第51話 コンビニの来店客がたまにパジャマなときもある


「ごめん」


そう伝えてから布団から抜け出し、地べたへ。夏なのに冷たい床が、少し火照った体を冷やしてくれた。


「え、どうかされました?」


驚いたように、上体を起こしてこちらを見つめる可憐さん。その表情は、恥ずかしさなど微塵も感じさせない、ただ心配だけを浮かべていた。


「一緒のベッドで眠るのはよくないよね。ぼーっとしてたから気づかなくて」


「その、私は気にしませんよ?それに、人と一緒に寝ると安心感があって、ぐっすり眠れますし。そういえば、昔はお姉ちゃんとよく一緒に寝てたんです」


そう言ってから、布団から出た俺を引っ張るように布団の中へ誘う可憐さん。

強い力で抵抗すれば、可憐さんがベッドから落ちてしまいそうなので、戻るという選択肢しかなかった。


「その、私だって分かってますよ。秋野さんが言いたいことくらい。小学生じゃないんですから…。その、一線を越えるかもしれないってことですよね。でも、秋野さんにその気がないのはわかってます。それに、他の人にはこんなことしないです…親友だからきっと大丈夫だって確信があります」


ゆっくりと頭で整理したであろう言葉を、ゆっくりと紡ぐ可憐さん。


「いや…まぁ…」


なんといえばいいのか分からず、適当な相槌を打つだけで、可憐さんの言葉を待つしかできなかった。


「秋野さんは何もしないって信じてますし。それに、親友なら一緒のベッドで寝ても問題ないと思いませんか?」


ゆっくりとした口調から一転。

強めの口調、そして俺が否定できないような言葉を並べ、あざとく笑う可憐さん。


可憐さんの手のひらでまんまと転がされた俺は、やむを得ず体温を感じるベッドに身を預けることにした。

親友って都合のいい言葉なのだろうか。





「…さっきはあんなこと言いましたけど、思い返すとかなり恥ずかしいです」


「あんなこと言われた俺も恥ずかしいよ」


再びベッドに戻ってから数分。

2人して同じベッドにいるものの、互いの熱を感じながら背中合わせの状態で無言が続いていたとき、ふと呟いた可憐さんに応じて言葉を交わす。


「その、秋野さんは恋人いらっしゃいますか?いらっしゃったならば、今の状況は良くないかもしれません。最近友人に見せていただいた本で、こんな展開がありました。ちなみに、今の私の立場の人物はその後、謎の死を遂げていました…」


「いないから安心して。というか、恋愛系の作品読むんだ?」


「そうですね、名作だったり、勧められたりしたものは読みますよ。主人公に自分を重ね合わせてドキドキしながら読むのが楽しいんです」


「何かオススメの作品ある?」


「それでしたら、今本棚にある作品でですね…」



先程までの眠気とドキドキはどこへ行ったのか。

好きな本、作者、どんな展開が面白いかと本についてお互い向き合って話していた。

少しばかり芳しい匂いが意識を逸らそうとするものの、それよりも可憐さんとの会話に入れ込んでいたようで、それとも鼻が匂いに慣れたのか。いつの間にかまったく気にならなくなった。



「秋野さんも恋愛小説読むんですか?」


「読むけど、自分には当てはめないかな。あくまでも読者目線でしか読んでないというか」


「そうなんですか。でも、色んな読み方があって、その中で秋野さんが最も楽しめる読み方ならば問題ないと思いますよ」



会話が途切れた。そうすると、お互い向き合ってベッドに横になっていることに意識が向くわけで。多少の気恥しさが湧いてくる。

でも、顔や体を逸らす気にならなかった。


「可憐さんは、恋人いないの?」


先程の質問を俺からし返す。

碧さんにこんなこと聞いたら、4回目のセクハラだと訴えられそうだが、可憐さんなら大丈夫じゃないかという、謎の安心感があった。でも、少しは不安もあって、自分の唾を飲む音がはっきり聞こえた。


「いないですよ…今は」


「そっか、それなら俺も謎の死を遂げることはなさそうでよかったよ」


「なんですかそれ…」


お互いに眠気が再度やってきたせいか、軽く笑い合うくらいの会話になった。


少し気になったのが、「今は」という言葉。昔はいたのだろうか、そうだとしたらどんな男性だろうか。未来に恋人になる人が決まっているのだとしたら、それもまたどんな男性なのだろうか。気になるだけで、言葉に出して尋ねようとは思わない。なんとなく、嫌な気になったから。



「秋野さん」


「うん」


「そういえば指輪、つけてくれないんですか?」


「え、あぁ…その汚れたり傷ついたりしたら嫌だなと思って、つけにくいというか」


「なるほど…汚れても、傷ついてもいいですから、つけてくれた方が嬉しいです。私も明日からつけますから。その、親友の証として」


「わかった。明日からつけておくよ」


「はい、お願いします」





「…お兄ちゃんがいたらこんな感じなんでしょうか」


「どうなんだろう、実際妹がいるんだけど、一緒に寝るのなんて小学校までだったかな」


「妹さんがいらっしゃるんですか?」


「うん、可憐さんと同い年の」


「そうなんですか。秋野さんみたいなお兄ちゃんがいて羨ましいですね」


電気を消してるので、お互いの顔ははっきり見えないが、なんとなく微笑んでいるような声色だった。


「可憐さんも、夏織さんみたいなお姉さんがいて羨ましいと思うけどな」


「たしかに、お姉ちゃんは自慢のお姉ちゃんです…でも、秋野さんを独占するのは駄目です」


顔が見えないので、声色だけで表情を想像する。今は…意外とムスッとしているのだろうか。


「独占された覚えはないけど…」


「言葉の綾です」


「それに、今は可憐さんが独占してるようなものじゃない?」


「親友だからいいんです」


「親友が便利なワードになってない?」


「あの、私もお姉ちゃんみたいに、秋野さんのこと名前で呼んでもいいですか?」


暗闇に目が慣れたのか顔が見えた気がした。

会話を楽しんでいるかのようだった。


「聞かなくても、好きに呼んでくれていいよ」


「ですが、ずっと秋野さんって呼んでいたのに、急に亮さんって呼び出したらびっくりしないですか?」


「まぁ、するかも」


「だから事前確認したんですけど…答えはどうなんですか」


「名前で呼んでいいですよ」


「…秋野さん、じゃなくて亮さん、結構動揺してますか?」


「してるかも」


可憐さんに敬語口調になるのは、数ヶ月ぶりだ。少し動揺したせいで、言葉遣いが昔に戻った。


「こうなると、一気に親友って感じがしますね」


「たしかに」





長く会話を続けたものの、お互いにそろそろ眠気がピークに達したようで、


「おやすみなさい」


お互いに声をかけて瞼を閉じた。

再度背中を向けるようなことはせず、向かい合ったまま眠りについた。


翌朝、俺の胸に顔を寄せる可憐さんがいて、驚きのあまりベッドから落ちるという漫画のようなリアクションをとったのは俺だけが知っている。





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