第42話 コーヒーが飲めるようになった日


コーヒー、すぐに飲みたければそれはペットボトルや缶で購入され、自宅で飲みたければコーヒー豆、ドリップなどが購入され、多少の手間をかけて飲まれる。モーニングコーヒーなどという言葉があるように、朝をはじめ、昼や夜には眠気覚ましに…と生活に欠かせない飲料となっている。


コーヒーの歴史は長いが、コンビニにコーヒーマシンが設置されたのは今から約30年ほど前であり、そしてコンビニコーヒーが定着したのは約10年前と比較的最近のことである。

コンビニコーヒーは売上の中でも1日100杯、多いは1000杯に迫る勢いで売れる日がある。

そんな日が、いわゆる真夏日や真冬日にあたる。真夏にアイス、真冬にホットが売れるのは他ジャンルの商品でもそうだろう。もちろん、真夏にホット、真冬にアイスを選択するお客さんも一定数はいる。


俺はコーヒーが飲めるようになったのは小学校高学年、だがミルクと砂糖を加えてだ。ブラックコーヒーが飲めるようになったのが高校生から。中には、大人になってもブラックは飲めないという人もいるだろう。



さて、真夏日の今日この頃、店員がアイスコーヒーを購入するお客さんを目にしない日はない。それはもちろん、お客さん側もである。

長々とコーヒーについて語ってしまった理由は、最近コーヒーについて気になっている常連客がいるからである。




「秋野さん…コーヒーって機械で抽出されるんですね…。私、お店の人の手で抽出されるものだとばかり」


最近、コーヒーのカップを購入したお客さんの様子を追っかけて見ていた可憐さん。来店するようになってからコーヒーマシンはずっと同じ位置で、可憐さんの視界に入っていたはずだが、今日まで一切触れられていなかった。しかし、そんな可憐さんが最近は毎日のように見つめていたのは気づいていた。


「コーヒーショップに行けば、人の手でやってるところもあるだろうけど。最近は機械で抽出してるところも多いんじゃないかな」


「たしかに、お店だと数十分かかることもありますが、こちらの機械だと数十秒で完成ですからね。お客様を待たせないという考え方が定着しているんでしょうか」


午前8時、店員とお客さんでコーヒーマシンについて会話をしていた。


「それで、どうしたの?可憐さん。今日は土曜日の朝だから来ないものだと思ってたんだけど…」


「秋野さんが今日もいらっしゃると分かっていたので、来ちゃいました」


しおらしく笑みを浮かべながら、そんなふうに言われると照れてしまう。

試験中に休んで以降、時折「明日はコンビニにいますか?」とメッセージが来るようになった。そんなわけで、今日俺が早朝からいることを分かっていた可憐さんはわざわざ来店してくれたのだろうか。そうだとすればなかなか嬉しい出来事だ。


土曜日の早朝ということもって、お客さんは非常に少ない。おかげで会話がなかなか中断されない。心地よいリズムで話が弾む。


「実は、最近コンビニのコーヒーについて興味をもちまして、色々と調べたのです」


「調べるようなものじゃないと思うけど…」


「いえ、調べて分かったことがあります。こちらのコンビニは、他のコンビニと比べるとコーヒーの苦味が弱いということです。私はコーヒーの苦味が得意ではないのです。つまり、飲むとすればこちらのコーヒー一択だということです」


「可憐さんコーヒー苦手なの?」


「苦手です。ミルクを沢山入れれば大丈夫ですけど…。その…中学生の頃実家で淹れていだいて口にしたのですが、苦くて飲めなくて、申し訳なく思いながらもミルクを沢山使ってしまったんです」


あれか、「是非ブラックのままお飲みになってください」とか言われたのだろうか。たしかに、ミルクや砂糖を入れるのを嫌う人もいるだろうし、コーヒー本来の味を楽しんでほしいと思う人もいるだろう。

当時のことを思い出して、落ち込んだように話す可憐さんの気を引くようにコメントを返す。


「俺もブラックコーヒーは高校に入ってから飲めるようになったから気持ちは分かるな」


当時はカフェオレしか飲めなかったしな。


「そうなんですか。それなら、私も高校生になった今、ブラックコーヒーに挑戦してみます」


落ち込んでいたのも束の間。顔を上げ、ぐっと拳を胸元に、力強く宣言された。


「マシンで淹れるコーヒーにする?ペットボトルとか缶コーヒーでもいいと思うけど」


「せっかくですので機械で抽出されたてのコーヒーを飲んでみたいです」


最近はマシンを気にしていたみたいだから、そうだろうなと思う。


「わかった。はい、どうぞ」


カップを冷凍の什器から取り出し渡す。





「…秋野さん、コーヒーが抽出されません」


数十秒後、カップをセットして、ただ待っていただけの状態の可憐さんから声がかかった。

機械の故障を心配したような表情だったので、申し訳なく思ってすぐに伝える。


「ごめん、このボタンを押したらでてくるから」


そういえば、コーヒーマシンを使ったことないお客さんから、よく使い方を聞かれたな。最近はそんなお客さんも減っているから、使い方を説明することもなくなっていた。


「わっ、すぐに出てきました…すごいですね」


「たまにメンテナンス中で、全然出てこないときもあるから、すぐに出てきてよかったよ」


「なるほど、機械だからメンテナンスしないといけませんよね。そう思うと人間が淹れるコーヒーはメンテナンス不要ですから、人も機械も一長一短という感じですね」


風情を感じるというか、コーヒーを飲んでるなと実感できるのは、人が淹れたコーヒーだとは思う。でも、安くて早く飲めるコーヒーはマシンが淹れるコーヒー。量の多さ、保存性の高さだと缶やペットボトル…。

今まであまり気にしてなかったコーヒーについて、可憐さんとの会話で考え込んでしまった。



「…やっぱり苦いです。でも、飲めます…私もついにブラックコーヒーが飲めます」


「そこにミルクと砂糖があるから、使ってもいいよ」


「いえ、ブラックコーヒーを飲みほして、私も大人になります」


「そっか」



興奮したまま言葉を伝えられた後、ブラックコーヒーにゆっくり口をつけて飲み進めていく可憐さん。

口はカップからは離さないものの、途中中断を挟みながら数分かけて飲み進める。


そして、ついにブラックコーヒーを初めて飲み干した可憐さんが喜んでこちらに接近してきた。

感動しているのか、興奮しているのか、距離が近くなったので、ふと手を出して軽くハイタッチをしてみた。

ブラックコーヒー完飲に対する達成感を得て、喜ぶ可憐さん。そんな可憐さんにつられて、俺も喜ばしく思った。今度、一緒にカフェに行ったらコーヒーが飲めるかもしれないな。行く機会があるかはわからないが。





その後、俺がこの後お姉さんのマンションに寄るということを知った可憐さんが、着いていきたいと言うので、アルバイトを終えてから2人で、お姉さんのマンションへ向かうことにした。


そういえば、可憐さんはお姉さんの誕生日を祝っていたのだろうか。もし、祝えていないのだとしたら…俺がお姉さんと可憐さんの時間を奪ってしまったのでは…そんな仲のいい姉妹への罪悪感をもってしまった。


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