第61話 誕生日会の閉会
「その、色々考えて選びました。…お気に召すかは分かりませんが受け取ってください」
恐る恐る、自信がなさそうにこちらを窺うように包装されたプレゼントを俺の目の前に差し出した。
「ありがとう。家に帰ってから開けたほうがいいかな?」
「はい。恥ずかしいので、家に帰ってからお願いします」
可憐さんからの誕生日プレゼントというだけて心躍る。俺も単純な奴だと思うが、それだけ親友からの誕生日プレゼントというのは格別みたいだ。帰ってからの楽しみまでいただいてしまった。
「私は…昨日あげちゃったからなぁ…。あ、プレゼントは私の唇とか?」
「お姉ちゃん…」
可憐さんの珍しいジト目を見てしまった。
まあ冗談で言ったのだろうし、あまり気にすることではないだろう。現に、冗談だと可憐さんに抱きつきながら弁明していた。
「先輩、今度ちゃんとお渡ししますから」
「わかった。ありがとう」
碧さんは軽く微笑んでから、何かを手渡してくれた。
「クーポン券…?」
メジャーな飲食店のクーポン券だった。
期限は年内。
「流石に今日何も渡さないのは気が引けますし…けど、手元には何もなかったので。行く機会があれば使ってくださいね」
「そうだね。今度碧さんから食事に誘われたときに使おうかな」
「…ありがとうございます」
「こっちの台詞だよ。いつもありがとうね」
「お兄ちゃん、私も何か渡した方がいいかな?」
「奏は貯金でもしておきなよ。それに、この前くれただろ?」
「え、何かあげたっけなぁ…。じゃあ、また出かけにいこう」
本人は気づいていないらしいが、誕生日当日の0時。誰よりも早くおめでとうの言葉と見慣れた笑顔を奏はくれたのだ。
それを、奏は物心がついたときから毎年続けている。それだけで、十分すぎるのだ。
「うん、いいよ」
むしろ俺の方がお返ししなくてはな。
それは奏に限らず、可憐さん、お姉さん、碧さんにもだ。
「本当に、皆さんありがとうございました」
感謝の言葉を改めて口にする。
こんなに一日に感謝の言葉を述べるのなんて、卒業生代表の答辞くらいでは。もしくは、ライブやコンサートでのアイドルとか。
「お礼をいうのはこちらのほうです。私は亮さんのおかげで楽しい時間を過ごせていますし、素敵な出会いもありました。これからも、亮さんと一緒の時間を過ごせたら幸せです」
在校生代表の送辞のように、応じてくれた可憐さんだったが、言葉の端々になかなか恥ずかしい台詞が。
俺は嬉しさ7割、恥ずかしさ3割といったところだ。
「…プロポーズじゃないんですよね可憐さん…?」
固まっていた俺に代わって言葉を発したのは奏だった。
「え?……そ、そのプロポーズではないですが…私の本心ですので…なんと言えばいいんでしょうか?」
「あ、私も可憐と同じ気持ちだよ。本当にありがとう亮くん」
2人の言葉を耳にした時、俺はもう喜びも恥ずかしさも二倍増しに。
嬉し泣きという言葉は、辞書で。姿はテレビの高校野球中継でしか見たことがなかったので、これまでどんなものなのかという感じで、イメージが湧かなかった。
「私も、先輩にはすごく感謝してます」
でも、3人からもらった言葉を受けて今、俺の上がった口元、頬を伝う温かな血液か、それが何を表すのか瞬時に理解できた。
「お兄ちゃん、よかったね」
それは隣にいた奏も気づいたようで、優しく声をかてくれた。それができるのなら、奏も思っていた以上に大人なのかな。
「少しばかり恥ずかしいところを…」
さて、涙もようやくストックがきれ落ち着いたところで口を開く。人前で泣くのなんて、思い返すと初めてな気がする。
「何も恥ずかしくないですよ。先輩のそういうところ素敵だと思います」
「そうそう、私としては亮くんの寝顔だけじゃなくて、泣き顔も好きだよ」
寝顔は関係ないですよね、と野暮なツッコミは避ける。
「碧さん、お姉さんもありがとうございました。その、この後って何かあるんですか?」
「可憐は何か考えてた?」
お姉さんは特に考えはなかったようだ。そして、当日参加の碧さんも同様だったようで、可憐さんにドミノ倒しのように回ってきた。
「特には…。さっき言ってたキャンプの日程でも決めますか…?」
「あ、そうしよう。キャンプなんて学生の頃ぶりだから楽しみだよ〜」
俺の誕生日会というものは、この5人で過ごすためのキーワードのようなものだったのだろうか。こんなにも自分の感情が溢れ、沈むはずの太陽を止めるために、地球が回らなければいいのにと思ったのは二十一年ではじめてだ。そして、そんなクサイことを考えたのもはじめてだった。
5人で決めた日程は、8月最終週の日曜日。しかも、日帰り。
翌日から学校を控える奏と可憐さん、会社を控えるお姉さんに配慮し日帰りに。
土曜日はどうやらキャンプ場の予約がいっぱいだったようで、仕方なかったのだ。
「あ、閉会の挨拶を忘れていました…!」
全てが終わり、各々が重い腰を上げるかのように帰り支度を始めていたとき可憐さんが思い出したかのように声を上げた。
そして無事、俺の誕生日会は幕を閉じたのだった。
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