第32話 お嬢様の初体験

「やっぱりここなんだな」


「まあ味の保証ができますし、メニューも結構豊富だからいいじゃないですか?」


俺がよく、碧さんに連れられて、奢ることが多いカフェに到着した。


「お2人はよくこちらに来られるんですか?」


「うん。先輩が、よくここに行きたいって言うから仕方なくね」


「平然と嘘をつくんじゃないよ」


何食わぬ顔で嘘をついていた。可憐さんなら全く疑わず受け入れそうなので、いちおう物申しておく。


「あの、今度からは私も一緒に行きたいです」


「平日は学校あるから無理だと思うけど……そうだね、休みの日に行こうか、ねっ碧さん」


「そうですね、何なら来週も行っちゃいますか」


無理だと思うけど、と言った瞬間に可憐さんが、見るからに生気を失っていくような絶望的な表情に変わっていったので、咄嗟に続けて言葉を発する。碧さんもそれに乗っかってくれたので良かった。


「あ…でもお2人のアルバイトは大丈夫ですか?」


しかし、可憐さんからの質問が入る。


「たしかに。先輩、最近毎日のように入ってますもんね」


そういえばそうだ。平日だけのつもりが、気づけば休日のまでもシフトに俺の名前が記名されていた。


「じゃあ、休日もコンビニに伺うことにします」


ちょっと落ち込んだような表情だったが、気を取り直したかのように、言葉を言い切った後は軽く微笑んだ。


「可憐ちゃんはそれでいいの?」


俺も思ったことを碧さんが先に尋ねてくれた。


「秋野さんと顔を合わせることができますから、それで充分満足です」


「…何」


「何でもないです」


可憐さんの天使のような発言に心を癒してもらったと思ったら、隣の碧さんに軽くつつかれた。つつくのであれば脇腹は弱いから、背中とか別の場所にしてほしかった。





「…とても美味しそうですね…」


席に着いて数分。

メニュー表を食い入るように眺め、わくわくが隠せない可憐さんを見て、俺は連れてきてよかったなと思っていた。多分碧さんもそう思ってくれているだろう。


「やっぱり可憐ちゃんってお嬢様ですよね?普通メニュー表眺めるくらいであんなに嬉しそうな顔しますかね。逆にメニュー表が物珍しいみたいなことですか?」


俺に耳打ちするように碧さんが尋ねてきた。

耳打ちじゃなくても、メニューに集中している可憐さんには聞こえなそうだが、念の為にこちらも耳打ちで返す。


「お嬢様だと思うよ。本人は否定するけど、学校もそうだけど、持ってるブラックカードとか、お姉さんの話とか考えれば。メニュー表の件はよく分からないけど、好奇心とか?」



「私たち連れ回してることが黒服の人達にばれて、絞められたりしないですかね」


同じようなことを俺も以前考えていたな。


「大丈夫だと思うよ。現に可憐さんのマンションに入った俺が元気なことが証明だ」


「それなら安心ですが、もう片方は安心できないですね」


「だから、何も変なことはしてないから。可憐さんに聞いてもらっていいんだが」


「そういうことじゃないです。とりあえずこの話は終わりです」


不服そうに唇を突き出すようにして、話が切られた。

気を取り直して注文しましょうと言われ、2人で一緒にメニュー表を眺める。可憐さんが2つあるメニュー表の1つを持っているので、一緒に見るしかない。



「先輩、たまには違うの頼みません?」


「わかったよ。じゃあこれで」


「そんなあっさり決めないでください。可憐ちゃんを見てください。未だにめちゃくちゃ悩んでますよ」


碧さんに促されて対面に座っている可憐さんに視線を送る。すると、視線が右にいったり左にいったりしたかと思えば、メニュー表を捲ったり戻したりと本当に悩んでいる様子が見られた。そんな可憐さんに助け舟感覚で話しかける。


