第37話 バイトは休みでも偶然コンビニで出会う
さて、そろそろやるか…。
軽く首を回して、机の上にテキストとノートを広げ、先程まで座る気配のなかった机の前に座る。
現在、7月最終週の夕方。明日から前期試験を迎えるのだ。
本来なら1週間ほど前から試験休みをもらうところだったのだが、コンビニバイトを休むに休めなかったのだ。もちろん、オーナーに休みますと言えばそれで済んだ話なのだが、何となく、可憐さんと顔を合わせる機会が無くなるのが寂しかったからだ。…少し女々しいなと我ながら思う。
ちなみに、週1、2回という低頻度で行っている家庭教師のアルバイトはあっさり休みをもらったのだ。「先生がいなくても大丈夫だよ」とやんわり、必要ない発言を生徒からもらったので、メンタル的なことを含めて休むことにした。
「とりあえず初日を乗りきることができれば、後はレポートメインだし」
明日は3科目試験がある。以降は1、2、1科目となっているので初日を乗り切れれば何とかなるのだ。レポートは試験が終わってから1週間の猶予があるので問題ない。
その日の夜、俺は普段の早朝バイトに焦点を合わせた生活リズムによって、勉強を始めたもののすぐ眠くなり、数時間で眠りについた。
結果として早朝から死ぬ気で勉強することになった。その途中、少し集中力が切れたという言い訳を持って、コンビニに出かけることにした。
「…秋野さんがいない…」
どうしよう。こんな非常事態、ここに来るようになって、数日が経ったあの日以来だ。3ヶ月以上前の出来事を思い返す。
あの時は、秋野さんが、休みなのになぜか来てくれたので大丈夫だったのだが。
恐らく今日は来ないだろう。このまま店の外で立ったまま時間を無駄にするのももったいない。それに、私だって成長したのだ、そう思って、心なしかなかなか踵が上がらない重い足を動かしつつ入店する。
「いらっしゃいませー」
普段聞いている声とは似ても似つかない声に、少しの落胆を覚える。
そういうと今の店員さんに失礼だなと思い、心の中で謝罪する。それに、もしかしたら普段から聞いているのに、秋野さんにばかり意識がいってしまうために記憶に残っていないのかもしれない。
普段なら今頃秋野さんと話をして、それで気づけば登校時間になっているのだが、その時間まで余裕がある。久しぶりに退屈だという気持ちを憶えた。秋野さんがいないのなら、こんなに早く家を出る必要もなかったのに、と再び落胆する。
とりあえずおにぎりを手に持ってレジへ向かう。
「あ、あの、コロッケ1つください」
そういえば、以前は1人だと店員さんとひと言話すだけでも、難しかったのに、こうやって口を開くのが苦じゃなくなったのは、私が成長できた証だな、なんて思いながら会計を済ませる。もちろん、私1人じゃなく秋野さんたちのおかげでもある。
気は晴れないままだが、店を出ようと扉へ向かって歩き出す。スポーツ選手などがルーティンを大事にするように、私にとってもコンビニに寄って、ご飯を買って、秋野さんと話すといった一連のルーティンが大事なのだと実感した。
「おはよう、可憐さん」
「え?おはようございます…」
下を向いて歩いていると、聞き覚えのある声がした。その声に反応して振り向くと、顔馴染みの男性が立っていた。
「…体調悪い?何か元気なさそうだけど」
「いえ、そんなことないですよ。その秋野さんがいらっしゃらなかったので…どうしたのかなと」
本当は少し寂しかった、という言葉を発しそうになったが、口から飛び出ることはなかった。
「実は今日から試験でさ…、休みもらってるんだよ」
「そういえば、以前7月末から8月にかけて試験があるとおっしゃってましたね」
確かメッセージでそんなことをやり取りしたはずだ。
「というか可憐さんは今日も学校あるんだ。てっきり夏休みかなと思ってたんだけど」
「その、特別授業に参加するんです。家にいても特にやることないですし。せっかくなら勉学に励もうかと思いまして」
それに学校に行くという大義名分があればコンビニに堂々と寄ることができるのだ。
「そっか。なんだろう…その姿勢は俺も見習わないとなぁ…」
どこか遠くを眺めながら、そのように話す秋野さんを不思議に思った。
「息抜きでコンビニまで来たけど、たまたま可憐さんがいる時間でよかったよ」
「私も、たまたま秋野さんがコンビニまで来てくれてよかったです」
本来ならもう少し会話をしていてもいい時間帯なのだが、長話になって試験勉強の時間を奪う訳にはいかない。
そう思い口を閉じて数秒後。
「それじゃあ勉強頑張ってね。行ってらっしゃい」
恐らく締めの言葉だろう。少し寂しいが、それでも話す時間を頂けたので、落ち込んだ心も回復したようだ。
「はい、秋野さんも試験頑張ってください。では、行ってきます」
普段通り、笑って挨拶を返すことができた。そういえば普段よりも少し早い登校になってしまったな、と思いながらも店を出る時の足取りはとても軽かった。
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