第43話 お嬢様の知らないこと

『今から秋野さんと一緒にお姉ちゃんのマンション行くね』


『可憐も来てくれるの?ありがとう』


『当日は電話でしか祝えなかったから、直接お祝いしたい』


『可憐好き、愛してる』


『それに、この前の看病のお礼もしたいから』


『全然気にしなくていいのに。それじゃあ待ってるね』


そんなメッセージのやりとりを終えてから、歩き出す。


「私たちのこと待ってる、とのことでした」


「可憐さんはお姉さんのマンションよく行くの?」


「いえ、一度行ったきりで…私の所からですと遠いですし、仕事が休みの日に押しかけるのも迷惑かなと思いまして、全然行けてないです」


お姉ちゃんのマンションには、高校に入学する直前に行ったきりだ。

私の住むマンションには、実家の使用人の方が付き添いで来るとのことだったが、ひとり暮らしに憧れがあったので無理を言って断ったのだ。そんな私に、使用人の方がお姉ちゃんのマンション住所と行き方を教えてくれたので行ったのだ。使用人の方もお姉ちゃんのこと好きだったんだろうなぁ。お姉ちゃんが家を出てから数年、会うどころか、連絡すら取っていないのに何で住所を知ってるのか。疑問に思ったが触れないことにした。



そんなわけで、マンションに着いてから数日後に、お姉ちゃんのマンションを訪れた。まさか私が来ると思わなかったお姉ちゃんはすごく焦っていたし、部屋がなかなか散らかっていた。昔はそうじゃなかったのにと思いはしたが、仕事が忙しいのならば多少は仕方ないのかな、そんなことを思った気がした。


「…そっか。お姉さんは、可憐さんにいつでも来て欲しいと思ってるんじゃないかな。可憐さんのことが迷惑なら、わざわざお姉さんから毎晩電話かけたりしないだろうし。ほら、お姉さんって結構寂しがり屋なところがあるというか」


「そうですね…。私もお姉ちゃんっ子ですけど、お姉ちゃんも私に結構べったりですし…今度また行ってみようと思います」


「うん、きっと喜んでくれると思うよ」


秋野さんの言葉で、後日今回とは別にお姉ちゃんのマンションに行くことを決めた。そのときは、連絡せずに行ってみようかな。…お姉ちゃんはその瞬間、驚くのだろうか、それとも喜びが先にでるのだろうか。







「2人ともいらっしゃい」


「「おじゃまします」」


「はい、お姉ちゃん」


実は先月、誕生日プレゼントとして買っていたものの、お姉ちゃんのマンションに行けずじまい、さらにはお姉ちゃんが私のマンションを訪れることもなかったので、会う機会もなかった。そういうわけで、結局私が所持したままだったプレゼントを渡す。今日、秋野さんについてこなければ、さらに遅れて渡すことになっていただろう。


「…あ、プレゼント?ありがとう可憐」


軽くハグされて、頭を撫でられた。

昔とは違うお姉ちゃんの匂いだった。しかし、撫で方、柔らかい体は、昔と変わらず懐かしさを感じた。


「うん、お姉ちゃんに似合うかなって」


「イヤリングかぁ。どう、似合う?」


「うん、すごく似合ってる」


アクセサリー類に関して、知識が豊富とは言えないが自分なりに、お姉ちゃんに似合いそうなものを見つけて、その中からさらに考え込んで決めたイヤリングだ。お姉ちゃんに似合ってよかったとほっと胸を撫で下ろす。


「亮くんはどう思う?」


「えっと似合ってますよ」


見慣れた優しい笑みでそう返す秋野さん。


「ほんと?ありがとう」


それに対して、嬉しそうに笑うお姉ちゃんをのやり取りを目にして、私も嬉しく思えた。お姉ちゃんと秋野さんの仲がいいのは喜ばしいことだ。それなのに、私を置いてきぼりにして、アクセサリーについて語り続ける2人から、疎外感を感じて少しだけむっとしてしまった。

