第35話 ラーメンそして記念撮影

お昼時をやや過ぎた時間帯。ちょうどお腹も空いてきたので少し遅いが昼食にしようということになった。

今朝、可憐さんが食べたいと言っていたので、その意見を尊重すべくラーメンを食べることに。というわけで、歩きながら近くのラーメン店を探す。



可憐さんは、そもそもラーメンを以前コンビニで買ったカップ麺でしか味わったことがないみたいなので、どうせなら特殊なラーメンじゃなく、シンプルなラーメンを食べてもらいたい。


「2人は好きなラーメンとかある?」


「特にこだわりはないですよ。でも、私は醤油か味噌ラーメンが美味しいお店がいいですね」


「えぇと…豚骨味のカップ麺が美味しかったので…そういった味のお店がいいです」


2人は好みが違うみたいだった。

醤油が好きな女の子は多いイメージだけど、女の子で豚骨ラーメンが好きって結構珍しい気がする。でも、美味しいよね豚骨。川上と食事に行くときは、よくこってり系ラーメンに連れていかれるのだ。そのせいか、いつの間にか自分もそんな味にハマってしまった。余談であるが、俺の妹は豚骨に限らずラーメンが好きみたいで、一緒に出かけて食事をする際は必ずラーメン店に足を踏み入れているので、比較的近くのラーメン店は制覇している。


「この店、味噌、塩、醤油、豚骨全部扱ってるから、ここで大丈夫?なかなか美味しかったんだけど」


以前、妹と一緒に入ったことのあるラーメン店が視界に入ってきたので、歩きを止め2人に問いかける。


「大丈夫ですよ〜」


「はい、入りましょう」


可憐さんは、俺より先に扉の前に立ち、入店を今か今かと心待ちにしている姿が可愛らしく、また面白く見えた。


「へぇ…魚介のラーメンもあるんですね、私これにしようかな」


遅めの昼食ということもあってか幸い、満席には程遠い状態だったので、待つことなく席に着いてメニュー表を眺め、注文を決める。


「可憐さんは…悩んでるみたいだね」


「ですね〜」


本日2度目のメニュー凝視をする可憐さんを見て、俺と碧さん2人して微笑ましい気持ちになる。


「どれで悩んでるの?」


「この、豚骨チャーシュー麺と、煮卵ゴロゴロ豚骨ラーメンです」


ネーミングセンスが食欲をそそる商品名だな。


「俺が片方選ぶから、半分ずつ食べることにしない?」


「そうですね…流石に2つは食べ切れる気がしません」


「あ、可憐さん注文してみる?前、注文してみてたいって言ってたよね。朝は俺が注文したから出来なかったし…」


「はい!したいです」


「じゃあ、碧さんがこれで俺と可憐さんがこれとこれね」


「任せてください。完璧に注文してみせましょう」


軽く胸に手を当て自信満々な様子の可憐さん。以前ファミレスで注文したがっていたことを思い出したので、聞いてみたが、余程注文したかったようだ。


「ご注文はお決まりですか?」


「えっと、この魚介のラーメンと、豚骨チャーシュー麺と、煮卵ゴロゴロ豚骨ラーメンを1つずついただけますか?」


メニューを指さしながら伝えるという、注文ミスのリスクを減らす完璧な注文スタイルだった。心の中で軽く拍手を送る。

そんなとき、ふと伝えそびれていたことを思い出した。


「すみません、取り分け用のお皿2枚いただけますか?」


「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


「あ、秋野さん、私の注文駄目でしたか?」


恐る恐るこちらに尋ねてきた可憐さんだが、全くそんなことは無い。半分ずつ食べるのにお皿が無ければ、所謂間接キスというものが発生するのではと思い、それを避けるために店員さんに言っただけなのだ。


