第49話 黒髪ロングをドライヤーで乾かす時間
「その、それは色々と問題があるような…」
何か犯罪を犯すつもりは毛頭ないので、何も問題がないように思える。
しかし、世間的にどうなのかということだ。俺への視線もだが、成人男性を泊める可憐さんへの視線もだ。
お姉さんのマンションに泊まったのは、お互い成人、仮になにかあったとしても何の問題もない。俺的には問題ありだが。
ちなみに、セキュリティ万全なこのマンションならば、世間の目は気にすることはなさそうではあるので、この不安は解消されてはいる。
ただ、未成年の女子高生の家に泊まる成人男性。兄妹でもないのにそんなことが許されるだろうか。女子高生宅に泊まる成人男性…少し危険な要素を孕んでいる。
そんなわけで、数分の葛藤とともに紡ぎ出した言葉だったが、可憐さんはその言葉を受けてたった数秒で応じた。
「親友ですから、何も問題ないですよ」
「同性ならそうだけどね?ほら、一応男だし」
自分で言うのもなんだが、俺に男らしさはあまりないし。全く男として見ていないと言われたらそれは少し残念だ。
「何も問題ないですから。といいますか、お姉ちゃんのマンションには泊まったわけですし、泊まっていってください」
やはり今日の可憐さんは押しが強いみたいだった。
問題ないから泊まって、その一点張りでこちらが折れるしかなかった。
「あ、お風呂はどうされますか?」
「着替えもないし、そのままでいいかな」
「ちょっと待ってくださいね…」
そういうと、寝室へ向かっていった。そして、ガサガサと服を漁っている音は…聞こえなかったが、タンスを開け閉めする音が聞こえてきた。
「これとかどうですか?」
バスローブだった。ホテルとかでしか見ないけどなんであるんだろうか。
「うん、着れそうだけど…」
「あと、ガウンもありました」
バスローブとガウンって何が違うのかよく分からなかったがとりあえず頷く。
「下着は流石に見つからなかったので…その今履いていらっしゃるのを洗濯して乾燥するのを待っていただくしかないんですけど」
「あぁ…うん、わかった。ありがとう、洗濯機借りるね?でも、先に俺がお風呂借りて大丈夫?」
「はい、どうぞ」
そういうわけでバスルームへ。
…めちゃくちゃ綺麗だな。なかなか広いし、本当にこのマンションの家賃いくらなんだろう。少しばかりジロジロ見てしまうが、失礼だなと思い首を動かすのをやめる。
「すみません、入っても大丈夫ですか?」
その瞬間扉をノックされた。このタイミングで服を脱いでたら慌てたり、声を出して待機を願うところだが、まだ服に手をかけていないのですぐに返答する。
「あの…ちょっとだけ目を瞑ってもらってもいいですか?」
「あ、うん」
突然そんなことを言われても簡単に受け入れる。別に変なことをされるわけでもないし。
「…失礼しました」
そう言って足早にリビングで戻っていった可憐さんだが、目を開けても何も変化は見受けられなかった。
そんなわけで、服を脱いで洗濯機に。
洗濯脱水、乾燥のボタンを押してから浴室へ。
シャンプーやリンス、コンディショナー、トリートメント…石鹸も豊富にあった。しかも、使用感溢れていて嫌でも意識してしまう。
とりあえずシャンプーとコンディショナー、ボディソープを使わせていただいた。どれがどれかよく分からず使うのに、一分くらい使ったのではないか。
流石に浴槽に浸かるのは申し訳ないなと思い、お湯が張ってあるわけでもないので数十分ほどで浴室を出た。まだ下着たちは乾いておらずバスローブを羽織ってリビングへ。
「髪は乾かしたほうがいいですよ、傷んじゃいますから」
そう言われて背中を押して、バスルームへ再度戻された。
「少し屈んでもらえますか?」
言われるがままに屈むと髪を触られ、ドライヤーの音がした。
「自分でやるからいいよ?」
そう伝えたのだが、鼻歌を歌いながら俺の髪を乾かす手を止めなかった。
聞こえてないのであれば、この行為、可憐さんの好意を甘んじて受け入れよう…。
可憐さんに髪を乾かしてもらうのが気持ち良くて、身を委ねることにしたくなったというのも多少はあるが。
美容室にいくと、シャンプーとかも頼んでしまうあれだ。人にしてもらうと気持ちいいやつだ。
「では、私もお風呂に入りますね。飲み物はお好きに飲まれて大丈夫ですから」
気遣いの言葉を一言加えてから2人してバスルームを出る。そのまま入るのかと思ったが、着替えを用意してなかったので、一旦寝室へ戻ってから入るみたいだ。
そんなわけでリビングに俺一人。
特にすることもなく、リビングで座って待つ。スマホのソシャゲをやる気にならないし、かといって何らかの動画を見る気にもならない。
ただ、長針が動き続けるのをぼーっと眺めるだけの時間。60秒って意外に早かったり遅かったりするのか、と規則的に動いているはずの長針にあらぬ疑いをかける。
長針が何周したのか分からないが、どうやらなかなかの時間が経ったらしいことが、可憐さんがバスルームから出てきたことで判明した。
「ちょっと来ていただけますか?」
お風呂上がりの、艶やかな肌、しっとりと濡れた髪、普段とは違う可憐さんの姿が、俺の中に僅かな情欲を生み出そうとしていたが、水を飲んで落ち着きを取り戻す。
「どうかしたの?」
「先程は私が秋野さんの髪を乾かしたので、次は秋野さんが私の髪を乾かす番です」
堂々とそんなことを言い切った可憐さんに、少しばかり心配になった。
「その、髪を触ることになるけどいいの?」
「もちろんですよ。親友ならこれくらい当たり前じゃないんですか?」
なかなかぶっ飛んだ親友に関する情報を所持していらっしゃった。
同性ならいいだろうが、一応俺男だから。さっきも一瞬可憐さんにドキッとしてたし、警戒心を多少は持つべきという自覚を持ってほしく思える。
「はぁ…気持ちいいです」
「それはよかった」
左手で艶のある綺麗な黒髪を梳きながら、ドライヤーを動かして髪を乾かす。
それにしても本当にサラサラで、風に靡くロングヘアーが魅力的な理由が、現在身をもって実感した。
「すみません、結構時間かかりますよね」
「気にしなくていいよ。やってるうちに楽しくなってきたし」
最初は緊張だったが、今はただ楽しいという感情しかない。鏡越しに映るリラックスした様子の可憐さんを見て、変な力が抜けていって、その姿がなおさらそれを促進させる。
「その、先程あんなことを言っておいて言うのもどうなのかと思うんですが…少し恥ずかしくなってきました…」
「そっか、でも最後まで乾かすよ」
「えっ?あの、え?」
てっきりやめるだろうと思っていた可憐さんは、驚いた様子でこちらを振り返っては戻りを数度繰り返していた。
親友ならこれくらい許されるはず。それに、嫌なら可憐さんも言葉に出して意思表示する子だから。何だかんだで、気持ちよさそうに頭を預けてくれている可憐さんと鏡越しに目が合った。
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