をすることになっていたかもしれない。
結果、間接キスを避けるために校内の自販機で水を買うことに。
成人男性と女性が間接キスでこんなにもあたふたするなんてないよな。
可憐さんの出場するプログラムがまだ先で助かった。無駄に広い校内で自販機を探すのに手間取ってしまったから。
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