第36話 期間限定商品にハマるお嬢様

7月も半分を過ぎ、20日を迎えていた。気温は毎日のように30度を超え、早朝といえども外に出れば汗だくになるような暑さである。

そんな中でも、もちろん毎日来てくれるお客さんがいる。


「いらっしゃいませ」


「おはようございます」


常連のお客さんと挨拶を交わす。


「秋野さん、おにぎりが普段と違います」


そんな常連客の可憐さんがおにぎりに対して言及していた。

その声を受けて、レジから出て実際におにぎりを見てみる。


「え?あぁそうだね。期間限定で具が増量みたい」


「期間限定…ネットで聞いたことがあります。消費者の購入意欲を高めさせる、販売者側の魔法の言葉だと」


「そうだね…」


期間限定についても、ネットで調べたみたいで、偏見が混ざってなければいいのだけどと思う。


「具が増量ということは、具が増量しているということですね」


どこかで聞いたような構文を無意識に使った可憐さんは、真剣におにぎりを見つめていた。まぁ同じ言葉を繰り返し口にすることで、理解しやすくなるから俺はいいと思うけど。



「秋野さん、具が増量しているにも関わらず、お値段そのままです」


通販のCMとかで使われそうなセリフそのまま、可憐さんが口にした。そんな可憐さんの格好は、おにぎりを左手に持ち、右手で指し示し強調していた。可憐さんが通販番組出てたら深夜帯にも関わらず、視聴率爆上がりだろうな。


「最近はそういうことで値段上げたりすると、悪い意味で話題になるからね」


「それはなぜでしょうか?量が増えたのならば、値段が増えても問題ないのでは?」


「元々の値段、量で満足していた人にとってはありがた迷惑だからかな。店が勝手に量がを増やしたくせに値段上げるのか、みたいなクレームとかがあるんじゃないかな」


「なるほど…色んな方がいらっしゃいますからね。販売形態も考えることがあって、難しいのですね」


コンビニバイトとお客さんによって期間限定に関する憶測が立てられていた。実際はどうなのかわからないので、あくまでも俺の推測だから、と口添えしておく。



「私にとっては得しかないので嬉しいですね」


そう言いながら、今日もおにぎりを手に取る。


「何となく重みが増している気がします」


手に取ったおにぎりを、左手に乗せ、右手は何も乗っていないが、恐らく普段買っていたおにぎりの重さを思い出しているのだろうか。自身の両手を天秤に見立てて計るかのようにして、比較しているみたいだ。


「流石に数グラムの増量は、人間の感覚じゃ分からないと思うよ」


自分自身で数グラム単位の重さを比較できる人は、いったいどんな精密機械だと思う。中にはそんな人もいるのだろうけど、可憐さんにはその能力は無かったみたいだ。


まぁ、もしかしたら具は増やしたけどお米は減らした…みたいな可能性もあるが、言葉にはしないでおく。





「これと、コロッケを……秋野さん、コロッケが2種類あります。まさか、これも期間限定というものなのですか」



「あぁ…今日からカニクリームコロッケ販売しているみたいだね。昨日の深夜に納品されたんじゃないかな」


「…どうしましょう。普段通りコロッケを買うか、それとも期間限定のカニクリームコロッケを買うか…悩みどころです」


可憐さんが初めてここにやってきた日のことを思い出すくらい、今日は会計までの道のりが長いみたいだ。

これまでも、期間限定商品は何かしらあったのだろうが、おにぎりとコロッケのみを買っていた可憐さんは、その対象を見逃していた…というよりは気にもとめなかったのだろう。



うーん、と考え込む可憐さんを横目に他のお客さんのレジを担当する。


「カニクリームコロッケ1つください」


「はい、ありがとうございます。3点でお会計360円です」


たった今カニクリームコロッケを購入したお客さんに対して、ばっと首を動かした可憐さんと、カニクリームコロッケを取ろうとして什器越しに視線があった。

まだ悩んでいる様子だった。頭こそ抱えていないが、将棋の棋士が良い手をひねりだそうとしているかのように考えているみたいに思えた。


「すみません、カニクリームコロッケを1つ」


「ありがとうございます」



「カニクリームコロッケいいですか」


「ありがとうございます」



気づけばカニクリームコロッケは残り2つになっていた。その間、可憐さんは什器の前で悩み続けていた。何だろう、以前遊んだ際にメニュー表をじっと見つめていたことを思い出した。


「これと…あと、カニクリームコロッケ2個ください」


「…はい、ありがとうございます」


一瞬断りを入れそうになったが、流石に可憐さんが購入を決めていない状態だったので、注文を聞き入れる。






「あ、秋野さん、無くなっちゃいましたぁ…」


今しがた無くなったカニクリームコロッケ。その無くなる瞬間を至近距離で目撃した可憐さんは見るからに落ち込んでいた。



「秋野くん、カニクリームコロッケ売れてたから作ったけど…あ、なくなってるじゃん。ちょうどよかったみたいだね」


「ありがとうございます。ちょうど今売れ切れちゃったんで助かりました」


パートの中川さんに声をかけられ、振り返ると揚げたてのカニクリームコロッケを皿越しに抱え、トレイに入れようとしていた。


「あ、秋野さんカニクリームコロッケが復活しましたよ!」


先程の絶望的な表情から一転して、ぱあっと周囲に花が咲くように、見るだけで全身から喜びのオーラが伝わってきそうな、元気な可憐さんがカニクリームコロッケ同様に復活していた。


「もう同じ轍を踏むようなことはしません。カニクリームコロッケ2つとコロッケ1つください」


結局どっちも買うような気はしていた。ただ、悩んで時間が経ったことで、揚げたてのカニクリームコロッケを購入することに成功したようだ。


「2つってことは1つは今食べるの?」


「はい。せっかくですので揚げたてをいただこうかと」


食事、といってもカニクリームコロッケ1個を食べるだけなのに、こんなに幸せそうにしている可憐さんを微笑ましく思った。


「秋野さん、とっても美味しいです」


食べ終えてから、レジに戻ってきて興奮した様子でひと言。


「そっか、それはよかったね」


その様子が少し可笑しく、返答に多少の空気が漏れてしまう。


「はい、では行ってきます」


「うん、行ってらっしゃい」


期間限定商品、そういったことに新鮮な表情を見せてくれた可憐さんを見送る。

それと同時に先程の可憐さんの興奮が伝わったせいか、共鳴して口から普段よりも多く唾液が分泌されたのがわかった。俺もバイトが終わったらカニクリームコロッケを買おう…。

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