第60話 アイスでホットな空気感
「では、改めてにはなりますが…亮さんお誕生日おめでとうございます!」
「「「おめでとう〜」」」
「ありがとうございます」
誰がパーティーの開会を告げるか、という問題があったのだが、場所の提供、料理の提供を進んで行ってくれた可憐さんにと、多数決で決まりグラスを軽く上に持ち上げ始まった誕生日会。
早速料理に手をつけたのは我が妹。口を開けていただきますから、物を飲み込むまでが最速だった。そして、直ぐに感想を伝えるために口を開く。なかなか忙しい妹だ。
「美味しいです〜可憐さん料理お上手ですね!」
「ありがとうございます。でも、私もつい最近までお米に塩をかけるだけしかできませんでしたから…きっと奏さんもこれくらいできるようになりますよ」
「そうなんですか?私はお米にふりかけをかけることができます…しかも、たまご、さけ、おかか…もしかして私の方が可憐さんより料理が上手くなる可能性が?!」
「ないよ」
「お兄ちゃん、そこは肯定するところだよ?」
「ふふっ…奏さんは亮さんと仲が良くて羨ましいです」
「…お兄ちゃん、本当に私と同い年なの?気品が違う」
口に手を当て、慎ましく美しく微笑む可憐さんは、自分の高校時代を思い出しても同年代に並ぶものなしと言わんばかりに綺麗な女性だった。
「奏が気品なんて難しい言葉を知ってたことに驚いたが、その疑問は俺も最初に思ったよ」
初めて可憐さんが15歳、高校一年生だと知った時パッと妹のことが浮かび比較した。
その時、高校一年生ってこんなにも大人びていたっけと思ったものだ。まぁ、お嬢様と一般家庭の娘の違いもあるだろうけど。
「やっぱり亮くんって料理上手な子が好きなの?」
「…いいえ?そんなに気にしたことないですね。そもそも考えたことがなかったです」
お姉さんから飛んできた質問に対して答える。どんな相手が好きか、よくある質問かもしれないが、俺には考える機会がなかった。今聞かれて考えてみたが、どんな相手が好きかというのはパッと出てこなかったのも裏付けになるだろう。
「お兄ちゃんって、胸が小さい女優さん好きだよね」
「…そうだっけ?」
「そうじゃん。お兄ちゃんが観てたドラマのヒロインの女優さん皆そうだよ」
「…気づかなかった」
「無意識って怖いね」
「無意識も怖いが、今の空気も少し怖いぞ。夏なのになかなか冷えきった空気になってるぞ」
妹によって、誠に遺憾であるが貧乳好きという情報が拡散された今、変な空気になっていた。否定しようにも、じゃあ胸が大きい方が好きなのか?という問いにも否定すれば、どちらかといえば?という問いが生まれるからだ。もちろんこれらの質問をするのは妹だろうが、それは家でしてくれと。妹が普段どんな学校生活を友人と送っているのか不安になった。
一応俺の誕生日会なのに、なぜ俺が気まずい思いをすることになっているのか。元凶の妹は我関せずと可憐さんの手料理に舌鼓を打っていた。
「ねぇ、亮くんって私くらいの胸どう思うの?」
「奏の言葉を真に受けないでください」
それでも、この空気のなかで話しかけてくれるお姉さんには感謝したい。たとえ答えにくい質問でも。
「いやぁ、でも、気になるんだよ」
「たまたま観てたドラマのヒロインがそうだったわけで、俺自身はそういうの気にしないです。というか、胸で人を選ぶ人の気がしれません」
「亮くんらしい答えだよね。最後のは私も同意だけど」
「私もです。世の中の男は、何で大きい方がいいとか言うんですかね?」
「…私はまぁ…あはは…」
お姉さんと碧さんは自身の意見を強く口にしていたが、可憐さんは困ったように口を開いて笑っていた。
場をかき回した我が妹の脇腹をつついて、気まずさを解消する。
「ちょっとなに?私くらいのサイズがいいってこと?」
「お前なぁ…お兄ちゃんは妹の頭が思春期男子みたいになって悲しいよ」
「てへっ…?あ、お兄ちゃんは年下に甘い!」
ビクッと肩を震わせた人がいた気がした。
奏の声量が唐突に上がったためだろう。ビックリするから気をつけろと、軽く溜め息をついてアピールする。
「確かに、亮くんは年下に甘いよね。奏ちゃんとか可憐、碧ちゃんにもそうだよ」
本当にお姉さんだけが今この場で唯一の救いだ。
妹の発言に対して、適切な相槌。
やはり、社会人。踏んできた場数、くぐり抜けてきた修羅場の数が違うというのか。
「こんな馬鹿みたいな発言をする妹には甘いと思いますけどね。年下の知り合いって可憐さんと碧さんしかいないので、母数が少なすぎます。それに、甘いわけじゃなくて俺がしたいようにしてるだけですよ」
なぜか、桃のように薄く綺麗な頬になっていたのが、対面に座る可憐さんと斜めに座る碧さん。
「そうそう、私にも甘く接してよね。社会は甘くないし、そんな社会の荒波に呑まれて、糖分不足で塩分過多なの」
「分かりました。とりあえずオレンジジュースでもどうぞ」
糖分不足だけど塩分過多な人には何をしてあげればいいのか、考えながら空になったコップに飲み物を注ぐ。
「ケーキを食べさせてほしかったな」
「…なるほど」
ケーキという絶好の糖分摂取の代表格が目の前にあったのに、なぜ気づかなかったのか。
「いや、なるほどじゃないよ!ほら、あーん」
「あーん…え、どうされましたか御三方」
お姉さんの口にケーキを運び終えた後、俺をガン見していた奏、可憐さん、碧さん。
「…羨ましい…」
誰が呟いたのか分からない、ボソッと聞き逃してもおかしくないくらいの小さな声。
どうせなら聞き逃せばよかったのにと思う発言だった。
「ほら、お兄ちゃんあーん」
「え、うん」
そんな俺の心配事を他所に、妹がケーキを俺の口に入れ込んできた。
その光景は、周りにとっても微笑ましいものみたいで、初めのような落ち着いた空気感に。
場を荒らすだけ荒らして落ち着かせるという、奏の特技でパーティーの食事は終了へと向かう。
可憐さんの手作り料理はとても美味しく、この時点でもうこれ以上ないほど欲は満たされたといっていい。
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