第40話 一緒の布団で寝るのであれば初夜と言っても過言ではない
「肉汁が口の中で溢れる…フォークを刺しても形がしっかりしてて崩れないから食べやすいし、かといって固いわけでもない。凄いねこれ。やっぱりハンバーグ弁当より美味しいよ」
「比較対象がコンビニ弁当の味で嬉しいですけど、お姉さんの食生活が相変わらず心配です」
「…ハンバーグ定食より美味しいよ」
「そうですか、定食を食べているなら安心です。でも、たまには自炊したらどうですか」
「誕生日なのに秋野くんが責めてくるよ…」
一緒に食事をしながら、世間話をする。
社会人になれば、自炊するのは面倒なものなのだろうか。そういえば、コンビニでバイトをしていると毎日のように弁当を買っていくお客さんもいるな。…このことが自炊するのが面倒だと物語っているな。
「カレーとかいいんじゃないですか。最近はカット野菜があるから、時間短縮できますよ」
「カレーかぁ…。そうだね、たまには作ってみようかな。でも、その前に秋野くんが作ってよ」
「いいですよ。多めに作っておくので1週間朝晩カレーです」
「…秋野くんの料理は美味しくて好きだけど、1週間カレーは無理だよ」
「冗談です。冷蔵庫にいれてようと痛みますしね」
ハンバーグを食べながらカレーの話をしていると、今度ハンバーグカレーを作ってみようかと思ってみる。ハンバーグとカレーという子どもが好きなメニューを組み合わせるという犯罪的な発想だなと、かつて好きだったことを思い出しながら考えていた。
「ごちそうさまでした。すごく美味しかった。作ってくれてありがとう」
「どういたしまして。お酒飲みます?冷蔵庫で十分に冷えてるでしょうし」
お姉さんを制して、お皿を台所へ運び、水につけておく。
「そうだね、飲もう。タンブラーも使ってみたいし。秋野くんももちろん飲むよね」
「…あまり得意じゃないのでほどほどでお願いします」
俺が数歩で冷蔵庫に届く場所にいるのだが、お姉さんは、サッと動いて冷蔵庫からお酒を取り出した。
酔って、何か問題でも犯したら大変だ。自宅で、自分1人で飲む分にはいいのだが、人と一緒にいる時に飲み過ぎることは避けてきたのだ。川上から誘われて居酒屋に言っても、レモンサワーを一杯飲めば、水や烏龍茶を二杯飲む、こんなことを繰り返して酔いを冷ましていたのだ。
こんなことをする理由として、自分でも分かっているが、俺はお酒に対してあまり強くないのだ。350ml缶で少しふらつくし、度数9%で500mlも飲めば、妹にウザ絡みをして部屋から押し出され、そのまま横になって眠ってしまうレベルだ。
つまり、酔った拍子で、冷静な判断ができなくなって、お姉さんに手を出すようなことをしたら大問題だ。そして、明日も試験があるので体調不良にならないようにしたいというのもある。
「誕生日のお願い、いっぱい飲も?それで酔って襲ってくれてもいいんだよ?」
「ゴホッ…そういうことは気軽に言ったら駄目ですよ。それに、まだそういったことに責任が取れる人間じゃないですから」
あざとく誘う表情で伝えられた、お姉さんからの言葉を少し強めにダメ出しする。
まだ大学生なのだから、万が一のときに責任がとれない。お金だって数年間自分1人で生活する分にはあるが、そういった費用は工面できない。
「やっぱり秋野くんのそういう誠実なところ、好きだなぁ…。あ、本気で言ったわけじゃないんだ、変なこと言ってごめんね…?」
申し訳なさそうに謝罪されたが、本気で言っていたわけではないとわかっていたので、すぐに手を振って気にしていないことをアピールする。
「いえ、気にしてないですよ。それに、お姉さんは、そういうのに免疫ないのわかってますから。顔、まだお酒飲んでないのに赤くなってますよ」
誘うような表情まではよかったのだが、言い終えてから限界だったようで、一瞬で赤く染っていた。見慣れた光景に、相変わらず可愛いらしい印象を受けた。
「…うぅ…秋野くんは意地悪だなぁ。てことで、飲もう」
「切り替え早いですね」
そう言ってタンブラーにお酒を注いで飲み出した。
俺は缶のままでもよかったのだが、グラスを渡されたので、それに注いで軽く乾杯してから口をつける。
「それで、最近の可憐はどんな感じ?」
「そうですね…これまでとそんなに変わらないですかね。勉強は頑張ってるみたいですよ」
共通のテーマである可憐さんの話になった。
なんというか、お姉さん自身の話よりも、妹の話をしたがる節がある。
「なんか最近いいことがあったみたいなんだけど、秋野くんは知らない?」
「え?…あぁ…揚げたてのカニクリームコロッケを食べたこととかですかね」
「何それ、可憐って何でも美味しく食べる子だもんなぁ…」
確かに可憐さんは何でも美味しく食べるよなぁ。料理を食べてもらえるならば作りがいがあるタイプだ。もちろん、お姉さんも美味しそうに食べてくれるので、似た者姉妹だと思ったがそれは口にしないでおく。
「そうだ、10回クイズしよう。キスって10回言ってみて」
お姉さんは既に4缶目に突入していた。そして、ワインも蓋を開けグラスに注いで飲んでいる現状だ。そんなお姉さんから10回クイズという懐かしい単語が飛び出した。
「…キス…………スキス。言いましたよ」
「私のことは?」
「結構酔ってる状態だと思います」
「違う〜好きーって言って」
「はぁ…好きですよ」
「そうそう、それでいいんだよ〜」
