第45話 ケーキよりも甘いもの
「そういえば、再来週には亮くんの誕生日だけど何か欲しいものある?」
「いやいや、何もいらないですよ」
食事を終え、ケーキを買いに行く道中、そんな話が展開された。…そういえばあの日から俺の事名前で呼んでもらってるよなと改めて自分の心の中で確認する。変に意識するのもどうなのかと思いつつも、やはり、多少は意識してしまう。
「え?秋野さん誕生日近いんですか」
「うん、今月中旬に。でも、気にしなくていいよ」
「いや、ここは盛大に祝おうよ。ねぇ可憐」
「うん。どうしよう10段重ねのケーキとか必要かな…あとはオードブルとか…?」
可憐さんがめちゃくちゃ気合いが入った食事を用意しそうになっていた。流石に作るのではなく注文するのだとは思うけど、お嬢様の注文だなんて、恐らく一流シェフから提供されるものだろう。値がいくらするか分からなくて怖い。
「お姉さん、可憐さんを乗せないでください。可憐さん、ケーキは今から買いに行くやつくらいので十分だし、料理は可憐さんが作ってくれるものなら何でも嬉しいかな」
さっき分かったことだが、飲食店やコンビニのカレー、自分で作ったカレーよりも可憐さんが作ったカレーの方が美味しかった。というか、可憐さんが作ってくれただけで十分美味しくなるのではないか。米に塩をかけただけでも。
「そ、そうですか?それなら、今度は別の料理を作ってみますので、是非楽しみにしていてくださいね」
「ありがとう」
恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに笑う可憐さんから、直々に手料理をふるまってくれることを約束され心が踊った。それだけで十分過ぎるな。
「やっぱりモンブランかな…」
「フルーツタルトも美味しそうです」
「チョコレートケーキのクリームがすごいですね」
三者三様の意見。
個人的に食べるために、ケーキを買うのであれば苦労しないケーキ選び。
それが、3人で食べるとなると意見の不一致が生じるものになる。
だが、今回はお姉さんの食べたいものを買うと決めているので、俺と可憐さんの意見はあってないようなものだ。一頭立てのレースみたいなものだ。
「モンブランに決めていたのに、可憐と亮くんのコメントで一気に悩む羽目に」
「えっごめんねお姉ちゃん」
「すみません」
一頭立てから三頭立てに。3つ全部買えば悩む必要はないのだが、ケーキ選びに悩むお姉さんが、まるで少女のようで可愛らしく思えた。
お姉さん、ケーキ好きなのかな。だとしたら、なおさら当日買い忘れたことを申し訳なく思う。
2000~3000円のケーキ達…すごく高いというわけではないが、3人で食べるので食べ切れる量を考えて、買っても2ホールだろう。そうなると、3つのうち1つは諦めなければならない。だからお姉さんも悩んでいるのだ。
…あ、そうだ。
「お姉ちゃん、チョコレートケーキは秋野さんの誕生日に買えばいいんじゃないかな?ほら、それなら万事解決でしょ」
同じことを思った可憐さんが、俺より数秒早くお姉さんに助言していた。
「あ、たしかに。亮くんのケーキで悩むこともないし、食べたいケーキも食べられるしで一石二鳥だね」
そう言うと、モンブランとフルーツタルトを注文していた。主役のお姉さんに支払わせるわけにはいかず、そして先日ケーキを買い忘れたので支払いを買って出る。
先ほど、平然と可憐さんが言ってくれた言葉。それは、俺の誕生日祝いをこの2人がしてくれることを決定させていて、そんなことを考えると少しだけ店を出る足が早くなった。もちろん今日の主役はお姉さんだが。
「本当に気にしなくてよかったのに。大学生なんだからお金の心配したほうがいいよ」
「あいにく使う機会がないので…。妹と、お姉さんや可憐さん、あとは碧さんを除いて」
