第54話 コンビニ店員の自宅
「来ちゃった」
「来ちゃったじゃないんですけど…誕生日会は明日の予定ですよね」
「少しばかり早く仕事が終わってね、ずっと亮くんのことを待ってたの」
「連絡くれればよかったのに…」
「突然家に来た方がびっくりするかなって」
「たしかにその通りです」
金曜、午後4時。
大学を終え、自宅の敷地へ足を踏み入れる前に、見かけた顔見知りの年上の女性。
目が合うやいなや、こちらにやって来てあざと可愛らしく「来ちゃった」なんて言われたら、当然驚くわけで。
すると鞄から袋に入った箱を渡された。
「はい、プレゼント。よく音楽聴くって言ってたからイヤホンなんだけど…気に入ってくれたかな?」
開けていいと、仕草で促されたので中を見るとワイヤレスイヤホンが入っていた。
「ちょうどコードがやられちゃって、無線のイヤホン買おうと思っていたので…嬉しいです。ありがとうございます」
とまぁ、プレゼントを貰って感謝の言葉を述べた後、疑問点を挙げる。
「その、プレゼント渡すだけなら明日でもよかったのでは…」
「可憐がね、この前亮さんと劇を見に行ってきた、なんて言ってたから羨ましくってね。会うのが我慢できなくなっちゃった」
続けて、むしろ金曜日まで我慢していたことを褒めて欲しいくらいだと言われた。
ド真ん中の直球勝負と言わんばかりの気持ちを伝えられ、やはり照れてしまう。
「その、もう帰られますか?」
「…実はキャッシュカードを家に置いててね」
「…はぁ」
「…財布には片道分の交通費しかなかったんだよね」
「…なかったと」
ここまでで、大体のことは把握できた。
「で、それを使ってこっちまでやってきたわけで…」
「…帰られないと?」
「うん」
「何か嬉しそうですね」
「え?いやいや、ショックだよ?お金ないからどうしようって思ってたところなんだけど」
全く落ち込んでるようには見えない。むしろ、声色がめちゃくちゃ明るかった。
「可憐さんのマンションに泊めてもらえばいいのでは」
「亮くんの意地悪。一緒の夜を過ごした仲じゃない…ここはどうか亮くん宅に一泊」
俺の正論に対して、意地悪と返ってきた。最近はロジハラという言葉もあるみたいで、正論が時には悪となるらしい。
そんなわけで、どうしたものかと思っていた時に後ろから聞き慣れた声の主が現れた。
「お兄ちゃん?なにやってんの?」
「おかえり奏」
「お兄ちゃん、新聞と宗教勧誘ならさっさと断って…」
俺の服をぐいっと引っ張り耳元でそう囁かれた。
「えっと…亮くんの妹さんかな?はじめまして、神宮寺夏織です。亮くんにはいつもお世話になってます」
「お兄ちゃんの知り合い?」
「うん」
「こんな年上の美人と?」
「まぁ」
「うーん……」
下を向いたり顔を上げたりして、何か考え事をしている様子の妹に、俺とお姉さんの視線が集まっていた。
「神宮寺さん?よかったら中でお話でも」
「いいんですか?ありがとうございます」
妹の一言で、我が家にお姉さんがやってきた。まぁ真夏に外で話すのもどうかと思うので、家の中に入ってもらうべきか。
というか、可憐さんと同い年の我が妹に対して、腰の低いお姉さんが少し新鮮だった。
「もしかして、以前お兄ちゃんが泊まってたり…」
「そうですね、私が無理を言って亮くんに泊まってもらって」
「あ、敬語じゃなくて大丈夫ですよ。全然年下ですし」
「そうですか?それなら、お言葉に甘えて」
リビングで二人で会話をしていた。
そして、なぜか俺はいったん蚊帳の外へ。
妹から口を挟むのはちょっとだけ待って、と言われたので言う通りに黙って座って様子を見るしかない。
「単刀直入に聞きますが、お兄ちゃん…兄のことをどう思ってるんですか。神宮寺さんは一人暮らしなんですよね?一人暮らしで、異性と一緒に過ごして一夜を過ごすのなんて普通は無理だと思うんです」
「妹ちゃん…奏ちゃんの質問に対する回答は、亮くんのことが好き。亮くんのことを好きだから、一緒にいたかったから泊まってもらったの」
「なるほど…分かりました。お二人の仲をどうこう言うつもりはありません。ですが、そう簡単にお兄ちゃんはあげませんからね」
「ちょっと奏」
口を挟むなとは言われたが、少しばかりにやけていた妹が気になり肩を叩く。
「どうしたのお兄ちゃん」
「何か楽しんでないか?娘をお前にはやらん!って言う強面親父みたいな雰囲気醸し出してたけど」
「いやぁドラマとかでよく見るでしょ。まさか実際にそんなシチュエーションに遭遇するとは思わなくってつい」
なるほど。どうやら現実でドラマのワンシーンに立ち会ったために、気が高まったと。
そして、少し気になったことを尋ねる。
「ちなみに、最後のお兄ちゃんは簡単にあげません発言は、奏の本心なのか?」
「どっちだと思う?」
「本心だったら嬉しい」
「じゃあ、本心」
「本心じゃないのか…昔はお兄ちゃんと結婚するなんて言ってたのに」
「お兄ちゃん、それは流石に引く」
「ふふっ…2人とも仲良いんだね」
「「仲は良いと思います」」
「本当に仲良いんだね」
そう言ってから、お姉さんが本題に入ろうと、姿勢を但したので俺と妹も肩に力が入る。
「今日、泊めてくれませんか」
「いいですよ」
そう言ったのは、俺でも妹でもなく、買い物から帰ってきた我が家の実質的なトップ、母親だった。
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