第39話 2人で作ったハンバーグ>ハンバーグ弁当
「あれだね、お酒の前に食材買ってくればよかったかもね」
「確かにそうですけど、何も入ってない冷蔵庫にも問題あると思うんですよ」
照りつける太陽と、そして、コンクリートからの反射によって上下から暑い熱気に挟まれながらスーパーへ向かって歩く。先程テーブルの上に出されたお酒たちはほぼ空っぽの冷蔵庫の中に突っ込まれた。
「秋野くんが来てから、外食にするか家で食べるか決めようと思ってたから仕方ないじゃん」
「そうですね…」
「ウチでご飯食べよう」というメッセージからお姉さん宅で食べるのかなと思ってはいたが、外食という意味もあったみたいだ。もしくは出前とか?それならば、俺が到着する前に勝手に注文するのもよくないのだろうか。そう思ったが、今日はお姉さんの誕生日なのだから、好きにしてくれていいのに。
「その、俺が作った料理でいいんですか?出前とか外食でも俺はいいんですけど」
歩くこと数分経ったが、今ならまだ、引き返せるし、方向変換して飲食店に入ることができるタイミングで尋ねてみる。
「実は秋野くんと一緒に買い物して、その後手料理が食べたいから冷蔵庫空にしてたって言ったら怒る?」
質問と答えが微妙に噛み合っていない気がする。そして、何故か質問に対して質問が返ってきた。
今言われた内容を聞き逃したわけではないので、理解はしている。理解しているので、少し恥ずかしい思いがあるが、
「別に怒りませんよ。…というかそんなストレートに言われると恥ずかしいです」
「私も恥ずかしい…」
「じゃあ聞かないでよかったのでは」
「秋野くんがどう思うか知りたかったんだよ」
仕方ないじゃんと言って、恥ずかしそうに笑うお姉さんに見とれ、夏の熱気も相まって体が熱くなったのを実感した。だから、多分、お姉さんに一緒に買い物したい、手料理が食べたい、そんなふうに言ってもらえて嬉しいのだろう。
「…嬉しく思ってますよ」
耳に届くか分からないくらいの声で、ぼそっと呟いてみた。直接言うのは恥ずかしさの限界を迎えていたので勘弁してもらいたい。
「そうだ、ハンバーグが食べたい」
スーパーに到着し、食品コーナーを見ながら歩いている最中、何か食べたいものがあるかと聞けば、そのように返ってきた。
「そういえば可憐さんのマンションでも作りましたね…ハンバーグ好きなんですか?」
「結構好きかな。最近はハンバーグ弁当ばかり買っていたせいで飽きてたけど、秋野くんのハンバーグが美味しくて再熱しちゃったよ。おかげで最近は和食より洋食の定食屋に入るように…」
「そうですか。それは作りがいありそうです」
自分のために作る料理に、楽しさを感じることは滅多にないが、誰かに料理を作ることは楽しみに思えて、それがお姉さんなのかもしれない。
「あ、アイスも買おう」
「…そうですね」
そんなことを考えていると、お姉さんはアイスでカゴいっぱいにしていた。以前買い物したときと比べたら、より暑くなっているしアイス食べたくなるからな。
カゴいっぱいになった食品たちを見て、これならお酒は先に買っておいて正解だったと思った。
「何も手伝わなくて大丈夫?」
「今日の主役なんですから、座ってていいんですよ」
マンションに到着し、早速料理の準備をする。そんな俺の隣に立って声をかけてくるお姉さんと話しながら、料理を進める。
「あ、今日の主役、みたいなことが書かれた襷買ってくればよかったね。パーティーグッズの所にあるのかな…」
主役という言葉に反応したのか、そんな話を振られる。
「別に無くてもいいと思いますけど。お姉さんは、それに頼らなくても主役感強いですから」
お姉さんがその襷をかけている姿を想像してみる。…意外と似合いそうだな。
「そっか。じゃあ座って見ておくことにするよ。近くだと気が散って迷惑だろうし」
「迷惑じゃないですよ。あ、ここに椅子置いて座ってみてますか?」
「うん、そうする」
そういうと、手に食材を持っていた俺を制して、椅子を持ってきて、腰を下ろして見つめていた。
「そういえば秋野くんって料理はどうやって学んだの?」
「子どもの頃、母が専業主婦だったのでよく料理を手伝って、自然と学んだというか、身につきましたね。だから、母と作っていない料理は作れないですよ」
幼少期から小、中学生時代を思い出しながら話す。そういえば、最近は母親がスーパーの惣菜で手を打つようになってきているから、たまには俺が料理してみようか。
「そうなんだ。どうせなら料理本とか出してみる?めちゃくちゃ売れたりして。あ、動画投稿サイトに動画撮影してアップロードしてみない?」
名案だと思ったのか、椅子から立ち上がり、早口で問いかけられる。
「そんな大したものじゃないのですから。それに低評価の嵐にあったら落ち込みそうですし。お姉さんや可憐さんが気に入って、食べてくれるだけで十分ですよ」
料理本や動画投稿サイトに出して、全然知らない人が興味を持ってくれるよりも、顔馴染みの人が気に入ってくれているだけでいいのだ。
「秋野くんって嫁ポイント高いよね。10点あげよう」
「…なんですかそれ」
お姉さんから。ちょっと料理ができるだけで嫁ポイントを頂いた。婿ポイントじゃないんだ。
「もう出来たかな?」
「そうですね。結構時間かかりましたね」
時計を見ると、昼食というよりは夕食と言った方が、差支えがない時間帯だった。そのタイミングでハンバーグはいい感じに焼き上がり、スープやサラダも完成した。
「私がこねるのに時間かけちゃったからかな」
お姉さんが肉をこねたことを、申し訳ないというように言葉にしていた。
「そんなことないですよ。一緒に料理するのも楽しいなと思いましたし」
俺が肉をこねている様子を見ていた際、お姉さんに視線をやると、いかにもやりたさそうな表情をしていたので尋ねてみるとキラキラした目に変わり、椅子から立ち上がったのだった。目を輝かせる様子は姉妹そっくりだなと思えるほどだった。
普段料理をしないお姉さんが、一緒に作ることを楽しんでくれて、非常に嬉しかった。これを機に自炊もたまにはしてほしい。
ハンバーグの作り方は、人によって様々であり、低温キープのために手でこねない方がいいだの、回数は多すぎない方がいいだの、色々な意見がある。
だが、結局は食べたい人が好きに作ること、食べてほしい人が作りたいように作ること、それが一番美味しいハンバーグの作り方なのではないか。
料理は愛情を込めて作ることが大事だと言う人もいる。
誰かと一緒に料理をする、そんなときに相手のことを思って料理するのであれば、結果的に愛情を込めていることになるのだろうか。
フライパンの上から美味しそうな匂いを漂わせているハンバーグを、お皿に盛り付ける。相変わらず楽しそうに笑うお姉さんを横目に、そんなことを考えていた。
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