「なんか地雷踏み抜いちゃった?ごめんね」
全然気にしてない。気にしてないけど、顔を近づけて謝罪してくるお姉さんに、ドキッとして何も言えなかった。
「やっぱりすごく美味しそうだよね」
お姉さんのマンションに到着し、ケーキを取り出す。
近くで見るとより美味しそうに見える。
「俺の分は気にしなくていいので、お姉さんと可憐さんで好きに分けてください」
「亮くんが買ってくれたんだから、その意見はダメだよ。ほら、綺麗に三等分でいいんじゃない」
「そうです。秋野さんも一緒に食べましょう」
そんなことを言ってる割に、視線はケーキに固定されていた可憐さん。すごく食べたそうだな…可憐さんに多めにあげた方がよさそうだ。
ちなみに、長方形のテーブルの前に、お姉さん、その対面に俺と可憐さんという状態で座っている。
てっきり、お姉さんの横に可憐さんが座るものだと思っていたら、俺の横にちょこんと可愛らしく座ったので驚いた。
「三等分できましたよ」
とりあえず、ケーキを切り分けることに成功。6皿に2種類のケーキをそれぞれ乗せて彼女たちの前に置いた。
「…結構多いね」
お姉さんの零した言葉に反応するように可憐さんが頷いていた。たしかに、意外と大きいしボリュームもなかなかだ。
「昔はこれくらい直ぐにお腹の中だったのになぁ」
「今でも直ぐにお腹の中におさまりますから、まだ全然食べられるはずです」
お姉さんが歳をとって甘いものが入らなくなったことを嘆き出したので、即座にフォローする。
「そう?…じゃあ食べさせてくれる?」
「何が、じゃあ、なのかわからないです」
「いいじゃん。あーん」
口を開けて準備完了と言わんばかりのお姉さんを放置するわけにもいかず、手で持ったタルトを口の中に。
「美味しいね、これ。…ほら、続けて口の中に」
そういうと、また口を開けて準備完了とアピールしていた。
「いや…」
それに対して少し戸惑っていると、可憐さんが言葉を発した。
「はい、お姉ちゃんあーん」
「あーん」
可憐さんが、お姉さんにあーんをしていた。
「あんまり秋野さんを困らせちゃ駄目だからね」
「別に困ってたわけじゃないけど…」
「…そうですか。じゃあ、私にもしてくれませんか?」
「え?いや…あぁ…うん」
断りの言葉を伝えようとしたのだが、物欲しそうに甘える可憐さんの姿に、流されるままに受け入れてしまった。
「あっ…」
口の中には手が入らないように、タルトだけが口の中に入るようにとしていたものの、意識していなかった可憐さんの唇に手が触れてしまった。
可憐さんも一瞬、体が震えたような気がしたがそのままタルトを口の中に入れたので、俺の気のせいだったのか。
「…」
…いやこれ間違いなく触れたな。
何でそんなに顔が紅いのか。ケーキに乗っかっている苺よりも赤いとかいう、使い古された表現が今まさにぴったりな状況だった。
「私のもどうぞ…、私のケーキの切り分け方を見ても明らかに2人より量が多いですから分けるのは当然ですよね」
「え?あ、うん」
俺が心中、慌てふためいていることなど一切配慮しないと言わんばかりに、途中早口になって言葉を伝えた可憐さんから、すぐにお返しがやってきた。
考えることなく応えてしまったので、やむを得ず口を開ける。
こちらの口元へタルトを運ぶ可憐さんと目が合った。…その瞬間、頬だけに留まっていた紅の侵食は顔、そして耳まで進行していた。
そんな可憐さんにつられて、自分の頬が熱くなるのがすぐに分かった。その瞬間口にタルトの生地が入ってきたのが分かったので、咥えて口の中に収める。
噛んで、飲み込んでみたが美味しいはずのタルトの、味がよく分からなかった。タルトなのだからきっと甘いはずだが。
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