第65話 二人目のお嬢様
誕生日会が終わってはや数週間。
朝はコンビニ、昼は家でゆっくりか妹と外出、そして夜もゆっくりする。俺にとって普段の日常が戻ってきた。
そう思っていた。
今朝、お嬢様学生に話しかけられるまでは。
「今日も暑いよなぁ…」
「そうだな。コンビニの中は冷房効いてるからマシだが」
本日の早朝シフトは、俺と川上。最近は、深夜早朝での入れ替わりで顔を合わせる機会が減り、同じ時間帯で働いている気がする。
というわけで、先日の出来事。
もしかして、俺に気でもあるのかと川上に冗談で聞いてみたのだが、深夜の方が女の子と遊べるからという、なかなか癇に障る…川上らしい答えが返ってきたので心配なかった。
「そろそろ9月か。また中華まんやらおでんが復活するのか」
「面倒だよな」
特におでんなのだが、汁が手にかかるとなかなか熱いのだ。それでも、表情に出さず、そして手から容器を離してはいけないという罰ゲームを受けることになるのだ。
ちなみに、中華まんも同じだ。取る時に上から落ちてくる熱々の水滴の恐怖と戦わなければならない。
そして、洗い物も増えるので面倒なのだ。おでん等をとるコンビニ店員には優しくしてあげてほしいという現場からの切実なお願いである。
お客さんの全然いない時間帯ゆえに雑談は続く。
「まぁ、廃棄で食べるから有難いといえば有難いけど」
「たしかに食費は浮くからな」
廃棄は出ないように、商品の並べ方に工夫をしたり宣伝したりするのだが、出てしまうものは仕方ないのだ。
そういうときに、廃棄をもらって食費を浮かせるのはコンビニバイトならあるあるだ。
ちなみに、店舗によって廃棄がもらえるか、もらえないかは異なる。
「そのお金で学費貯められるし」
「…そう」
意外と真面目なんだよなぁ川上。
てっきり浮いた金で遊びまくる、とか言うと思っていたが。
「もちろん、デート代にもなるし」
返せ俺の敬意を。
「いらっしゃいませー」
来店客もボチボチといったところだろうか。
夏休みだから、学生の客は減ると思われるだろうが、意外とそこまで減らない。
夏期講習で塾に行く生徒が、昼食を買いに立ち寄ることも多いからだ。
そして、現在レジにて学生を相手に接客している。
多分夏期講習だろうな。俺は高校時代、家にこもって勉強していたから塾には行っていない。塾に行っていれば、今よりもいい大学に進学してたかもしれないが、そうすればここに俺はいないわけだ。そうなると、家でだらけながら勉強していてよかったのかもしれない。
「貴方が秋野様でして?」
高校生の次のお客さんがレジに。
…実際にこんな口調の人に会うなんて思わなかった。制服…ではないので、高校生か分からないが多分高校生くらいだろう。というか、着ている服がドレスじゃないか。
「えぇと…どこかでお会いしましたか?」
「お会いしてはいません。ですが、貴方様のお話はよく耳にしております」
「はぁ…」
「神宮寺さんから、といえばお分かりですか?」
「可憐さんのことですか?」
「はい。最近は、神宮寺さんが楽しそうにされている姿が多く見られましたので、問いかけてみましたところ、こちらのコンビニで出会った秋野という男性との時間が楽しいとおっしゃっていました」
「あの、話が見えないんですが」
「神宮寺さんのファンクラブ会員である私を差し置いて…親密な関係になっている秋野様にお願いがあります」
神宮寺さんのファンクラブって…。可憐さんって学校でどんな存在なんだという疑問が湧き上がってきた。そして、お願いという言葉に不安を抱いた。
「神宮寺さんのプライベート写真を撮っていただけないでしょうか?」
分かったことは、恐らく可憐さんと同じ学校に通っているであろう、このお客さんがヤバいやつだということ。
「自分で撮ったらいいんじゃないでしょうか」
「プライベート、と伝えたはずです。私では神宮寺さんのプライベートのご様子を拝見することができないので、秋野様にお願いしているのです。こちらが依頼として…」
サッと差し出されたのは万札。
帯のお札なんて見る機会がないから分からないが、そうだとすれば100人の福沢さんを渡されたことになる。
「いやいや、受け取れないですし、写真も撮れないですよ」
「なぜですか?それなら、あと400万ほど…」
「お金の問題じゃないですよ?!」
500万って…社会人の平均年収と大差ないどころかそれ以上なのではなかろうか。それをパッと出そうとするのはヤバい。間違いなくお嬢様だ。そして、そんなもの手渡されたら面倒な納税手続きが必要になるじゃないか。
それに比べて可憐さんは、クレジットカードだけで現金をほぼもってないから安心だよなと、この場にいない話題の中心人物のことを思い浮かべていた。
「秋野様、貴方はプライベートの神宮寺さんの写真をお持ちでしょう?」
「いや、持ってないですよ」
「嘘をつかないでくださいますか?貴方のスマートフォンにある画像に神宮寺さんが写っているはずです」
可憐さんの写真なんて撮ってないけど…そう思ったときだった。
もしかして、以前碧さんと俺と可憐さんの三人で遊びに行った時の写真のことを言っているのだろうか。
「…これのことですか?」
「そうです、それです!そのデータいくらで売ってくれますの?」
俺が差し出したスマホの画面を、目に焼き付けようと血走った眼でガン見していた。画面とは数センチも離れていないだろう。まさに鬼気迫るといった様子だ。
「あぁ、神宮寺さんの私服…そして、この可愛らしい微笑み…素晴らしいです」
差し出したスマホを完全に俺から奪い取り、恍惚な表情で眺め続けていたのだが、
「あの、お客さんが並んでるので少し離れたところで待っていてもらえますか?」
「え、あ、申し訳ありません」
丁寧に頭を下げてからレジ前から離れる。
可憐さんのことが好きすぎる以外はまともなお嬢様なんだな。
レジを終え、お客さんが見えなくなってから彼女はまた俺の元へやってきた。
ひとまず写真のことは忘れて、なぜか可憐さんのココが良いというポイントを熱弁してきた。
こんなに思ってくれる人がいる可憐さんって凄いなと。
それと同時に、俺も可憐さんのココが良いと話に乗っかることにした。
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