第48話 関係性の昇格
「どうぞ」
神妙な面持ちで、テーブルに並べられた料理を目にする。料理の様子をちらっと見ていたから、どんなものができているのかわかっていたが。そもそも唐揚げだと知っていたが。それでも、改めて目にすると別の感情が湧いてくる。
「美味しそうだ…」
唐揚げは、作り方によって味も、ジューシーさも全然変わってくる。もちろん見た目も。
テーブルに並んだ唐揚げは一目見ただけで、カラッと揚げられていてジューシーさを感じさせた。恐らく揚げている時間が長かったので、二度揚げしたのだろうか。また、程よいニンニクの香りが鼻腔をくすぐり、そして普段なら輝きを放たないはずだが、その唐揚げは輝きを放つように見え、それがなおさら食欲をそそる。
「少し準備に手間取ってしまって…お待たせしました」
時刻はとうに8時を回っていて、短針はほぼ9の文字に触れていた。
だが、今はそれよりも目の前の唐揚げに釘付けだった。もちろん、包丁によって千切りにされたキャベツもちゃんと視界に写っている。
「「いただきます」」
合掌し、箸を手に。
そして、真っ先にそれを口に運ぶ。
「…うま…」
馬ではない。鶏肉だし。
そうじゃなくて上手いし、美味い、めちゃくちゃ美味い。スーパーの惣菜よりも、コンビニのフライヤーよりも。遠足の時に食べたお弁当のおかずの唐揚げよりも。
「本当ですか?よかったです」
可憐さんの作ってくれた2人合わせて20個ほどの唐揚げ。初めは多いのではと思ったが、まさかそれでは少ないと数時間後に思わされることになるとは、あの瞬間は微塵も思わなかった。
そして、喜ぶ可憐さんを正面に箸を動かすスピードも上がる。それを見た可憐さんの喜色満面な様が、飲み込むスピードをも上げさせる。
「えへ…あの、美味しそうに食べてくれるのは嬉しいんですけど…無くなるわけじゃないですし、もう少しゆっくり食べてもらっていいんですよ?」
どうやら、可憐さんにそんなことを言わせてしまうほど早い食事だったらしい。
その後はゆっくりと、噛み締めるように味わって飲み込むことにしたので、食事は20分ほどかかった。可憐さんも思っていたよりも美味しくできたらしく、意外だという表情を浮かべながらも美味しそうに食べていた。
「…実は、少し不安だったんです」
「うん?」
食事を終え、せめて食器洗いだけでもと強情な押しが成功し、俺はスポンジを持つ手を動かしていた。
だが、少し不服だったのか横に可憐さんが居座っており、その可憐さんから突然言葉を紡ぎ出された。
「もともと、私が秋野さんと話して、仲良くなったはずなのに。それなのに、気づけば私よりもお姉ちゃんと話しているときの方が楽しそうで…仲良くなってるように感じて。お姉ちゃんと話す姿が私と話す姿とは異なるように見えて」
口に運ぼうと動かす箸を一旦止めて、話に集中する。可憐さんの表情は曇っていたかのように見えたが次の瞬間には消えて、決心したかのような強い意思を感じ取れる表情に変わっていた。
「でも、今一緒に食事して、気付きました。私の料理を食べてくださったときの顔、お姉ちゃんの前では見せていなかった顔でした。…だから、私と…友人じゃなくて親友になっていただけませんか?もっと秋野さんのことが知りたいです。見たことない顔を見たいです。それと、お姉ちゃんよりも仲良くなりたいです…」
一瞬告白か、なんて思ったけどそんなことはなかった。流石に俺なんかがそう簡単に告白されるなら、既婚者の割合が減ったりしないよな。それが落胆なのか、安堵なのか分からないが、それよりも「親友」という言葉は素直に嬉しかった。
そういえば、可憐さんが体調を崩していたとき、親友に近い関係になりたいと思ったのだった。だが、今は「親友に近い関係」じゃなく、「親友」と明言され、なおかつ親友になってほしいと言われたのだ。
「俺も可憐さんのこと、もっと知りたいと思ってたから嬉しい。こちらこそよろしく親友の可憐さん」
断るはずなどなく、二つ返事で受け入れ肯定の意を表すべく手を差し伸べる。
「はい!」
この握手は数回目の肌の接触。
可憐さんの握る手の力が普段どれくらいか分からないが、なんとなく力強いような気がした。
「お姉ちゃんのマンションに行った日は、どんなことしたんですか?」
食事を終え、食器も洗い終え、特にすることもないのだが、なんとなく解散という空気にならず喋り続けていたところ、そんな話に移っていた。
「え?食事して…話して…お酒飲んで寝たくらいかな」
「寝た?…えっと…あの、聞きにくいのですが…。その、「寝た」って「眠った」ってことですよね。二人がそういった関係だというわけではないですよね?」
…かなり恥ずかしがって尋ねる可憐さんに、今しがた言葉にした内容における、変な誤解を解くべく質問に答える。
「うん。その…お酒飲んだから、そのまま帰って事故にあいでもしたら、とお姉さんが不安に思ってたから泊めてもらってさ」
「ですよね…。…その、泊まりますか?」
ほっと安堵したようだった。
だが、安堵したはずの可憐さんが発した言葉は、俺を安堵という状態からは、遠く離れた状態にさせるものだった。
「え?」
可憐さんの問いに対して聞き返す。もちろん、聞こえなかったわけではない。だが、もしかしたら聞き間違えたのかもしれないと思い、尋ね返す。
「だから、泊まりますか…って聞いてるんですよ」
聞き間違えてはいなかったみたいだ。
というか、聞き間違えであってほしいという僅かな願いもあって問い返したのに、その僅かな願いは星屑のように消え去ったようだ。
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