第70話 コンビニ店員がお嬢様だった

「本日から、こちらでアルバイトをさせていただきます。東雲春風と申します。何卒よろしくお願いいたします」


「…まじか」


「こちらでアルバイトをすれば、合法的に神宮寺さんと会話する機会が生まれますからね。なぜもっと早く気づかなかったんでしょう。秋野様もこちらで神宮寺さんと仲良くなったわけですし、私も参考にさせていただきました」


饒舌な東雲さんに、置いてけぼりをくらっているわけではないが、俺が言葉を発するタイミングは全くなかった。

とりあえず東雲さんの言葉に適当な相槌を打ちながら耳に入れる。本当に耳に入ってるかはわからないが。


「ところで、アルバイトをはじめるって親御さんに報告とかするんですか?」


ようやく、マシンガンが弾切れしたところで俺も口を開く。


「そうですね。アルバイトをしたいと伝えたところ、良い社会経験になるだろうからやってみなさいとのことでした」


なかなか考えてる両親なのだろうか。お嬢様ってアルバイトとかする必要ないし、アルバイトをしているお嬢様が存在するのだろうか。


「その、東雲さんってどれくらいのお嬢様なの?」


「そうですね…自分で話すのもなんですが、日本の長者番付で100位に入るか入らないかというくらいです」


「それめちゃくちゃすごいやつですよね?」


日本の長者番付に載っている人の名前を皆知っているわけではない。ただ上位10人は間違いなく聞いたことのある名前が載っているのは分かっている。

たしかに、100位くらいに位置する人の名前は知らないが、それでもものすごくお金持ちだということはわかる。


「そんなことありませんよ。学園にはトップ10に入るような方もいらっしゃいますから」


とんでもない学校なんだな。本当に今度訪れて大丈夫なのだろうか。


「本当同じ日本に住んでるはずなのに、住んでる世界が違うとはこのことか…」


「でも、お金が全てではないですから。それは、秋野様が教えてくださったんですよ?」


「俺が?何か言いましたっけ…」


「まずはファミレスでの食事です。あれほどまで安いのにとても美味しかったです。正直自宅での食事よりも私の口には合ってました。それに、秋野様みたいな優しい方がお金持ちでないということも理由ですよ?」


庶民=優しい

お金持ち=優しくない

ということか。


「えっと、それはお金持ちが優しくないだけじゃ…?」


「そうですね。なかなか自己中心的な方も多いですし、人への優しさが欠けていると思うんです。だから、お金が全てではないのですよ。やはりお金のつながりが人のつながりになってしまいますから、偶然秋野様に出会えたのは僥倖でした」


なんか漫画やドラマで染みついたイメージまんまのお金持ちもいるんだな。


「お嬢様も大変なんですね…」


「そうですね。ですが、学園に通ってる方の多くがそういったことを思われているので、必然的に仲良くなるので、悪いことばかりではないですよ」


「それはなかなか気が合う友人ができそうでいいですね」


いつかこういったお嬢様方が日本の経済の中心にいるのだろうか。そのとき、俺は足元で精一杯働いているのだろうなと。それはそれで悪くないかもしれない。







「まずここを読み取って…このボタン押して、そうそう」



もちろんアルバイトなんてしたことないのだから、一から丁寧に教えていく。

久しぶりに誰かに教えるというのは、先輩を実感できてなかなかよいものだなと。


「難しいですね…これが働くっていうことなのですね」


「何回もやれば慣れてくるから大丈夫ですよ」


最初に会った時は、可憐さんが好きなオタクみたいなお嬢様かと思ったが、それ以外は真面目で優しいお嬢様なんだと。


その後、ゆっくりとレジについて覚えながら作業を進めていく。時折ピンチを招く東雲さんの火消し役として少し作業量が増したが、そういうのも久しぶりで、バイトしてるなと充実感を憶えてしまった。…もしかして、社畜の才能があるのかもしれない。







「いらっしゃいませー、おはよう可憐さん」


「おはようございます」


気づけば可憐さんが来店する時間になっていた。

いつも通りこちらに気づいた可憐さんが、微笑みながらやってきた。

見慣れた光景に安心感を憶える。



「あれ?東雲さん…?」


「お、おはようございましゅ神宮寺さんっ」


わかりやすいほどテンパっていた。

まあ好きな相手から話しかけられたらそうなる気持ちもわからなくない。

ただ、わかりやすぎるよ東雲さん。


「どうして東雲さんがこちらに?」


「アルバイトだよ。社会経験にってことらしい」


「へぇ〜それなら明日以降もここで働くってことですよね。すごいですね東雲さん。私は一日しか経験したことないので…」


「そ、そんなことにゃいでしゅよ?」


東雲さん、可憐さんのオタクすぎるでしょ。思わず口から息が漏れた。


「あ、いつものお願いします」


「うん。東雲さん、これ押して、これ打って」


そう伝えてからコロッケを取って、商品を袋に入れてから可憐さんに渡す。





「明日、楽しみですね」


いつも通りカードで会計を済ませたあとの会話。

ただ話す内容はいつも通りではなく、明日のキャンプのことだが。


「そうだね…奏も今ごろ必死に宿題やってると思うよ」


「ふふっ無事に終わるといいですね。頑張ってとお伝えください」


「うん。伝えておくよ」


「それでは、また明日。あとでメッセージ送りますね」


そう言ってから手を振って可憐さんは店を出ていった。



「秋野様…いや、秋野師匠…!これからもよろしくお願いいたします!これからも、神宮寺さんの笑顔を引き出してください!」


なぜか東雲さんから尊敬の眼差しを浴び、師匠と呼ばれることになった。


そして、キャンプの写真を撮ってくるよう頼まれた。押しに負けて仕方なく依頼を受けることに。もちろん、依頼代金は受け取らなかったが。


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