第62話 勤務時間が延長されるように


「それでは、また」


可憐さんと別れの言葉を告げてから、俺たちは外へ。


時刻は17時頃。まだまだ空は明るく、日陰を通って歩いていてもじわっと汗が額から吹き出てくる時間帯である。

俺と奏はもちろん同じ帰り道。

碧さんもコンビニの近くらしいので、同じ方向だろう。

となると、駅に向かうお姉さんと途中で別れることになるのだが…。


「駅までお見送りしますよ。二人ともいい?」


途中で別れるのは寂しい。先程まであれだけ楽しい時間を、一緒に過ごしたお姉さんと離れるのが寂しかったのだ。我ながら女々しいとは思うが。


「もちろんです」


「うん。同じ夜を迎えた仲だからね」


最近奏もそういう知識がついてきたよな。兄として妹が心配だ。


「…え?夏織さんと奏ちゃんって…」


「いやいや違います!誤解しないでください。え、そんな温かい目で見つめないでください!」


軽はずみな発言がよくないという代表例だな。これに懲りて、そういった発言を謹むようになってほしいものだ。


「そうなの。昨日奏ちゃんから熱い告白を受けて…」


「夏織さん?!悪ノリはやめてください〜」


お姉さんも乗っかるタイプなので、面倒くさい状況になったな。兄として妹の幸せを願う俺は、この状況を静観していた。たまには、存分に弄られるがいい、なんて思ってないけど。


「先輩、ところで夏織さんと奏ちゃんっていつ仲良くなったんですか?」


「昨日?」


「どこでですか?」


「ウチで」


「…えっ?」


何かおかしなことを言っただろうか。

そんな考え込むような発言ではなかったはずだ。


「その、先輩って夏織さんと…いや、なんでもないです。気にしないでください」


何かを聞こうとして口を開いたが、途中で切り替えたのかなんでもないと言われ打ち切られた。





「冗談はほどほどにして、三人とも送ってくれてありがとう」


お姉さんに弄られていた奏が解放されたようだ。そして、その間に駅のロータリーに。


本日は土曜日、休日でありながらも仕事終わりのサラリーマンがぽつぽつと改札口へ向かっている姿が。そして、おそらくは恋人同士の若者たちがその時間を謳歌するように、駅とは真逆の方向へ向かっていく光景も。



「それじゃあ、また今度!」


そう言うと、俺たち三人は順にお姉さんに軽く抱きしめられた。

少し汗をかいていたため、避けようと思ったのだが、そんなことは気にもとめないお姉さんによって強引に腕の中に。


「…今度は二人きりで会いたいな…」


「…わかりました」


駅の喧騒によって、掻き消されそうなボソッと囁いた声が、ぎりぎり耳に届いた。

近くにいた二人には届いていないだろう。


そして、二人よりも少しだけ長く腕の中にいた気がした。傍から見れば恋人同士の別れの挨拶のように捉えられたかもしれない。心做しか、隣を通った男性に不快そうな顔をされた。気持ちは分からないでもないから、それは甘んじて受け取ろう。


「ばいばい」


そしてすぐに、お姉さんは駅の改札に向かってくるっと体をターンさせ、歩き出した。

人混みによって姿が見えなくなるまで、三人で見送っていた。



「帰ろうか」


完全に見えなくなってから口を開いて、また歩き出す。



「お兄ちゃんだけ抱きしめられた時間が長かった気がする」


「なんだ、俺に嫉妬してるのか」


「違うし!…いや、そうなのかも…?」


冗談で言ったつもりが、何か引っかかったのか。もしかして、奏はお姉さんが好きなのか…?


「お兄ちゃん、多分違う」


違ったみたいだ。


「二人とも仲良いですよね。夏織さんと可憐ちゃんもそうですけど、兄妹や姉妹って羨ましいです」


「でも仲が悪い兄妹もいるだろう」


「そうですよ。私の周りはお兄ちゃんなんてゴミクズって言ってますし」


学校で実は俺の悪口言ってないかと不安になったが、奏はそんなこと言わないよなと一人で疑心暗鬼に陥りそうになった。いや、多分言ってないと思うが。


「仲良い兄妹って珍しいもんだよ。奏はSSRだったから俺なんかでも仲良くしてくれるんだよ」


「…妹をソシャゲのガチャ扱いするお兄ちゃんは嫌い」


「先輩、川上先輩の悪い口癖が移ってますね」


「…あいつと仲良くすることの弊害が出てしまったか」


気づけば俺も川上に汚染されていたのか。

人は気づかないうちに、誰かの口癖が移ってしまうものなのか。


「まぁ例えが悪かっただけで、奏ちゃんのことを讃えてるのは分かりましたよ」


「うん。お兄ちゃんも私にとってはSSRだから」


「奏も兄をガチャ扱いしてるじゃないか。というかSSRでいいの?Rかなって思ってたんだけど」


「うん、SSRだよ。もっと自信持ってお兄ちゃん…!」


「本当に仲良くて羨ましいです」


俺と奏のやり取りに、双眸を細め、呼吸の混ざった言葉を発した。


「碧さんは一人っ子だっけ?」


「そうですよ。だから兄妹とか羨ましくて」


兄妹のいる人間でも、自分には兄がいるが、もし弟だったら…姉がいたら…みたいなことを考えるものだ。ないものねだりというか、人間って仮定の話とか好きだからな。

ほら、昭和時代の名投手と今の名打者が対戦したら…とか。もし、恐竜が絶滅しなかったらとか。

でも、仮定の話なんて興味なくて、俺には奏しかいなくて、他の兄妹じゃなく奏じゃないと駄目だと思う。…俺って実はめちゃくちゃシスコンなのだろうか。



「はっ、お兄ちゃんと結婚すれば私が義妹になりますよ」


「…奏ちゃんが義妹かぁ…。それは凄く楽しそう…」


「碧さんなら私は歓迎ですよ?」


「私じゃ先輩には釣り合わないから」


軽く自嘲気味に笑って奏に応じていた。

碧さんが相手なら、むしろ俺の方が釣り合わないよななんて思ったが。


「あ、ここです」


「あぁ、そういえばこの辺にアパートあったな」


そうか、ここならコンビニ近いよな。それに大学もそれほど遠くないし、立地的にはなかなかいい場所だ。



「…ウチあがりますか?」


碧さんも送り届けたことだし、帰ろうかと踵を返そうとしたしたときだった。

唐突に声が聞こえた。


「いや…「是非」」


今日は辞めておこうかなと、言葉を発する直前に奏が首を縦に動かし、一歩前に踏み出ていた。

俺の誕生日会は終わった。

それでも、碧さんと奏と三人だけだが、もう少しだけ楽しい時間は続きそうだ。


















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