第27話 お姉さんもお客さん
「外で待ってるから」
実際に言われたわけではないが、そう意味するような視線を送られた気がする。しかし、バイトが終わるまで、まだ1時間弱あるので、外で待たせるのは気が引ける。午前8時という時間ゆえに、気温30度を上回ってこそいないが、これから徐々に暑くなってくるのだ。しかも、下のコンクリートからの熱気もあり、熱中症の危険性がある。
「あと1時間ほどあるので、立ち読みでもして待っていてもらえませんか?」
会計をしながら、そう声をかける。結局は立ちっぱなしになるかもしれないが、外よりはいいだろう。
「…じゃあエロ本でも読んでるよ」
「まだ朝ですから、普通の雑誌にしてください」
夜ならいいとかそういうわけではないが。
「冗談に決まってるじゃん。私はそんなに変態じゃないよ?」
「冗談だって分かってますよ。顔に出てますから」
恥ずかしいことを言うとすぐ顔に出る。お姉さんの特徴だと思う。現に今、お姉さんの顔は話している最中に、みるみるうちに紅く染まっていた。
「…秋野くんに最近軽くあしらわれてる気がする」
「そんなことないですよ。こっちも恥ずかしいんですから、照れ隠しなだけです」
「…ふーん、そっか。それならいいや」
「本当顔に出やすいんですよね…」
見るからにご満悦な表情だった。ただ、表情豊かで話していて飽きないなと思うと同時に、そんなところが魅力的な人だと感じさせられた。
ちなみに、おにぎりとメンチカツを購入された。どうやら朝ごはんを食べていないようだった。コロッケとメンチカツ…姉妹だからといって好みが何でも一緒なわけではなく、微妙な違いがあるのだなと思わされた。
「先輩、ナンパはよくないですよ」
「違う、誤解だ」
会話を終え、雑誌にコーナーに向かったお姉さんを見届けた後、梁池さんに話しかけられた。
「じゃあ何なんですか、あんな美人と先輩の接点が思いつきません」
少し酷い理由だと思うが、まあ確かにと自分でも納得してしまった。
「可憐さんのお姉さんだよ」
「あぁなるほど。と、同時に疑問が1つ」
「なんだ」
「いつ知り合ったんですか」
「可憐さんのマンションで」
「はぁ…寝言ですか。それとも酔ってるんですか?お酒抜けてないのにアルバイトだなんて良くないですよ。ちなみに、真実だったら通報します」
「何か梁池さんが怖いんだけど」
「まあ半分冗談です」
「どこまでが冗談なのか分からない」
「流石に先輩のストーカー疑惑はこの前無事に晴れたので安心してください。名探偵の私の推理によれば、体調が悪かったあの日、もしくは翌日、可憐ちゃんの看病にでも行ったんですよね?で、その時会ったと」
ドヤっとこちらの様子を窺う前に確信を持ったように推理が述べられた。
「まぁそんな感じだな」
本当は可憐さんとファミレスで食事をした後、危険人物検査のための呼び出しをくらったときに会ったのだが、そんなに変わらないだろう。実際、看病しに行った際にも会ってるし。
「ちなみに、年上と年下の女性、どっちが好きですか?」
「どうした急に」
「いいから答えてください」
何か少しの圧が強くないだろうか。
数秒間考えてみる。
「…年下かな…?」
そもそも妹好きだし、年上との接点がお姉さんくらいしかないので、母数の問題により年下に軍配があがった。
「行ってよし」
「どういうこと?」
そう言うと、商品を抱えているお客さんをレジに誘導していたので、レジ行けということなのだろう。ちなみに梁池さんは商品の補充に向かったので、数十分はレジが俺ひとりになりそうだ。
「お疲れ様。今から遊びに行かない?」
バイトが終わり、雑誌を読んでいたお姉さんに声をかけると突然そんなことを言われた。
「一応言いますけど、今日平日ですよ?」
平日の朝っぱらから遊びに誘う社会人と、遊びに誘われる大学生。周りの人から、仕事と授業はどうしたと言わんばかりの視線を浴びそうである。
「有給ってやつだよ。たまたま今日にしててね、暇だったから秋野くんに会いに行こうと思って…ほら、可憐は学校あるし」
せっかくの有給でとった休みを、わざわざ俺に会いに行くことなんかに使ってくれるのは、嬉しいのだが。
「俺も一応講義あるんですけどね…」
もちろん講義をサボって遊ぶ学生も一定数いる。自分の人生なので、サボって遊ぼうが真面目に講義に出席しようがそれを否定する気は無い。ただ俺の場合は、川上しか頼れる友人がいないので、ノートや試験情報を得るために、あまり休むことができないので基本的には全部出席することにしている。
「あぁ…じゃあ私も大学についていくよ」
「俺はいいんですけど、せっかくの休みなんですし、カフェとかでゆっくりしてたほうがいいんじゃないですか?もしくは家でゆっくりするとか」
「もぅ、秋野くんと一緒にいれればそれでいいの。それにほら、久々に大学生気分を味わえるし」
卒業してから4年が経とうとしているお姉さんにとっては、懐かしの大学生気分を味わってみたくなるのだろうか。
そういえば、どこの大学に通ってのだろう…多分だがお嬢様大学だと思う。
「お姉さんなら全然大学生で通じると思いますけどね」
25歳だと知らなければ普通に大学生で通用する見た目だからな、お世辞抜きで。肌とか綺麗だし。
「それじゃあ大学まで行くよ」
楽しそうな口調でそう言った後、軽そうな足取りでコンビニを出た。まるで小学生の遠足気分だなと思って少し可笑しく思えた。
だが、コンビニから出たせいで姿が見えなくなったので、俺は慌ててお姉さんの後を追いかけると、すぐに視界に写った。外で待っていてくれたようだ。
「道が分からないのに勢いで外に出ちゃった」
笑いながら俺に近づき、流れるように俺の手を掴んだ。
「だから、一緒に行こう…」
ぎゅっと、少しだけ強く握られた手は、少し震えていた。以前、手を掴まれたときは何も思わなかったが、もしかしたらあのときも震えていたのかもしれない。
心なしか、今の声が震えていた気がする。
お姉さんとの何度かのメッセージのやりとりを通して分かったのだが、拒絶されるのがどうやらトラウマらしい。恐らく、実家からの勘当の影響もあるだろう。
だから断られたらどうしよう、みたいなことを考えながら、今ドキドキしているのではないか。
もちろん、緊張や羞恥やらの感情もきっとあるだろう。お姉さんは感情豊かな人だから。それにかなりの恥ずかしがり屋みたいだし。
ただ俺が思うことは、お姉さんに喜んでほしい、笑っていてほしいということだ。だから、握られていた手を軽く握り返した。気づけば手の震えは消えていて、俺の腕が力強く振り子のように揺れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます