第28話 3人なのにカウンター席を使う
「いやぁ…面白かった」
まるで1本の映画をみたかのようなトーンで感想を伝えられた。
「そうですか?結構つまらないと思いましたけど」
「私が専攻してなかった分野だからかな?新鮮で面白かったよ」
「まぁ考えさせられる内容ではありましたけど」
履修していた社会福祉についての講義だった。普段は何となく聞いてノートにまとめるだけだったが、楽しそうに聞くお姉さんを横目に、それもあってか普段よりは講義にのめり込んで聞くことができた。
「この後は何か取ってるの?」
「生命倫理を」
「へ〜面白そうだね」
そう言いながら当たり前のように横を歩くお姉さん。どうやらこの講義も受けるみたいだ。まぁ楽しそうだからいいんだが。
「お姉さん、周りから結構見られてましたね」
「そう?聞くのに集中してたから分からないや」
全員が真面目に講義を受けているわけではなく、ぼーっと眺めていたり、スマホをいじったりしているが、中には人をガン見している人もいるらしい。その対象がお姉さんだったみたいだ。
まあ美人だし仕方ないよな。
ただ、お姉さん自身は気にもとめない様子だった。
「これで今日は終わりなんですけど…どこか行きます?」
「うーん…お腹空いたしお昼食べない?どうせなら学食にも行ってみたいし」
「わかりました」
続いて学食へ案内する。何か使用人みたいだなと思う。実際、お姉さんも元々はお嬢様なわけだから、使用人とかも付いてたのだろう。ただ、お姉さんや可憐さんからお嬢様だけど、お高くとまってる感じや、人を雑に扱ったりすることはない。
お嬢様=高飛車なイメージは漫画やアニメだけに留まっているのかもしれない。
「どれがいいと思う?」
「あぁ…金額的にも栄養バランス的にも日替わりランチですかね」
「じゃあそれにしよう。秋野くんもそれでいい?」
「いいんですけど、自分の分のお金くらい出しますよ」
「いいのいいの、ここは私に奢ってもらいなよ」
そう言ってさっさと食券を購入していたので、受け入れることにする。
「…ありがとうございます」
「どういたしまして」
そう言うとご機嫌な様子で、食券を食堂の方に渡していた。ひとまず席の確保でもしておこう。
昼食時なので、やはり席は結構埋まっている。対面で座ることのできるテーブルはどれも人が座っていたので、人の少ないカウンター席を選ぶ。
「カウンター席でよかったですか?」
料理の受け取りを、今か今かと楽しそうに待っているお姉さんに声をかける。
「どこでもいいよ。それに私が外食する時って大抵カウンターだから。ほら、いっつも1人だから…カウンターに追いやられるんだよ…」
聞かなければよかった。聞いてから数秒で後悔しそうになった。
でも、お姉さんが1人でテーブル席いたら絶対相席求める人もいるだろうから…カウンターの方がいいのではないか、そんなことを思った。
「…テーブル席空くまで待ちますか?」
だが、テーブル席に座りたいのであれば、テーブル席が空くまで待つのも苦ではない。ランチは冷めるけども。
「でも、今日は隣に秋野くんがいるからね。カウンターでも全く問題ないよ」
普段は言ったことを恥ずかしがるお姉さんだが、今回に限ってはそんな様子が見受けられなかった。だから、今の言葉はぽんと出てきた本音なのだろう。そう思うと、自分と一緒にいることを喜んでくれるお姉さんには感謝しかない。
「それでね、営業の子がさ…」
食事をしながら軽くお互いの近況報告的なことしていた。すると、話はいつの間にか会社で起きたことの愚痴に移っていた。
「…簡単に考えれば、お姉さんに気があるんじゃないですか。その人が誰でも誘ってるわけじゃないんだったら」
「そうなのかなぁ…。私にとっては同僚でしかないし、断ってるんだから諦めればいいのにね」
「好きなら簡単には諦められないんだと思いますよ」
「…まぁ恋愛経験がろくにない私達が何語ってるんだ、って感じだよね」
そういえば、俺は初恋はまだ。お姉さんも一応俺のことが好きみたいだが、それも最近のことだから、恋愛経験ということであれば、2人はほぼないといえる。
「…なるほど、では私がお答えしましょう」
「…しれっと入ってきたね」
俺の横のカウンター席に腰を下ろしながら話しかけてきたのは梁池さんだった。
1年生だから、大抵の時間帯に講義を入れているので、俺が大学にいる時間、必然的に会う機会は多くなるのだが、なんの約束もしないまま学食で会うのは珍しい。
「先輩こそ、何しれっと可憐ちゃんのお姉さんを大学に連れ込んでるんですか」
ぶーぶーと批難するような顔で聞いてきた。
「私がついて行きたいって言ったからだよ」
「えっと、何があったんですか?」
俺に聞いたのに、お姉さんが返答してきたので一瞬怯んだみたいだ。すると、質問対象は俺からお姉さんに移った。
「何もないよ?ただ秋野くんが迷惑じゃないなら一緒にいさせてってお願いしただけ」
飄々と梁池さんの質問に答えるお姉さん。
「それを先輩はOKしたと」
また俺に質問が返ってきた。
「そうだな」
「タイム」
「「?」」
俺とお姉さん2人揃って頭に?マークを浮かべたのだが、俺は梁池さんに手を引かれて、食堂から外へ連れ出された。
「ちょっと先輩、あの目は恋する乙女の目でしたよ?朝は聞きそびれましたが、今ここでお姉さんとどういう関係なのか説明してください」
手を離されるや否やすぐ質問をされる。
というか、恋する乙女の目だと分かる梁池さんは恋愛マスターか何かなのか。
「…俺にとっては、可憐さんのことや世間話をする年上のお姉さんって関係だと思うけど。変な関係じゃないよ」
「…まあそれはそうだろうなとは思います。私から1つ言わせてもらうと、年上の女性の誘惑に簡単に乗っちゃダメですよ」
「乗っからないから…。乗ると何かあるのか?」
「私が怒ります」
「ははっ…何だそれは」
真剣な顔でふざけた回答をされるとギャップ差で笑ってしまう。もちろん、梁池さんの言う通り知らない人からの誘惑に乗ることはないが、お姉さんだったらどうなのだろうか。多少恥ずかしい台詞を言われることはあっても、誘惑されるようなことはなかったので考えても答えはでない。
「怒らせないように善処するよ」
そう告げると、梁池さんは不本意そうな感じだったが納得したかのように頷いて踵を返した。それについて俺も歩き出す。
「えっと、私知らない男性と連絡先交換するつもりないんだけどなぁ」
食堂に戻ると、男子学生から連絡先交換を求められているお姉さんがいた。
「ほら、そう言ってるんだから諦めてください。私たち食事中なので、別の機会にお願いします」
困惑顔のお姉さんと男子学生の間に入った梁池さんが語尾を強めて応じていた。
俺が入ろうかと思っていたら、それよりも早く入られた。
梁池さんの強めの口調によって、諦めた男子学生は外へ出ていったのでひとまず安心する。
「可憐ちゃんのお姉さんも美人だから大変なんですね、もっとはっきり拒否していいんですよ?」
お姉さんをサポートするかのように、席について話しかける梁池さん。
「いやぁ…何か年下の子に求められるのが新鮮で少し嬉しかったというか」
それに対して予想外の返事が返ってきた。
もしかして俺じゃなくて、シンプルに年下なら誰でもいいのではないだろうか。そんな疑問を浮かべた。
「えぇ…先輩、可憐ちゃんのお姉さん…多分男好きですよ」
俺にしか聞こえないように耳打ちするならまだしも、お姉さんにも普通に聞こえるくらいの声量で話すんじゃないよと思った。
「聞こえてるからね?ちょっと失礼じゃないかな…?」
やっぱり聞こえてるみたいで、お姉さんは少し落ち込んだ表情を見せていた。
「…ご飯冷めるから早めに食べましょう?」
落ち込んだお姉さんの気をそらすかのように、出来上がって数十分が経過した、少し冷えかけの食事を目の前にしている2人に声をかけて、食べ始める。
ただ、今までの展開から密かに険悪な関係になるかもしれないと思っていたの梁池さんとお姉さんの関係なのだが、意外なことに全くそんなことはなかった。
理由としては、シンプルなことに2人の会話が意外と盛り上がったというわけだ。…主に声をかけてくる年上の男性の愚痴でなのだが。
梁池さんの愚痴の話がもしかして俺のことじゃないだろうかと不安に思いながら、ふたりの会話を耳に入れつつ、箸を口元に動かす。
どうせなら、この場に可憐さんがいてくれたらもっと楽しかっただろうに。そんなことを思いながら、冷めた味噌汁を口に含む。
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