第53話 コンビニと日常以外で感じるもの


「おはようございます」


「おはよう。今日も暑いね」


可憐さんと一緒に劇を観に行く当日の朝9時。

相も変わらず太陽は地上を照らし続けており、昼間には35度を超えるとの予報。

可憐さんは、涼しそうなワンピースを着ているものの、肌の露出部分が多く、少し気がかりだった。ほら、せっかく綺麗な透き通った白い肌が日に焼けるから。



「劇はお昼過ぎですので、最寄り駅に着いたなら、食事をしてからでも大丈夫ですか?」


マンションのエントランスで待ち合わせをしていたので、挨拶を済ませてから駅までの炎天下を歩き出す。


「全然大丈夫だよ。そもそも、予定立ててもらって申し訳ないくらいだし。よく劇の公演には行くの?」


「よく行くというわけではないですね。その、今回は以前劇団に所属していた際の知人からチケットをいただいたので」


「劇団?そうなんだ、今は劇団には入ってないの?」


可憐さん、昔は劇団に所属してたのか。もしかしたら、有名な劇団だったりするのだろうか、意外と子役としてCMでてたり……それは流石にないか。


「はい。当時は色々習い事をしていまして、劇団は小学校5年生くらいで辞めたので…」


「すごいね。俺が小学生の頃なんて、妹と遊んで過ごす毎日で、習い事とは無縁だったからなぁ」


よく習い事に憧れを持つ子どももいるけど、やってみると大変で投げ出したくなるよな。俺はやったことないので気持ちはわからないが。

そんななかで、可憐さんは習い事掛け持ちとは…幼少期から凄かったんだな。


「そんなことないですよ。どれも楽しかったですし、大変なときもありましたが、やっているうちに面白く感じますから」


可憐さんの性格ならそうなのかもしれない。そんな可憐さんの性格は好きだし、尊敬できる。


「でも、一度だけ逃げたときがあって……でも、それも素敵な思い出です」


「そっか」


なんだろう。どういうわけか尋ねようかと思ったが、どこか過去を懐かしむように…俺のことを忘れているかのように…遠くを見つめる可憐さんに簡単な相槌しか打てなかった。

そんな話をしているうちに、最寄り駅へ。

夏休み真っ只中ということもあり、意外と乗車人員は多かったので、軽い会話に抑えながら目的地へ。






「このパスタとサラダを一つずつ…それとドリアとスパイシーチキンを一つずつお願いします」


電車を降りて、駅近くの馴染み深いファミレスに到着。腹ごしらえの下準備、つまり注文。

たった今注文を済ませた可憐さんが可愛らしくこちらを見ていた。


「完璧な注文だったね」


「はい。もう注文は完璧です」


店員さんに、相変わらず可愛らしい笑みを浮かべながら注文する姿を見ていた。

こうしてみると、可憐さんの成長がわかるとともに、それだけ同じ時間を共有したのかと思わされる。

親友か…。数日経ってもなお、その関係に有難みを感じる。

それは、注文した料理が届くまでの間、雑談している時間を楽しんでいた。


腹ごしらえも済み、会場へ向かう。

歩くこと数十分程で到着。





「すみません、少しばかり挨拶してきても大丈夫ですか?」


時計を見ると、開場の時間の30分ほど前だった。なるほど、関係者挨拶のために少し早く着いたのか。


関係者だけが入れる通路を進んで、控え室へ向かう。俺は外で待っておこうかと伝えたが、せっかくなのでと言われ後ろをついて進む。すれ違う人に挨拶と会釈をしながら歩いていると、とある控え室の前で可憐さんが立ち止まった。



「中野さん、お久しぶりです。神宮寺です」


ノックをしてから扉を開けた可憐さん。


「あ、可憐ちゃん来てくれたんだ?ありがと〜。そちらの方もありがとうございます」


中から出てきたのは、金髪でショートカットの自分と同年代くらいの女性だった。もちろん、全くの初対面の女性だ。目が合ったので彼女に向けて軽く会釈をする。


「神田くんなら隣の控え室だよ」


「あの、先に中野さんとお話したいなと思いまして…」


「ほんとかな〜?可憐ちゃんは私より神田くんに会いたかったんじゃないの?どうせ私は永遠の二番手だから…可憐ちゃんの一番は神田くんだったからね…」


可憐さんと、劇に出演されるであろう女性、中野さんのスキンシップを、完全に空気と化して眺めていた。


「なんでそうなるんですか…確かに神田さんにはお世話になってましたけど」


可憐さんが中野さんと呼ぶ女性の頭を撫でながら声をかけていた。

俺はこの場から出たほうがいいのかと思いながらもそれを見つめる。


「あ、そっか。彼氏さんがいるんだからそういった話はダメだったかな?今はそちらの方が可憐ちゃんの一番なのかな?」


「え、その彼氏ではないです。…いや、一番って言うのは違うわけではないのかもですけど…。そうではなくて、神田さんのことは役者として尊敬する先輩だとは思っていますよ」