「可憐さん、どれが気になってるの?」


「えっと、このパンケーキと、サンドイッチ…あとこのドーナツが」


「じゃあ、俺がサンドイッチ注文するから。パンケーキとドーナツ頼んだら?」


「いや、その申し訳ないですし」


なかなか遠慮がちな可憐さんだ。碧さんなら大船に乗っかるかのように追加注文するんだけどな。そう思って碧さんを見ると、ギロっと睨まれた。何でだ。


「遠慮しなくていいよ。友だち同士で遠慮なんてする必要ないんだから」


「迷惑じゃないですか?」


恐る恐るこちらの表情を窺うかのように問いかけられた。


「前に言ったでしょ、たくさん迷惑かけてくれていいって」


「はっ…そうでした。それでは、お願いします!」


軽く頭を下げてお願いされたので、言葉を受け取る。


「うん」


今日会った時は、大人っぽく思えたが、こうしてやり取りをしていると、やはり年下の女の子のように思えた。






「これすごく美味しいです〜」


シロップのかかったパンケーキを口に含んで、恍惚とした表情で味わっていた。


「可憐ちゃんが気に入ってくれてよかったよ〜」


その表情につられて、碧さんも美味しそうにワッフルを食べ進めていた。

そんな2人の様子を見て、女の子特有の甘い空気感を感じ取って、なんとなく場違い感を覚える。

ちなみに、俺はモーニングセットのパンにバターとジャムを塗って味わっている。パンに少し甘味を感じるのだが、パンケーキやワッフルとは少し土俵が違うと思うのだ。


「秋野さん、サンドイッチ頂きますね」


あっさりとパンケーキを食べ終わった可憐さんは、サンドイッチに移っていた。


そんな美味しそうに食べる様を見て、コンビニのおにぎりやコロッケの味に飽きたならな、もうあそこに来ることはないのだろうかと、一抹の不安を覚えてしまった。






「お会計3800円です」


レジにて精算をしようとしたときだった。


「待ってください、やはりここは私が払います。お2人にはお礼してもしたりないです」


最年少の可憐さんが支払いを自ら進言した。しかし、お嬢様の進言を一般人2人が容易く受け入れることはできない。


「え、可憐ちゃんに払わせるくらいなら私が払うよ?」


碧さんは俺に奢らせることが多くても、逆に俺が奢られることもあるので、友人にはそういう付き合いをしているのだろう。奢ったり奢られたりの関係だ。もしくは、可憐さん相手に奢らせることが畏れ多いのか。


「2人に払わせるくらいなら俺が」


「って言ってるから、可憐ちゃん、先輩に任せていいよ?」


「いえ、今回は私が払います。すみません、このカードでお願いします」


碧さんの誘導が失敗に終わった。

なかなか強情な可憐さんに押し切られるようにして、会計の先頭を譲ってしまう。


「…すみませんが、当店、カード決済ができなくてですね」


「えっと、どうしましょう…」


初めてのカード不可という状況に焦る可憐さん。思いもよらない出来事との遭遇だったみたいで、慌てていた。


「じゃあこれで」


そう行ってバーコードを提示した碧さん。


「あの、バーコード決済も受けつけできなくて…」


「先輩、お願いします」


碧さんはこの店で支払いをしたことあるから、現金オンリーだということ知ってる。何故か軽いボケをされて、支払いを俺に回してきた。


最初からそのつもりだったから全然いいし、2人になら奢るのも嫌じゃない、そう思った瞬間、慌てていた可憐さんが何かを思い出したかのように声を出した。


「…はっ、現金ありました。以前アルバイトのお給料で頂いたものが…」


そう言いながら封筒を取り出し、そこから出てきたお札は3枚。




「駄目でした…」


残念ながら、可憐さんが現金を使う時はまだまだ後みたいだ。肩を落として落ち込む可憐さんに気にしないでと声をかけてから支払いを済ませる。


意外とカード決済不可なお店も多いかもしれない。そう思うと可憐さんには悪いが先程の悩みが解消されたようで、少し気が晴れた。

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