第47話 帰り道の寄り道


「今日はありがとうございました」


2人で歩く帰り道、少しの談笑をした後、可憐さんから改めてというように伝えられた。


電車から降りてすぐは、まばらな通行人の邪魔にならないように、縦に並んで歩いていたものの、人通りの少ない道に入り横並びになって歩く。


気づけば、太陽も沈みかけ夏の日差しも気にならない、少し歩くくらいなら汗が垂れてこないような時間になっていた。


「こちらこそ、1人でお姉さんを祝うよりも可憐さんがいてくれた方が、お姉さんも嬉しかっただろうし」


俺と2人でいるとき、可憐さんがいるとき。

もちろん、姉妹ということもあるだろうが、俺と一緒にいるときとは違った姿をお姉さんは見せていた。


好きと言ってもらえているもののあくまでも他人、やはり血縁者にしか見せない顔というものがあるのだろう。



「秋野さんはどうですか。今日、お姉ちゃんのマンションに、私がいてくれてよかったと秋野さんは思いますか?」



唐突に後頭部を殴られた…そこまではいかないが、頭を教科書の角で叩かれた衝撃を受けた。

普段の可憐さんならば、言葉にしないような質問だからだ。

私がいてくれてよかったか、裏を返せば、いないほうがいいか、そう聞いているようなものではないか。



「どうしたの急に、いてくれてよかったと思ってるよ?」


「お姉ちゃんと2人で仲良さそうにしてましたし、なんというか2人だけで言葉も使わずに意思疎通してましたし…それに私の知らないことでも、2人には当たり前のことで…」


俺としては、お姉さんも可憐さんも、大切な友人であり、扱いに差をつけている気は毛頭ない。

だが、現に可憐さんはそういう風に感じたらしい。そう思われたのならば、謝罪しておくべきだろう。



「ごめん、そんなつもりはなかったんだけど。可憐さんがそう思ったのなら改善するよ」


付き合ってる彼女を、なあなあな態度で宥める彼氏みたいな発言だな。いや、可憐さんが彼女とか畏れ多いけど。


ただ、俺も、可憐さんとお姉さん2人だけで通じあっているときがあって、羨ましいなとは思っていたが。お互い同じようなことを思ってたいたのかと、シンパシーを感じた。



「そう思うのでしたら、この後お時間ありますか?ついて来ていただきたい場所がありまして」


「うん、いいよ」


こんな有無を言わせない押しの強い可憐さんは珍しいな。どこへ行くのか見当がつかないが、言われるがままに受け入れた。








「スーパー?」


俺がたまに利用する…わかりやすく伝えると以前、可憐さんの食生活改善のために食材を買うために利用したスーパーを俺たちは目の前に捉えていた。


まっすぐマンションに向かう道のりから、途中で外れ、行き先がどの辺なのか気になっていたときに可憐さんの足が止まったのが、このスーパーだ。そんなスーパーに足を踏み入れ店内へ。




「秋野さん、何か食べたいものはありますか?」


「えぇと…鯖の味噌煮とか」


「…この中からお選びください…」


そう言ってすっと差し出されたメモ帳。

中には、献立と作り方が書いてあった。この中から食べたいものを選ばなければならないみたいだ。それと同時に以前俺が伝えた料理が丁寧にかつ、さらにメモを加えて書き記されていた。

ちなみに鯖の味噌煮は載ってなかった。






「なんといいますか、先ほどはあんなこと言ってしまいましたけど…1日2回も買い物に付き合わせてしまい申し訳ありません」


「全然いいよ。それに、可憐さんと2人でスーパーで買い物するのは楽しいよ」


本やネットで色々調べたのだろうか。

野菜一つ選ぶのも、ぱっとかごに収めることはせず、大きさや新鮮さを考慮しているのだろう。手に取っては見比べていた。キャベツの芯をみて比べているようだったが、俺は料理こそすれど、野菜の選び方なんて親から聞いていないのでわからない。


そんな真剣に選ぶ可憐さんを見て、野菜だけに新鮮だな、なんて思いながら…そんな真剣な表情も魅力的で双眸は彼女に奪われていた。


「その…食べたいものを聞いて、食材を選んで…などとしていたら、なんとなくお分かりかと思いますが…。この後ウチで一緒に食事をとってくれませんか?」


「え、…うん」


そんな気はしていた。ただスーパーの付き添いに来てもらうだけであれば、わざわざ俺が食べたいものを聞く意味があるだろうか。

だが、実際に言葉にされるとドキッとするものがあって。

相変わらず可憐さんに固定されっぱなしの双眸だったが、俺の緊張の意思に伴って少し動いた。



「唐揚げ…作った機会は少ないですけども頑張ります」


「え?だったら別の料理でも」


メモ帳に載っていた唐揚げにパット視線が固定されたので、唐揚げを選択したのだが、無理に作ってもらいたいわけではない。


「いえ、秋野さんの好きなものを食べてほしいです。それに、秋野さんのためならきっといいものが作れると思います。それで、美味しいって言ってほしいです」


そうは問屋が卸さないと言わんばかりに否定された。そう言ってニコッと微笑む姿にころっと落ちる男は多いんじゃなかろうか。

恋愛経験のない俺は、奇跡的に落ちなかったみたいだが、心臓の鼓動は早まっているのが自分でわかった。





「秋野さんは唐揚げお好きなんですか?」


「そうだね。最近はあまり食べてなかったけど。というか、大抵の男子…まぁ比較的若い男は唐揚げ、ハンバーグ…肉系に目がないんじゃないかな」


無事に買い物を済ませての帰り道。

そんな話をしていた。

巨人、大鵬、卵焼き…かつての子どもが好きなものにランクインしていた食べ物卵焼きは、個人的には地位を落としているんじゃないかと。俺は卵焼き好きだけど、買ったり作ったりの機会は減っているな。


多分今は、他球団のファンも増えたし、個性的な力士もでてきたしで、料理だって欧米化が進んだし、過去と比べるのはナンセンスなのかもしれない。



「可憐さんは、好きな料理ってあるの?」


以前俺が可憐さんの依頼を受けて作ったカレーは、好きというよりは食べたいものだったからな。


「う〜ん…秋野さんが作ってくれた料理ですかね…。すごく美味しかったです。あとは…コロッケ?」


喜んでいいのか難しいところだ。

恐らく、実家ではきっといいものを食べていたはずなのだ。にも関わらず、俺の料理とコロッケ…美味しいと言ってもらっていても、逆に味が斬新で気に入ってくれたのではと一抹の不安を憶える。


「そっか、ありがとう」


「はい、今日は私が料理を作りますけど、よかったらまた、秋野さんの料理が食べたいです」


邪気なしの純真無垢な微笑みで言われたら、不安なんて消し飛ぶし、喜びの感情しか湧かないよな。



気づけば夏を感じさせる真っ赤な太陽は沈みきったようで、街灯と車のライトが照らしてくれる道を歩いて数十分、可憐さんのマンションに到着していた。

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