空気と化していた俺の存在感が急に復活した。こちらを見て、焦っていた可憐さんだったが、直ぐに冷静に応じていた。


「ごめんごめん、ちょっとからかい過ぎたかな?可憐ちゃんは、からかいがいがあるからね〜」


「中野さん、私とは少しばかり距離を置いた方がいいですか?」


「あ、可憐ちゃんの冷たい視線が刺さる…でも、そんな可憐ちゃんも可愛くて好き〜」


「私も好きですよ…満足されました?」


「冷たい可憐ちゃんからのデレ発言最高では?!…コホン、まぁ彼氏さんがいるのなら仕方ないか…この辺で昔の女は立ち去ることにするよ。今日は楽しんでいってね、彼氏さんも」


「あの、すみません。彼氏ではないですから」


一応否定しておく。可憐さんに変な誤解がかかった状態はよくないと思ったからだ。


そう言って控え室を出ていかれた中野さんにつられるように、俺と可憐さんも控え室を出る。

やはり劇団員というだけあって、美人だった。横を通り抜ける際に、ウインクなんてされたのは初めてだが、思ったよりもドキッとしなかったのは何故だろうか。



「すみません、今の中野さん、普段は面倒見がよくて、優しい方なんですけど…。今日はかまってモードだったみたいでした」


かまってモードって…多分言葉のまんまだと思うが。


「俺は気にならなかったから大丈夫だよ。少しばかり、可憐さんのことが好きな先輩って感じなのかなって」


「そうみたいですね。当時からよく抱きつかれてました…」


「そ、そっか」


どこか遠くを見つめる可憐さんの目が儚げで。なんだろう、過去に何かあったのか。これもまた気になるところだが、聞くのはやめておこう。


「それにしても、普段の可憐さんとは違う、雑に対応しているような姿を見れて新鮮だったよ」


「うっ…あの忘れてください。中野さんにたまに冷たく、たまに優しくしてと…飴と鞭がなんとやら…みたいなことをおっしゃられたので、それを実行しているんです」


「…ちょっと変わった人なんだね」


可憐さんのいわゆるツンデレを味わいたいのだろうか。気持ちは分からなくはないが。


「悪い方ではないですよ」


まぁ可憐さんのことが好きなのはなんとなく伝わった。愛されてるんだな可憐さんは、と横に立っている俺の知らない場所での可憐さんを見て思った。




「久しぶり。可憐ちゃん、来てくれてありがとう」


隣の控え室の扉が空き、中からは180cm以上はある、イケメンが出てきた。役者だからイケメンなのは当然か。いや、役者=イケメンは偏見か。


「神田さん、お誘いありがとうございます」


「いやいや、毎回来てくれて嬉しいよ。ただ、今回はチケット2枚って言われたから、誰かと一緒なのかと思ったけど…そっかそっかそういうことか…」


恐らく、俺が女ならば間違いなく惚れるような、くしゃっと笑ったイケメンフェイスがそこにはあった。


「…あの、誤解です」


「え?そうなの?それなら、執事さん?その割に格好は普通だし、若そうだけど」


俺の服装をひとめ見て、そのように口にした。

普通じゃ駄目だったのだろうか、奇抜な服装でもすればよかったのか?