アルコールも相まってか、なかなかご満悦といった表情のお姉さんが、さらにお酒に口をつけ飲み干し、ふにゃっと崩れた可愛らしい表情が出来上がっていた。そんな表情が見られる男性が、俺であることに少しの特別感をもった。
「秋野くんって双子だったりする?なんか2人いるんだけど〜」
「酔い過ぎですよ。ほら、水も飲んでください」
「い〇はすより、ク〇スタルガイザーがいい〜」
「お姉さんが自分でい〇はす買ってたのに、なかなかわがままですね?」
「そりゃあ酔ってるからね〜」
「自覚あるのなら、この辺で一旦飲むのをストップしてください」
そういう俺も、お姉さんにつられるようにして、3缶分も飲んでしまったので、少し酔ってしまって饒舌になっているかもしれない。そんなわけで俺も水を軽く飲み干し、少し落ち着きを取り戻す。
「明日の朝は、今日のことを思い出して恥ずかしさのあまり、布団の中でくるまってるだろうな〜」
「今飲むのをやめておけば、まだ全治数時間で済みますから、明日まで引きずらないですよ」
「わかった。じゃあ寝よっか」
なかなかマイペースだな。酔ってるから仕方ないが、意思疎通ができるだけマシなのだろう。
「それなら、俺は帰りますね」
「え〜泊まっていってよ。それに、秋野くんも酔ってるんだし、帰り道で何かあったら心配だから。ほら、どうぞ」
そう言って、布団をぽふぽふと叩くお姉さん。
たしかに、俺自身酔いが完全に覚めた状態ではないので、もしかしたら事故に遭う、起こす可能性もある。そんなことがあったら、お姉さんも責任を感じて病んでしまうだろう。
「…ではお言葉に甘えて泊まることにします」
そう言ってから、スマホをポケットから取り出し、妹に友人の家に泊まると連絡しておく。
「ちょっと、何で床で寝るの。ほら、こっちだよ」
「いやいや、それは恥ずかしくて寝れないです」
そのまま床で横になるとお姉さんから待ったがかかる。
酔いが残っていても、お姉さんに手を出すことはない。ないのだが、一緒の布団で寝るなんて、単純に緊張してしまうし、眠れないと思い、この選択を取ったのだが、お姉さん的には駄目みたいだ。
「朝起きたら体痛くなってるよ?それに、夏だからって掛け布団使わないと風邪ひいちゃうよ。そして、その掛け布団は1枚しかないんだから、こっちで寝るしかないよ」
「お姉さん…実はアルコール抜けてきてませんか?」
先程までの呂律が少し回っていない感じから、はっきりとした発声に変化していた。そんなお姉さんに対して疑念を抱いた。
「全然酔ってるから。ほら、明日試験なんでしょ?早く寝よう」
半ば強引な形で、布団の中に引っ張られるようにして引きずり込まれた。全然酔ってないですよねとは言えなかった。
横からお姉さんの香りが、そして布団からもお姉さんの香りに包まれた。
そんな状況で緊張を抑えるためにも、吸い込む空気を減らそうとした。だが、その結果酸素が足りず、鼓動が激しくなりそれを抑えようと、より深く息を吸い込む…。その結果、またお姉さんを感じてしまい、緊張してしまうという、いたちごっこをする羽目になっていた。
「秋野くん…いつもありがとうね」
そんなときにお姉さんからひと言伝えられた。優しい口調で、俺の緊張も少し収まった気がした。
「こちらこそです。…あ、誕生日おめでとうございます」
「そういえば、まだ言ってもらってなかったね。ありがとう」
背中越しから聞こえる優しい声を背に、脈も落ち着き出し、リラックスできてきたので瞼を閉じる力も緩まった。そして、そのまま眠りついた。
「…朝食と弁当作っておこうかな」
朝5時。アルバイトの習慣のおかげで遅くても比較的早い時間に目が覚める。横で、すぅと寝息を立てるお姉さんを起こさないように立ち上がり、料理を始めた。
「…結婚を前提に結婚したい」
「それ、現代の若者に多い日本語の乱れが生じてますね」
7時前に目が覚めたお姉さんは、テーブルに並んだ料理とお弁当を見て、開口1番にそんな言葉を発した。
あの時買ったお弁当箱が、まさかこんな形で役に立つとは。台所からお弁当箱が一切見当たらなかったときは焦った。
「それでは、俺は帰りますね。昨日は楽しかったです。週末のことはまたメッセージで連絡ください」
「うん、ありがとう。…昨日は激しかったね…」
手を頬に当てて恥ずかしがるような仕草のお姉さんに対して、ドキッとしてしまうが、すぐに口を開く。
「朝からテンション高いですね。お互いの衣服が全く乱れてないんですから、何もなかったはずです」
「えっ?覚えてないの?」
嘘でしょ?と言わんばかりに、あんぐりと口を開けたお姉さんの表情に新鮮さを感じたが、それに以上に不安を感じさせる表情だ。
「え?マジのトーンで言うの辞めてもらっていいですか。本当に不安になってきました」
「…冗談だよ。ご飯とお弁当ありがとう。これで今日も頑張れそう。…また来週ね亮くん」
俺の不安を感じ取ったのか、一呼吸置いて冗談だと伝えられた。ホッと安心してから別れの言葉を告げてお姉さんの家を出る。
誕生日…20歳までは歳を重ねることに対して喜びの方が大きいかもしれない。でも、29歳から30歳へ…59歳から60歳へ…と歳を重ねることは本人にとってはあまり嬉しくないかもしれない。老いというものと向き合うことになるのだ。もちろん、お姉さんはまだ若いから、それがお姉さんにも当てはまるか分からない。
ただ、歳を1つ増やした昨日、お姉さんが嬉しさで満たされていてくれたらいいなと思った。誕生日おめでとうございます。
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