第38話 誕生日プレゼントの選択に悩むコンビニ店員


夕方、お姉さんからメッセージが届いていた。



『秋野くん、明日なんだけど時間あるかな?』


『午前中は試験があるんですけど、午後からなら大丈夫ですよ』


『秋野くんから丸一日もらうことはできなかったかぁ』


『週末なら丸一日空いてますけど…』


『明日も週末も、どっちも欲しいな?』


『わかりました。それならとりあえず明日はどちらへ行けばいいですか?』


『ウチに来て。一緒にご飯食べよ?』


わかりましたと返事を送ってから、再び机の上に置かれたパソコンで作業を行う。明日の試験は持ち込み可、そして緩いと評判の科目ゆえに勉強はそこそこやれば十分なほどで、後日提出のレポートに手をつけていた。


明日は8月1日、お姉さんの誕生日である。以前聞いてから忘れることはなく、その前日の夕方を迎えていた。



とりあえず誕生日プレゼントを買うにしても、何がいいのだろうか。お姉さんのことだから何をプレゼントしても喜んでくれそうだが、どうせなら、必要なもの、使ってもらえるものを受け取ってほしいと思う。


一年の中で、どの日もたった一日しかない。それはそうなのだが、人によっては結婚記念日だったり、だれかの命日だったりと特別な日が多く存在するだろう。それでも、誕生日というのは特別な日の中でも、生まれた日を祝う、より特別な一日なのだと個人的には思っている。ちなみ、家族からしか誕生日を祝われたことはない。



プレゼントは何がいいのだろうか。以前枕を買ったことを思い出し、寝具関係だろうか。でも、布団なんて買ってもプレゼントのサイズが大きすぎるし、使わなかったら邪魔になるよなとプレゼント案を却下する。


なかなかいいプレゼントは思いつかず、考え込んでいる間にパソコンはスリープ状態になっていた。







試験を終えてもなお、頭の中に問題が浮かび上がる。結局これといったものが思いつかなかったのだ。

まだ時間はあるので、大学を出てひとまずショッピングモールへ向かい、店を見て回る。


お姉さんの好きなものといえば……そういえば不覚にも聞いてなかった。ブランド品を身につけているわけでもないし、サイズもよくわからない。そもそもプレゼントにアクセサリーを贈るのは恋人同士の場合じゃないだろうか。告白を未だ受け入れていない中途半端な状態で渡すのは、あまりよくないだろう。


可憐さんからもらった指輪のことは、あくまでも友人としてペアルックのTシャツ感覚で捉えておくしかない。

嬉しかったが、少し恥ずかしくて中々身につけることができないままなのだが。


そんなことを思いながらアクセサリーショップを前に、少し立ち止まってから通り過ぎる。



ボディケア系の商品…お姉さん肌とか綺麗だから、いいかもしれない。だが、今使っているものをあげるならともかく、今使っているのがどれかわからない。肌質に合わないものをあげるのも無駄になってしまう。

そう思いながら、あれもダメこれもダメと同じフロアをぐるぐる回り回って一周、二周してしまった。


結局このフロアではピンと来るものがなかったということにして、上のフロアへ。



上のフロアでは雑貨が多く取り扱われていた。

そんな中、目に入ってきた弁当箱。かわいいデザインやシンプルなデザインなど…しかし、お姉さん料理しないから弁当作らないだろうしなぁと思い別の棚に目を移す。…ただ、気に入ったので自分用に買っておこう。


デザインの凝ったコップ、グラスが並んでいた。その時、ふと以前覗いた冷蔵庫の中を思い出した。

水とお酒…コップとかグラスなら使い道があるからいいのではないか。それに、場所をとることはないし、変なプレゼントではないだろう。

偏見で申し訳ないが、ワインというよりはビールやチューハイを飲むイメージなので、目に入ったお洒落なグラスは選択肢から外す。


「冷やしたキンキンのお酒をそのまま」という、手作りのポップが存在感を放つタンブラーを見つけた。

…これでいいのでは?そうだ、これにしよう。あとついでにお酒でも買っていけばいいのではないか。それならお姉さんも気にせず受け取ってくれるだろう。


店内に疎らにいる人に接触しないよう、気をつけて小走りでレジへ向かった。







気づけば袋いっぱいの缶チューハイと缶ビール。そして、誕生日ということでワインを1本購入していた。高級ワインというわけではないので、金銭的な負担は一切ない。腕への負担は多少あるが。


多少のドキドキとワクワクを抱えながらお姉さんの自宅の最寄り駅へ到着。今になって最寄り駅の近くでお酒は買えばよかったなと思った。だが、あの時は喜ぶお姉さんの顔を想像してしまい、気づけばお酒を手にとって、万札を会計で出していたのだ。


そんな後悔とまではいかない、微妙な感情を抱えながらお姉さんのマンションに到着した。部屋のインターホンを鳴らすと即座に扉が開いた。

エレベーターですぐにお姉さんの階へ。そして部屋の前まで来た。




「いらっしゃい」


「おじゃまします」


つい最近会ったので、久しぶりという感じはないはずなのだが、少し新鮮な感じを受けた。

リビングに通されクッションの上に座る。


あぁ…メイクしていないからか。すっぴんを見るのは2回目というのもあるが、素顔のままでも美人だから気づくのに時間がかかった。


「扉開けて、すぐに気づくくらいには存在感を放つその袋…何か買ってきたの?」



「その、誕生日プレゼント…とお酒です」


「あ、プレゼントありがとう。それよりも…ビールとチューハイすごいたくさんあるね…」


下を向いたお姉さんを見て、やはりプレゼントにお酒はなかったかと思ったが、その直後に笑い声が聞こえてきた。


「ありがとう。私にとっては使い道のないアクセサリーとかより実用性がある、お酒の方が嬉しいんだよ。毎日飲んでるからさ。そして、そんな私の意思を反映したのも驚きだけど…この量を買ってくるとは思わなかったよ」


そう言って口もとを抑えようとしながらも、我慢できない笑いをこぼしていた。

これは喜んでくれているのだろうか、それとも呆れているのだろうか。そんな疑問は、楽しそうに笑うお姉さんを見ていると気にならなかった。




「箱、開けても大丈夫?」


先に渡した、一応メインのプレゼントに意識が向いたようで、尋ねられた。


「どうぞ。お気に召してもらえるかは分からないですけど」


「…タンブラー?あ、これでお酒飲んでってことかな?」


包装を剥がして、中身に気づいたお姉さんがこちらに確認をとるように聞いてきた。


「そうですね。これならお姉さんも使ってくれるかなと思いまして」


「使う使う。普段は缶のまま飲んじゃうことが多いけど、グラスとかの方が美味しく感じるよね。せっかくだしすぐ使ってみようかな。お酒もたくさんあるみたいだし」


中身を見て、最初は何だろうと疑問に思ったような表情を浮かべたが、タンブラーだと分かってからは意外にテンション高めな様子で、袋からお酒を取り出していた。


そして、テーブルの上に、ひとまず、ということで合わせて10缶のビールとチューハイが並んでいるのだが、食事の準備はまだしていないみたいだった。ということで、準備にとりかかろうとしたのだが、やはり冷蔵庫には水とお酒しか入っていなかった。


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