第33話 コンビニ店員のカラオケの力量


カラオケ、流れる伴奏に自身の声を乗せて楽しむ娯楽のひとつである。なぜか、複数人で楽しまれることが多く、ひとりカラオケは寂しい人間が行うものというイメージが最近まであったらしい。


「カラオケ実は久々なんだよね〜」


「私は初めてです。とても楽しみです」


碧さんは久しぶりのカラオケ、そして可憐さんはやはりというべきか、初めてのカラオケみたいだ。

ちなみに、俺は数ヶ月ぶりのカラオケだが、妹を除いた複数人でのカラオケは数年ぶりである。


「とりあえず3時間でいいですか?」


「私は何時間でも大丈夫です」


「流石にそれは私たちが厳しいというか…」


俺は20歳、碧さんは18歳だから、そこまで問題ない。だが、可憐さんはまだ15歳なのだ。そのことを考えると18時までには家に帰ってもらいたいので、何時間でもというのは厳しい相談だ。それに、せっかくならカラオケ以外でも遊びたい。


「じゃあトップバッターは先輩で、その間に私が可憐ちゃんに色々教えときますから」


「…俺は歌わなくてもいいんだけど」


「ははーん…さては音痴ですか?」


何かを期待したかのように、こちらに詰め寄り尋ねられる。明らかに俺が音痴であると、認めてくれることを期待したような表情だった。


「そんなことは無い。人並みだと思う」


最後に人前で歌った機会が数年前だから仕方ない。自分がどれほどのレベルか分からないのだが、恐らく音痴ではないはずと思いながら答える。


「はぁ…じゃあいいじゃないですか。はい、どうぞ」


マイクと機械を渡され、渋々曲を入力する。最近流行りの男性アイドルの楽曲を選択。女性ウケを気にしているわけではなく、シンプルにいい曲だと思って、聴いていたらいつの間にか好きになっただけだ。それ以降そのアイドルのCDを買い揃えるようになってしまった。その理由の一つとしては、妹が居間でテレビを観ている際、毎度のように画面にその男性アイドルが映っていたから、彼らに対して単純接触の原理が働いたからではないかと思いもする。




「で、あれ。そうそう、あの線が音程で、今先輩外したから、線が被ってないでしょ?」


「なるほど」


機械操作の説明だけでいいと思う。わざわざ俺が少し音を外した説明は必要ないんじゃなかろうか。


「85点…すごいですね!」


「可憐ちゃん、余程音痴じゃない限りは80点を下回らないから。そんなにすごい点数じゃないよ」


確かにその通りなのだが、わざわざ俺を下げる必要はないだろうに。


「はい、次は碧さんの番ね」


「いや…実は喉の調子があまりよくなくて〜」


普段と何ひとつ変わらない声が俺の耳には聞こえるのだが。


「普段通り綺麗な声だと思うけど?」


「…笑いませんか?」


「え?」


「だから、下手でも笑わないかって聞いてるんですよ!」


顔が紅くなっているが、照れというよりも、恥ずかしさ…それとも怒っているからなのか結局判断がつかない。


「…何、碧さんって音痴なの?」


ストレートに聞いてみる。


「もうちょっとビブラートに包んで聞いてほしかったです」


「オブラートな。今画面に出てる、俺のビブラート数が少ないことをディスってるの?」


ビブラート数3…これは多分少ないのだろう。そもそもどう歌えばビブラート数が増えるのかよく分かってない。

そんないじりができるくらいなら、碧さんの音痴を心配する必要はないのではないか。


「せめて、デュエットでお願いします」


どうやらソロで歌うのは嫌みたいだ。まぁ嫌がることを無理にさせようとは思わないので、俺にとって妹を除いた場合。人生初デュエットを組むことにする。


「どの曲歌うの?」


「これ知ってます?」


そう言いながら画面を見せられる。


「あー…知らない」


流行りの曲か、それとも碧さんの好きな曲何だろうか、どちらにせよ分からない。


「じゃあこれは?」


「有名なやつだし分かるよ。たまに聴くし」


この曲なら分かる。しかもデュエット曲なので、歌うのにちょうどいいかもしれない。


「私サブパート担当で」


「せっかくだからメインのパート歌ったら?別に笑うつもりないし」


「…先輩がそう言うなら…あの、本当に笑わないでくださいね」


なんだろう、普段は押しが強い、当たりが強い女の子のしおらしい姿に、いわゆるギャップ萌えというやつを味わっていた。

少し鼓動が早まったが、伴奏が流れはじめたので、画面に視線を合わせる。




「〜〜♪…ー〜♩〜ー♬」


「何と言えばいいのでしょうか。秋野さんとは違って味のある歌い方だと思いました」


「可憐ちゃんが邪気のない褒め方をしてくれるのが少し辛い」


貶す意味合いは全くない、可憐さんの純粋無垢なコメントが、逆に碧さんにダメージを与えたようで、可憐さんが言ったそばから慌ててフォローしていた。


「俺としてはガキ大将みたいなのを想像してたから、拍子抜けしたよ」


「そこまで酷くはないですよ!ただ、周りからネタにされると言いますか…ネタにできる程よい音痴というレベルなので」


「実際聞いてみてさ、頑張って歌ってる感じがして、可愛らしかったと思う。私上手いでしょ?みたいな感じで歌う人より俺は好きだけど。ほら、俺も歌上手いってほどじゃないから笑う気になれないし」


「そうですか…じゃあ次は可憐ちゃんとデュエットしようかな。可憐ちゃん、何か歌いたい曲ある?」


「えっと、君が代とか…」


「それなら音痴も気にならないな。ナイスチョイスだよ可憐さん」


意外な選択に少し吹き出してしまった。


「やっぱり私のこと小馬鹿にしてませんか?」


たまには複数人でカラオケに行くのも悪くないかもしれない。複数人…というよりもこの2人とだけど。楽しそうに歌う2人を見つめながらそんなことを思った。


ちなみに2人の点数は80.1点。碧さんに初の80点台をプレゼントしたみたいだ。






「…可憐さんのセンスが独特すぎる」


「洋楽…?ですかね。発音とか綺麗すぎますね」


普段全く聞かないジャンルの楽曲ゆえに、上手いのか下手なのかよく分からなかったが、画面に映る95の文字を見て、恐らく上手いのだろうなと、そんな感想を2人して思った。


その後歌って疲れた様子を見せていた可憐さんと飲み物を注ぎにいった。するとドリンクバーに興味を持って、色んなボタンを押していた。その結果、ドリンクバーにかなりハマってしまったようで、その中でもソフトクリームに惹かれたらしく、人数分のソフトクリームを楽しそうに作っていた。またいつか、ファミレスに一緒に行く機会があれば、ドリンクバーも注文してみよう。

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