第34話 コンビニ店員が指輪をつけているかどうか

「これ可愛くないですか?」


「値段みた?」


「え?……ふぅ…先輩、買ってくれませんか?」


ニコッと笑って、明らかに媚びるような表情で、文字ならば間違いなくハートで埋め尽くされてそうな声色で尋ねられた。


「流石に無理」


一瞬、可愛い後輩の頼みだし、などと思ったが即座に思考が正常に戻ったので断る。


「あ、では私が。今日のお礼として買わせてください」


「待って待って。もうちょっと安いの自分で買うから、レジに持っていかないで」


0が5つあったネックレスを、会計しようとレジに持って行こうとする可憐さん、そしてそれを食い止める碧さん、という様子を微笑ましく思いながら眺める。


カラオケから出た後、ウィンドウショッピング…実際には色々買っているのでウィンドウではないな…を行いながら街中を歩いていた。そこで、碧さんが気になったジュエリーショップへ入店。

まぁ可愛いもの、綺麗なものはやはり値段が張るみたいで…俺達には気軽に手が出せないものだった。ちなみに、カード決済可能な店だったので、可憐さんを止めていなかったから、購入されていたことだろう。



「自分で買える値段のお店を探しましょう」


そう言って、俺と可憐さんを引き連れて店を出る。

そんな俺の片手なのだが、何故か袋を1つ握っている。この店に来るまでに入ったインテリアショップで既に買い物をしたからだ。最初は「ウィンドウショッピングでもしませんか?」と言われて街にやってきたのだが、最初のお店の時点で既にウィンドウショッピングではなくなっていたのである。


「あ、このお店はどうですか?」


可憐さんも碧さんに倣って、首を回しながら店を探していて、どうやら良さそうな店を見つけたみたいで、手で促して問いかけた。


「ほんとだ。結構よさそうだね」


「行きましょう」


初めは碧さんのテンションが高く、それに連れられて歩いていた可憐さんだったが、徐々にテンションが上がってきたようだ。

そして今、かなり楽しそうな声色で入店を促していた。というか可憐さんが先陣をきっていた。2人とも楽しそうでよかった。


よく、男性はウィンドウショッピングをはじめとした女性の買い物に付き合うのがつまらない、みたいな話を聞くがそんなことは無い。俺が何か買う訳でもなく、ただ2人に着いて歩くだけなのに十分楽しいのだ。



「5000円…先輩、折半です。何なら全額払ってください」


「何でだよ。さっき自分で買えるものを探すって言ってたじゃないか」


「そういえば、私10月が誕生日なんですけど〜」


「今7月だから関係ないな」


「先輩のケチ〜守銭奴〜」


「今日の食事とカラオケのことは記憶から抜けたのかな?」


朝の食事代3人分、カラオケ3時間3人分の料金は俺が支払ったんだけどなぁ。すっかり忘れられていて悲しい。


碧さんはそう言って、何かいいものはないかと商品を見て回りに、俺から離れた。



「秋野さん、見てください。似合いますか…?」


腕をちょいと掴まれたので振り返る。

可憐さんの顔から下へと、視線を下げていくが、特に変わった様子はなかった。もしかして俺が人の変化に気づかない鈍い人間かと思ったのだが、続けて聞こえる言葉で違うのだとわかった。