…そもそも、イヤリングを渡したのは私なんだけどなぁ…。






「そういえば2人はご飯食べた?お昼時だからどこかに食べに行くにしても混んでるだろうね…」


ぽふっとクッションに腰を下ろして、食事の話になった。

ただ、お昼には少しばかり早い時間だ。


「お姉ちゃん、私がお昼作ってもいい?私の手作り料理食べて欲しい…」


最近、上達したと自負する私の料理の腕を見せる時だ。そして、お姉ちゃんに喜んでほしい。


「可憐が作ってくれるの?嬉しいんだけど…材料が何も無いの」


そう言って冷蔵庫を開き中を見せるお姉ちゃん。


「お姉さん…自炊するんじゃなかったですっけ」


そんな状態の冷蔵庫を一緒に見た秋野さんがひとこと。


「明日からやろうと思ってたんだよ?」


「じゃあ明日からはしてくださいね」


「…はーい」


なんだろう。私の方が秋野さんと長い時間を過ごしているはずなのに、お姉ちゃんと秋野さんの会話の波長が合っているように感じて羨ましく思った。

あ…もちろん、秋野さんにも私の料理を味わって欲しい。それで喜んでもらいたい、料理上手になったね、と褒めてもらいたい。




「可憐さん、買い物行く?料理作るんなら、材料買ってこないと」


「はい。えっと…お姉ちゃんも買い物一緒に行く?」


秋野さんから提案を受け、それに乗る。主役であるお姉ちゃんは家でゆっくりしていていいのだが、1人で待つのも退屈、寂しくないかと思って問いかける。


「そうだね。3人で仲良く買い物行こっか」



私とお姉ちゃんが横に、その後ろに秋野さんがついて、スーパーに向かって歩く。途中でお姉ちゃんと手を繋ぐ。そういえば昔はよく手を繋いでいたな、と小学生のころを思い出して懐かしく思った。私の手はその時と比べて大きくなったけど、当時のお姉ちゃんはとっくに成長期を終えていたわけで…初めてつないだ手のような気がした。





そういえば、基本的にコンビニで買い物を済ませる私にとってスーパーは未知の世界だ。

秋野さんから以前、肉、魚、野菜があって他にも惣菜、飲み物などコンビニに置いてある量を圧倒的に上回ると聞いたことがある。しかも、安いらしい。歩くこと数十分もしないうちに、到着するであろうスーパーマーケットに俄然興味津々となった。




スーパーに到着。

中を見て、すぐに目についたのが野菜だ。そしての種類の多さに驚いた。


「可憐、スーパー来たことなかったの?」


「うん。いつもコンビニで買い物してるから。あとは、たまに外食に行ったりかな」


最近はクラスメイトの子から誘われて食事に行く機会も増えた。秋野さん達のおかげで、人見知りも少しは克服できたのだろう。


「スーパーはいいよ。惣菜やお弁当が値引きになるからね」


「…値引き?コンビニだと聞かない言葉です」


「そうだね…最近は値引きしてないね。前はおにぎりやパンの値引きとかしてたんだけど」


「お姉ちゃんと秋野さんはやっぱりすごい知識量です…」


お姉ちゃんと秋野さんしか知らない世界があって、それを私は知らないから2人に対して疎外感を持ってしまったのだろうか。少しお姉ちゃんが羨ましい…。あれ?お姉ちゃんが羨ましい…?


「可憐も色んなところに行ってみるといいよ。色んなことを知れるし、人生経験って大事だよ」


「うん…」


一瞬疑問に思ったことはすぐに流れ去った。


私より苦労しているお姉ちゃんの言葉が重く心にのしかかったためだ。

人生経験か…。私の人生経験なんて語れる部分が少なすぎる。自分で言うのもなんだが、中学までは温水プールのような実家で何不自由のない生暖かい環境で育ったのだ。ひとり暮らしを始めてからやっと、はじめてのコンビニ、はじめての友だち、はじめての外食…世間一般ではとうの昔に経験したことを、ようやく経験したのだ。一方でお姉ちゃんは、大学卒業と同時に、突然の荒波に揉まれ無人島生活を余儀なくされたようなものだ。


お姉ちゃんに比べて、まだまだ少ない人生経験をこれから増やしていきたいと思った。そうすればきっと、感じる疎外感なんて減るだろうから。




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