「親友です」


「そっか親友か。…それなら、大丈夫かな?そうだ、今度また、一緒に食事でも行こうね」


そう言ってキザったらしく笑う、神田という役者は可憐さんの頭を撫でていた。

イケメンだから許される行為だから、俺は仕方なく許した。

…いや、なんで俺が許す許さないとか考えてるんだ。俺ではなく、可憐さんが考えることだろう。



「是非。劇のお話を聞くのは楽しいですから」


そう言って軽く微笑む可憐さんを横目に捉える。


「はは、相変わらずだね」


心なしか、神田という役者と可憐さんのふれあいは絵になっていて、本日二度目の空気と化していた。

唐突に窒素や酸素の間に割り込む人間に、空気たちも驚きを隠せないのではなかろうか。



「お時間を割いてくださりありがとうございました。公演楽しみにしてますね、では失礼します」


2人の世間話を完全に空気と化して聞いていたら、まあまあいい時間が経ったようでスタッフさんがやってきた。

それに伴い、会話も終了。

ようやく、俺も空気になる必要がなくなったみたいだった。



「あ、ちょっと」


実体化した俺に声をかけたのは神田さんだった。


不思議そうにこちらを眺める可憐さんを、外でちょっとだけ待っててと神田さんが伝えて扉が閉められた。


「可憐ちゃんのこと、よろしくね」


「…えっと、どういうことですか?」


唐突に真剣な表情で伝えられ、少し動揺してしまう。


「そのまんまの意味だよ。可憐ちゃんを悪い男から守ってあげてってこと。ほら、あの子お嬢様の割に危機感がないでしょ?変な男から危ない目に遭うことだけはないように、見守っていてほしいんだよ」


まあ危機感のなさというのはわかる。特に先日のできごととか。


「その、なんで俺に?」


「君、可憐ちゃんの親友なんでしょ?親友っていうかほとんど恋人みたいな距離感だったけどね。君の側に立つ可憐ちゃんとの距離感はほぼ恋人みたいで羨ましいよ」


「あの…」


「はは、少しからかい過ぎたかな?とにかく、可憐ちゃんのことをよろしくね」


そう言って女性からの歓声が上がりそうな笑顔を浮かべて話が終わった。


よく分からないが、可憐さんのことを変な男から守れとのことらしい。

それは別にいいのだが…結局神田さんが、何を思って俺にそんなことを伝えたのか、よく分からなかった。


役者というものは、人の心を掴む割には、人に自分の心を読ませはしないのだろうか。中野さんに、神田さん。今日出会った二人の役者からそんなことを思った。



「ところで神田さんはなんと?」


「可憐さんと仲良くねって」


「そうですか。仲は良いので安心してください、と今度伝えておきますね」


そう言って笑う可憐さんの横顔を見た瞬間、普段とは違う感情が湧いたような気がした。

その感情が何なのかは分からないが。






劇は大変楽しく拝見させてもらった。

シナリオも演出もお客さんを飽きさせないようにできていて、目まぐるしく変わる展開によってシナリオの世界に引き込まれた。

隣に座る可憐さんからは時折の感嘆。恐らく俺と同じように捉えていたのだろうか。


中野さんは、控え室で会った時とは違う雰囲気を醸し出し、神田さんもまたそうであった。これだけ多くの人の視線を受けてなお、堂々とした立ち振る舞い…役者って凄いんだなと。



幕が降りて劇が終了。

劇も終わって後は帰るだけなのだが、劇の内容を鮮明に頭に思い浮かべ、劇の余韻に浸っていた。隣に座る可憐さんも、そうみたいで席を立つお客さんもいる中、二人して少しばかり席を長めに利用していた。




「今日はお付き合いありがとうございました」


「いやいや、こちらこそ誘ってくれてありがとう。劇も楽しかったから、今度は自分で買ってから見に行ってみるよ」


「それなら、また一緒に行きましょうね」


互いに今日の感想を述べながらの帰り道。

夏だから、まだまだ太陽は沈みそうにない晴天のもと、可憐さんをマンションまで送り届ける。



いつもと同じ別れ際の笑顔を見届けてから、自宅へ向けて足を動かす。


可憐さんと別れてから、今日のことを少し思い返す。劇団の人達と話していたときとの可憐さんの姿は、昔の友人と話しているようで少し変わって見えた。そんな姿を見て違和感を覚えたり、疎外感を覚えたり…。

もしかして、俺は、昔からの可憐さんを知っている劇団員の方を羨ましく思ったのだろうか。


可憐さんと親友になって、何でも可憐さんのことをわかった気になっていたんだ。

それなのに、全然知らない可憐さんを目で見て、そんな可憐さんと仲良く話す人を見て、嫉妬していたのだろうか。



…今度可憐さんと昔話でもしてみようか。

親友として、もっと可憐さんのことを知りたく思えた1日だった。



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