第58話 長期休暇から戻ってきた後輩


「おはよう、お疲れー…」


「おはよう、どうした秋野。珍しく眠そうだな」


今朝のコンビニ、毎度俺を出迎えてくれるのは川上。

俺もだけど、川上も最近は毎日のようにシフトに入っている。


「昨日はあんまり寝付けなくて」


「へー…珍しい」


軽く言葉を交わしてから、バックヤードへ入り出勤登録を済ませて表へ。


「おはようございま〜す」


「「いらっしゃいませー」」


見慣れないお客さんが来店。

黒髪ショートカットで同年代くらいの女の子…俺のお客さんセンサーに反応しないってことは、初めてここに来たのだろうか。


「おい、可愛い」


「あーそうだな」


お客さんに聞こえない声量で俺に耳打ちする川上。相変わらずブレない男だ。


「え、あの…」


「どうかされました?」


俺たち2人を驚いたように見つめて、戸惑うように声を発したお客さん。


「…あの、私ですよ?」


「どちら様でしょうか?」


「おい、美少女からのオレオレ詐欺には例え金を取られてでも付き合えという格言があってだな…」


俺が対応したら、隣で川上がまた阿呆のようなことを口走る。ほんとブレない男だ。


「もしかして、私がちょっとばかり帰省してたからシフトの穴埋めする羽目になったことを恨んでます?」


「…?」


なんだろう、どこかで会ったことのあるような。そして、どこかで聞いた事のあるような声。


「梁池です、梁池碧です!」


「…マジ?何か雰囲気変わりすぎじゃない?」


いわゆる陽気で明るい、イケてるパリピな後輩…どっちも同じ意味だな。まあそんな感じの外見から一転。

可愛くてモテるけど清楚な感じがして、声をかけにくい後輩のような外見に。メイクも控えめで、それもあって余計にそんなふうに思えた。


「まぁ色々とありまして…」


そうなのか。俺としてはどちらの碧さんもいいと思うが、何があったか分からないが、仮に失恋とかだったならば、心の傷を抉ることになりそうだ。恋愛未経験で失恋したことがない俺には、どれほど辛いのかは分からないが、そういった類の話を考えると今回は触れない方がよさそうだ。


「梁池ちゃんは今の方が可愛いよ、この後遊びに行かない?」


「川上先輩、今からバイトなんですけど…」


「あぁそうだった。じゃあ終わってから」


「一応遠慮しておきます」


この物言いは碧さんだ。外見こそ変わったけど、内面は変わってなかった。



「それにしても久しぶりな気がする」


「そうですね、試験が終わってから実家に戻ってましたから」


「実家ってどこなの?」


「九州のド田舎ですよ」


「そういえば碧さんの過去の話とか知らないな。というか、その割には方言とか全然でないよね」


「そうですね。というか、関西人が皆関西弁を、博多人が皆博多弁を話すわけじゃないですから」


「言われてみればそうだよね」


「そういうわけです。それにしても、すみません。シフト結構出てもらいましたよね?」


90度ほど頭を下げた碧さんをすぐに元に戻ってもらうべく声をかける。


「いやいや、気にしてないから。そもそも人手不足なのが悪いから」


「なんで人増えないんでしょうか?」


「なんでだろね」


求人を出しているのに、電話がかかってこないのはなぜだろうか。ウチのコンビニ七不思議のうちの一つだ。他はお嬢様の可憐さんの来店、そして、最近可憐さん以外のお嬢様高校生が来店していること。この前話しかけられたんだが、一体どうしたのいうのだろうか。

そして、残りの四つはパッと浮かばなかった。実質三不思議。


「あ、これお土産です。どうぞ」


「ラーメン?」


「はい。先輩ラーメンよく食べるって言ってたじゃないですか。九州限定ラーメンの小袋です」


そう言って数袋ほどがまとまった大きめのパックをもらった。もちろん、バックヤードでだが。


「あ、ありがとう。今度食べるよ」


ラーメンなら妹も喜びそうだな。九州のお土産といえば福岡のアレがパッと思いつくが、定番過ぎて味にも飽きがきていたところなので、個人的にもありがたい。


「その、何か変わったことありました?」


「え?なんで?」


「先輩がアクセサリーを身につけているので」


俺の人差し指にはめられている金属に焦点が当たっていた。


「あ…まぁ親友ができたっていうのはある」


「そ、そうですか。よかったですね…?」


「うん。…何か元気ない?」


「いえいえ、そんなことないですよ?元気です」


「そ、そっか」


黒髪のせいで、少しばかり明るさがカットされたのかと思ったが、俺が勝手にそう感じただけで本人からの否定。そんなことは無かったらしい。


「今日って何か予定ありますか?」


「うん」


「あっ、そうですか…」


「何かあった?」


「いえ、そこまで気にしてもらうことじゃないんですけど…一緒に遊べないかなって」


「…遊ぶのとは少し違うけど、ちょっとまってて」



『今日、碧さんもマンションに連れてきて大丈夫かな?』


『大丈夫ですよ』


『ありがとう』


可憐さんの部屋で、誕生日会を行うのだから部屋主に許可を貰わなければとメッセージを送った。すると、すぐに返信があり問題ないという確認が取れた。まだ早朝なのにもう起きてるのか。もしかして、今から料理を始めたり他の準備をしたりしているのだろうか。

もしかして、今日が楽しみであまり寝つけなかったとか…そんなことがあれば相当に嬉しいものだ。


「碧さん、実は俺この前誕生日でさ、今日可憐さん達が祝ってくれるみたいで、碧さんもよかったら来てくれないかな?」


突然何のことだと思われただろうが、事実だからありのままに伝える。

なぜ今日碧さんが俺と遊びたいと思ったのか分からないが、今日遊べない理由を述べる必要があった。そして、やはり少しばかり碧さんの元気がないように感じたから放っておけなかったのだ。



「え、えっと…。…まず、誕生日おめでとうございます。その、なんで誕生日教えてくれなかったんですか…?あ、是非参加させてください」


戸惑った表情と冷静な表情の狭間を反復横跳びするように応えた碧さん。


「自分からいつが誕生日なんだよ、って言うのは変じゃない?」


自分から誕生日公表って芸能人じゃないんだから、普通はしないよな。


「確かにそうですけど…この後誕生日プレゼントを買ってきます」


「いやいや、いいって」


「でも、可憐ちゃん達は誕生日プレゼント用意してるんですよね?それに、先輩にはお世話になってるんですから」


「…それなら、今日じゃなくても大丈夫だよ。その言葉だけでも嬉しいから」


「わかりました。それなら、次のシフトの日に渡させてもらいますね」


今日初めて、見慣れた笑顔を見た気がする。

そして、まさかの四人に祝ってもらう誕生日会がこの後始まるとなれば、俄然バイトをやる気になるよな。


「いらっしゃいませー」


普段より数割増の声量が出た。常連のお客さんがいい事でもあったのかと、会計時に声をかけてくれるほど、普段とは違ったみたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る