第52話 夜を過ごしても変わらない関係性
「おはようございます…」
「おはよう、早いね」
午前6時、先に起きてリビングで暇を持て余していた俺の数分後に、可憐さんもリビングにやってきた。
「なんとなく、隣からあたたかさが消えたような気がして…目が覚めちゃいました」
起きたら実際にいないですから…と言葉を続ける可憐さんに、なかなか特殊な能力を持っているのかと驚きの視線を向ける。
「そ、そうなんだ」
「起きたら親友がいるって、朝から気持ちが上向きになりますね」
「あぁ…一人暮らしだとそうだよね」
俺の場合、実家だから起きたら妹、父、母…大抵誰かには会うからな。一人暮らしなら、起きても誰もいないのかと、少しだけ寂しいものなのかと、可憐さんの言葉から受け取った。
「顔洗いました?」
「いや、勝手に洗面所使うのも悪い気がして」
「では、お先に洗ってきて大丈夫ですよ。タオルはお好きに使ってください、あとガウンも脱いで服を着替えてもらって大丈夫ですか?」
「ごめん、忘れてた。色々ありがとう」
着てから6、7時間のガウンも随分着込んだように違和感を覚えなかった。言われなかったらこのままずっと着ていたかもしれない。
「いえいえ」
こんな何の変哲もない会話が落ち着く。実際には、女性の家に泊まって一夜明けた朝なので変哲もない会話になることは珍しいと思うが。だが、それが俺と可憐さんの関係性なのだろう。
俺が洗面所を出てから可憐さんも洗面所へ。
すれ違う瞬間に微笑まれた。
普段と変わらない微笑みに思えた。
あくまでも親友、その先のことはよくわからないが今はそれだけで満足だと心から思わされた。
「一緒に料理しませんか?」
お互いに顔を洗って眠気も十分に吹っ飛んだところに、提案を持ち出した可憐さん。
「いいよ、お互いに料理を作ってはいるけど、一緒に料理をしたことなかったね」
いわゆる初めての共同作業と言ってもいいのかもしれない、朝食づくり。
と言っても、可憐さんがおかずを作り、俺が味噌汁を作るという別々の作業ではあったが。
隣に立って料理をする可憐さんは初めてみたが、楽しそうにしている様はやはり見慣れた顔つきだった。
「「いただきます」」
ごはん、目玉焼き、ベーコンを焼いたもの、味噌汁…これでいいんだよ、と言わんばかりの朝食ラインナップ。
朝食選手権のベスト8のメンバーじゃなかろうか。ちなみに残り3つの席はパン、コーヒー、コーンフレークだと思う。コーンフレークはシリアルを下しての勝ち上がりだろう。
ゆっくりと食事を口の中に運ぶ。
美味しい。
それにしても、本当にお米に塩をかけるだけだった食生活からの進化がすごいなと。
海から陸にあがってきた生きものと同じくらい、歴史的で目ざましい進化なのではなかろうか。
そう思って可憐さんを見る。目が合った。
きょとんとした顔でこちらを見ていたので、何でもないと言って食事を促す。
「朝ごはん食べられたら帰られますよね…?」
もう少し食べ終わりそうなタイミングで声をかけられた。
「そうだね…。泊めてくれてありがとう」
「いえいえ、私が無理を言ったんですから」
慌てたように手を振る可憐さん。
「昨日の夜からすごく楽しかったので、名残惜しいです…」
「俺も楽しかったよ。でも、またいつでも会えるし、遊べるんだから気にすることないよ」
「そうですね。…あっ、招待状忘れないでくださいね」
テーブルの上に置きっぱなしの文化祭と体育祭の招待状。それを気にした可憐さんがぱっと口を開いた。
「忘れないよ。かなり楽しみだから」
「絶対来てくださいね」
そう言って心配そうにこちらを窺う可憐さんを安心させるべく、深く頷く。
そうしたら、可憐さんもほっと安心したようで口角が上がっていた。
「あっ、実は10日で特別授業も終了するので、よかったらこちらを受け取ってもらえますか?」
ゲームのお助けキャラのようにアイテムを手渡す可憐さん。なんだろうと見てみると、劇の公演チケットだった。
「以前お話していた劇の公演チケットです。友人から2枚頂いたので、一緒に見に行きませんか?」
断る理由もないので受け取って、承諾の返事をする。すると、ぱっと花が咲くように明るい表情に。
そういえば、劇の話をしたなと数日前の出来事を思い出した。
日常会話なのに、こんなにも記憶からすっと出てくるものなのかと、自分のあまりいいとはいえない記憶力が何故か、明確に力を発揮した瞬間だった。
「本当に楽しみです。もしかしたら、私、今が一番楽しいかもしれません」
「俺もそうかも。本当にありがとう可憐さん」
深く頭を下げると可憐さんは慌てると思ったので、言葉と軽く頭を動かして礼を示した。
今が一番楽しい、そんな生活になるなんて4ヶ月ほど前の4月時点では微塵も思わなかったな。これも、可憐さんのおかげで本当に頭が上がらない。
「名残惜しいですが、また明日ですね」
マンションを出るまで送ると言われたが申し訳ないので、部屋を出るまででいいと押さえ込んだ。そのため扉の前で少しばかりの会話をする。
「あ、コンビニ?」
「はい。明日もコンビニに行けば亮さんがいますから」
俺にとってもコンビニに行けば可憐さんが来てくれるから、そんなふうに思っている。
「ありがとう、じゃあまた明日」
「はい、また明日です」
可憐さんの部屋から出て、長いエレベーターを降りマンションの外へ。
すっかり真夏の太陽が空に上り、今日も存在感を示していた。
普段なら嫌になる暑さだが、何かいい事があれば気が紛れるようで、そこまで気にとめず自宅へ歩みを進めた。
「お兄ちゃん、無断外泊で朝帰りはよくないよ?ほら、何があったか教えて」
玄関に佇む妹に、昨日の出来事を話すことに。もちろん大まかにだが。
少しばかり不機嫌な妹のために、今日もラーメン店へ行くことになりそうだ。
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