「あの、手です」


そう言われて、こちらに見せるように手を差し出されたので、きらりと光るものに目がいった。


「あぁ、指輪か。可憐さんの綺麗な手が映えて見えるし、指輪自体も綺麗で可憐さんに似合ってると思うよ」


恐らく天然石か何かが埋め込まれ、それがアクセントとなっている指輪を見てコメントする。


「えへへ…そう言ってもらえると嬉しいですけど…少し恥ずかしいですね。秋野さんもどうぞ」


そう言って、可憐さんが手に持っていた指輪を俺の指にはめ込む。


「え?」


一瞬のことで少し動揺してしまう。それと同時に、距離近くなったため可憐さんの香りが、そして手が触れ合ったことでドキッとしてしまい反射的に顔を逸らす。


「わっピッタリはまりました…」


自分の左手の人差し指から指輪の輝きが視界に映る。


「秋野さんに似合うかなと思いまして…。…おそろい、ですね」


自身の左手を見せながら、嬉しそうに伝えられた。

形状は同じだったが、天然石の色が違ったので、色違いのものだろう。俺には必要ないかなと思ったが、せっかく選んでもらったので買ってみようか。


「…ありがとう。これ買ってもいいかな?」


「はい、一緒に買いましょう」


そういうと足早にレジへ向かった。


値段は1つ3000円と、大学生でも気軽に購入できる金額で助かった。

自腹で払おうと思ったのだが、可憐さんが私が支払います、となかなか強情だったので諦めて可憐さんの気持ちを尊重することにした。

一緒に買いましょう、とは隣合ったレジで一緒に会計することかと思っていたが、もしかして、同じレジでまとめて会計することを意味していたのだろうか。





「素敵な彼女さんですね。自分でプレゼントしたいだなんて」


「え?あぁ……そうですね」


会計する可憐さんの隣に立っていたら、店員さんから声をかけられた。「違う」と否定するのも面倒だし、否定して変な空気にするのも野暮なことなのかなと思ったのでそのまま受け入れた。


「そういえば、指輪はどの指にはめられますか?」


「よく分からないんですけど…左手の人差し指に」


可憐さんが、はめてくれたのがその場所だったからという単純な理由だが。


「そうですか。是非、その指に身につけてください」


店員さんと話していると会計が終わったようで、可憐さんから袋に入った指輪を受け取る。





「可憐ちゃん、先輩も。私を置き去りにしないでくださいよ〜」


碧さんはどこへ行ったかと思い、ひとまず出口へ向かうと、既に会計を終わらせていたようで声をかけられた。


そして、3人で再びぶらぶら歩き始める。


「可憐ちゃんは、何か買ったの?」


「はい。いい買い物ができました」


嬉しそうに答える可憐さんの左手が輝いていた。


「そっか。それならよかったよ〜、可憐ちゃんのこと結構引っ張りまわしちゃったからさ…」


勢いあまって色々歩き回ってしまったことを心配に思ったのだろうか、少し落ち込んだように言葉を発した。


「お気になさらないでください。今、すごく幸せですよ?ですよね、秋野さん」


「あ、そうだね。普段行かない店とか新鮮で楽しかったよ」


少し考え込んでしまったので、返事に遅れる。


鞄の中に入った袋の影響か、少し落ち着かなない。

指輪といえば、はじめに結婚指輪を思いつく。そのせいか自分には縁がないものだと思っていた。そもそも指輪なんてはめても何も変わらないだろう、そんな風に考えていた。


だが、実際に可憐さんの左手の人差し指にはめられている指輪を見て、手の変化はもちろんだが、可憐さんのいつもと変わらない笑顔でも、何となく心が何かで満たされているかのように感じた。





記念品、という言葉があるように、何かの記念に形のある物を贈ったり貰ったりする。記念品として馴染み深いのが、学校を卒業する際の記念品贈呈などだろうか。他にも記念像や記念碑など、記念に関するものは多くある。それらは、概念や思いだけではなく、形あるものとして何かを残しているのだ。その考え方は、過去から現在に渡って、実際に形として残っている、その例が指輪なのかもしれない。紀元前の先人たちから、現在に至って繋がれてきた思いを象徴した形なのだろう。


だからこそ、指輪というものを身につけることで、何かが満たされるのではないか。それゆえに、今も指輪というものが存在しているのだろう。もちろん、今回受け取ったのは結婚指輪ではなく、ただのアクセサリーである。結婚指輪なんかと比べたら、全然思いも軽いものに決まっている。それでも、変なことにそんな重みを感じ取ってしまった。




そういえば、会計の終わり際に、店員さんから聞いた話によれば、左手の人差し指の指輪は縁を繋ぐ、と言われているらしい。きっと、2人の縁がちぎれない、そんな思いを形あるものとして、今日という日の記念の指輪が証明してくれているのだろうか。


色違いのおそろいの指輪、そんな記念品を俺は身につけてもいないのに、胸がこんなにもあたたかいのはなぜなのだろうか。身につければ、より満たされるとでもいうのだろうか。


…帰ってからつけてみようかな。

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