第81話 コンビニバイトを頑張る理由

まえがき

更新の期間が空いてしまい申し訳ありません。これからも更新を続けていく予定ですので、何卒よろしくお願いいたします。







「申し訳ありません、秋野様…」


「全然気にしないでいいですよ。手にかかってましたけど、火傷しなかったですか?」


高校生における二学期が開幕してから数日。

だが、大学生にとっては夏期休暇が継続中の一日の早朝のことである。


やはり俺はコンビニバイトに勤しんでいた。むしろ、それしかやることがない悲しい男子大学生である。いや、一応今月には可憐さんの高校の文化祭と体育祭にお呼ばれされているので、それしかないとはいえないのか。




9月に入り、全米が泣いた…じゃなくて、全コンビニの全従業員が泣いた、いや従業員泣かせ…と言われているあのメンバーが戻ってきた。

そのメンバーの一人、いや一つであるのが、おでんだ。


そんなおでんをお客さんに提供する最中に、東雲さんが自身の手に汁をかけてしまい、具材を溢してしまうというミスを犯してしまったというのが数分前のできごとである。



「本当に申し訳ありません。食材を床に落とした瞬間に頭の中が真っ白になってしまいまして…」


「大丈夫ですよ。俺も最初に失敗したときは頭の中真っ白になりましたから。とりあえず、蛇口の水で冷やしておいてください」


そう伝えてから、溢れたおでん達を処理しようと掴んだおでんはまだ熱を保ったままで、俺まで火傷の危機に見舞われた。


まだまだ暑い時期だから冷やしおでんもいいじゃないかと、実はそういう需要もあるのではないか。




「ですが、まだまだ暑い時期ですのに、これほどまで熱い食べ物を好む方もいらっしゃるんですね」


「まぁお爺さんやお婆さんは結構そういう人も多いですね。もちろん若い人も注文しますけど」


本日の最高気温は35℃。早朝の気温も28℃ほど。

9月とは一体なんなのか。ほぼ8月と変わらない気温であれば、8月だけ45日くらいまでカレンダーを作ってもいいのでは。少し肌寒くなってきたら、10月がスタートしていいのでは。

こんなことを考えると9月生まれの人に失礼か。



「突然ですが秋野様。私の家で執事でもされませんか?」


なかなか暑い時期は冷水が出るまで少し時間がかかるが、しっかりと冷えた水で手を冷やし終わった東雲さんが問いかけてきた。


「本当に突然ですね。俺大学生ですよ?それに、執事の経験なんてないですし、知識も全くと言っていいほどで」


執事が登場する漫画でしか執事の実態を知らないんだが。しかも、その漫画ですら執事に焦点を当てたわけでもないので、主人の送迎や身の回りの世話、仕事のサポート、主人の頼みを聞く様…そんな姿しか知らない。

…あれ、結構知ってるのか?


「私は確信しました。先程の迅速な対応ができる秋野様であれば問題ないと。さらに、秋野様が私の家で働いているとなれば、神宮寺さんももしかしたらいらっしゃってくれるかも…」


恍惚な表情を浮かべて、もうすでに滑走路から飛び立とうとしている東雲さん。

可憐さんのことを好きすぎやしないか。


「そういうことですか…」


目当ては可憐さんだったみたいだ。

可憐さんと仲の良い俺を連れ込めば、可憐さんもやってくるのではと考えたらしい。


将を射ようとするならばまず馬を射る…中国の有名な話だ。

でも、俺が東雲さんの家で執事をしているからといって、ホイホイやってくるとは思えないんだよな。可憐さんはコバンザメじゃないんだし…。


「お給料でしたら…これくらい出しますけどいかがですか?」


俺の月の給与の2倍の額を提示された。おそらく、あまりにも高額すぎたら逆に引いてしまうという俺の性格を理解して提示したのだろう。

これが引き抜きというやつか。初めての経験だ。

俺、コンビニからFAして東雲さんの家で執事しようかな…。







「え、亮さんが東雲さんの家で執事を?…毎朝ここで顔を合わせたいので…辞めないでほしいです」


「秋野様、今の話はなかったことに」


「あ、はい」


いつもの時間にやってきた可憐さんがその話を耳にしていたようで、横からひょいと現れた。


そういうわけで、俺の意志は関係なく、この話はなかったことにと。

いや、金に目がくらんでここを辞めるつもりは毛頭なかったけど。

何だかんだで、この場所が好きなんだよな。

碧さん、可憐さんがいて、一応川上もいるし。それに、人間関係弱者の俺にとっては東雲さん宅の使用人の方々と上手くやれる気がしない。


実は別のバイト先を探したこともあったのだが、結局はここに落ち着くんだよな。

それに、今となってはなおさら変える理由もなくなったわけで。

無事このコンビニに宣言残留ということに。




「では、いってきます」


「秋野様、また明日の朝お会いしましょう。いってきます」


お嬢様二人をコンビニのレジから見送る。

これもすっかりと日常生活の一部になってしまったなと。

それと同時に、あの二人も仲良くなったなとしみじみと思う。東雲さんも可憐さんに前みたいに異常に緊張するようなこともなくなったみたいだ。


二人が会話をするためか、俺と可憐さんが話す機会が少し減ったような気もするのは残念だが、それも致し方ない。

可憐さんが楽しそうならそれが一番なんだから。そんな風に考えていると俺は二人の保護者かと突っ込まれそうだな。





「さて、あと一時間頑張るか…」


この時間に出勤してくるはずのオーナーがやってこないことには目を瞑ろう。



たとえ、ちょうど今一つのレジに5人が並んでいたとしても、愚痴を言うのはやめよう。


お客さんからのプレッシャーが半端なくてもそれを受け入れよう。タバコと収入印紙とフライヤーを注文され、弁当を温めてと言われても笑顔で承諾しよう。




もしかして、俺はこのコンビニの犬なのかもしれない。でも、そんな日常が楽しかったりするのだ。

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