「いや、俺がお皿欲しいなと思って」


「そうですか?それなら私に伝えてくれればよかったのですが」


不満そうな様子のせいか、可憐さんは間接キスみたいなことは意識しないのだろうか。


「ごめんね、さっき急に欲しくなってさ」


伝えなかったら恐らく恥ずかしい空気になって、食事の味も分からなかっただろう。



「スープがいい感じにあっさりしてますね。具と麺とスープがちょうどよく混ざりあってます」


写真を1枚撮ってから、食べだした碧さんが感想を述べた。


「…別に食レポしてくれなくてもいいんだけど」


「何となく味の感想を伝えてみたくなったんです。ほら、美味しいとそういう気になりません?」


「そう言われたら分かる」


確かに、美味しいものは誰かと共有したくなるよな。俺の場合、その誰かは基本的に妹だったけど。まぁ今は違って4人ほどいるのだが。


「なるほど、このお皿にスープと麺を入れることで半分ずつ分けられるんですね。やはり秋野さんの注文はスマートです…」


先に注文の届いた俺のラーメンを取り分け皿に入れて可憐さんに差し出す。


「可憐さんが俺の食べかけでも気にしないんだったら、お皿は要らないんだけどね。やっぱり気になるでしょ?」


「…はい」


麺とスープの湯気で顔が少し隠れたものの、染まった頬は隠しきれなかったみたいで、可憐さんが恥ずかしそうに頷いた。



「何で言った先輩が恥ずかしくなってんですか」


「何かつられてしまったんだよ」


どうやら俺も赤くなっていたらしい。

碧さんに教えられて、熱を冷まそうと水を飲む。それと同じタイミングで可憐さんも水を飲んでいた。


「このチャーシュー…とてもほろほろしていて口の中に入れた瞬間に溶けてしまうようです。麺が少し硬めですが、早く食べれば硬麺、少し待てば中、柔らか麺になるという麺でも料理を楽しませてくれるのですね。そして、スープ…とても素材の味が染み込んでいてすぐにでも飲み干してしまいたくなりますね…」


可憐さんがめちゃくちゃ饒舌になっていた。そんなに気に入ってくれるとは思わなかったので、また一緒に来て、今度は違うメニューを注文してみたい。



「今回の会計は私が」


「え、珍しいな。何かあったの?」


「むっ失礼ですね。その、2人を連れ回したりと迷惑かけましたし、それと今日のことで色々とお礼の意味も込めて」


少し恥ずかしいのか、視線を逸らしながら言葉をゆっくり紡いでいた。


「別に迷惑じゃなかったから気にしないでいいんだけどね」


「たまには私も払いますから」


「たまにはじゃなくて、毎回払ってくれていいんだけどな」


そう軽く返すと、それは勘弁してくださいと笑ってから頭を下げられた。




「すごく美味しかったですね。また行きたいです」


店を出てからそう告げる可憐さんに対して、先程の饒舌な可憐さんを思い出したのか、2人して頷く。


「え?もう4時?この後どうしますか」


時計を見た碧さんが声を漏らし、その流れで尋ねられた。


「あぁ…もう帰り始めたほうがいいよな」


ギリギリまで遊んで何かあっても問題だからな。


「うぅ…もう少し遊びたかったです」


残念そうに俯く可憐さん。

そんな姿を見兼ねた碧さんが声をかける。


「それじゃあ最後に記念撮影でもしない?」


そう言って近くの公園に向かって歩き出した。歩くこと数分で到着。


「この公園、噴水とかあって結構いい感じじゃないですか?」


「そうですね。あっ、今水が出てます」


着いた瞬間水が噴き出していて、ベストなタイミングだったみたいだ。


「よし、じゃあここで記念撮影といきましょう。ほら、可憐ちゃん、先輩も寄ってください」


「はい!」


噴水を背景に、碧さんの横に可憐さん、そしてその横に俺という構図でスタンバイ。すぐにパシャッという音が聞こえた。


「どうです?」


「よく撮れてますね、この写真いただけますか?」


「もちろんだよ。はい、今送ったよ」


可憐さんと俺に写真が1枚送られてきた。


「えへへ、待ち受けにしちゃいました」


嬉しそうに、こちらに向かってスマホの画面を見せてくれた。


「じゃあ私もそうしようかな」


そう言って碧さんのホーム画面にたった今撮った写真が映っていた。


「これでいいかな」


スマホの待ち受けに自分の姿というのは、何となく小っ恥ずかしくて今までしたことが無かった。でも、たった今小っ恥ずかしさよりも、待ち受けにこの写真を使いたいという思いの方が強かったのだ。


「おそろいですね。すごく嬉しいです」


俺と碧さんの画面を見て、笑顔でそう言った可憐さん。太陽に照らされたその笑顔がすごく輝いてみえた。今日は、形のあるなしに関係なく記念品を沢山もらってしまったな、と思うと同時に、欲張りなことにも写真とは違う可憐さんの笑顔を、形あるものとして残したく思えてしまった。





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