第26話 店員2人客1人で遊びに行きませんか

まえがき

本話では、会話文は「」、メッセージ文では『』を使用しております。





『秋野さん、見てください!

学年1位です!』


そう書かれた文と、画像が添付されたメッセージが送られてきた。

文面からも可憐さんの喜びようが伝わってきて、ふと笑みが零れる。

期末テスト直前に風邪をひいてしまったものの、そんなことは一切なかったかのように、1日以上勉強できなかったという不利を感じさせないような見事な成績だった。


『めちゃくちゃすごい。おめでとう!』


『ありがとうございます。

これもお姉ちゃんと秋野さんの看病のおかげですね』


『それよりも可憐さんの努力だと思うよ』


数分もしないうちにメッセージのやりとりが行われる。あの日を境に、気軽にメッセージを送ることができるようになったみたいだ。


人によっては、友人とは毎日連絡を取り合っていると言う人もいるかもしれないが、俺たちはそうはならなかった。それでも、たまにメッセージのやりとりをできる関係に十分満足している。それに、こっちの方が俺たちには合っているのかもしれない。


お互いに、友だちが多いわけでもないので距離の詰め方が分からない、ガンガン行って引かれたらどうしようと思っている、ということもあるかもしれないが。




『秋野さんは試験っていつ頃あるんですか?』


『7月末から8月かな』


『私が夏休みの時期にあるんですね。大変そうです』


『でも終わったら9月まで夏休みだから』



『大学生って羨ましいです』


『俺も高校のころはそう思ってたな』


多くの人が中学では高校、高校では大学、自分より上の世代に憧れるものだと思う。でも、時間が進むことあっても戻ることはできない。その瞬間が唯一無二のものであり、未来は変えることができても、過ぎ去った過去は変えられない、だから過去というものは悔やまれるものだと思う。


『秋野さんの高校時代のお話…聞いてみたいです』


高校時代か…何か特筆することもなかったので何も思い浮かばない。色々話してあげたいのだが、申し訳ない。しいていうなら卒業式くらいだ。だからこそ、少し遊んだり、仲のいい友人くらい作るべきだったと思っていた。そんな俺が大学に入って数年、川上や梁池さん、可憐さんと仲のいい友人ができた。このことは俺にとっては大変な事件だと思わされた。


『特に何もない高校生活だったよ…。だから、可憐さんは高校でやりたいことはやってみたほうがいいよ』


『そんなことはないですよ。きっと楽しかった出来事もあったはずです。でも、秋野さんの言う通り色々やってみようと思います』


年下の女の子に慰められる大学生の姿が、スマホの画面を通して出来上がっていた。

ただ、俺とは違って可憐さんには後悔のない高校時代を過ごして欲しいと、まだ若い大学生が、まるで人生の大先輩であるかのような考えをしていた。






「秋野さんの高校時代のお話を聞きたいです」


「…本当に何もなくて話せなかったんだよ?」


翌日の早朝、普段よりも30分早い時間に常連のお客さんが来店していた。


「部活動はどうでしたか」


「帰宅部だったからなぁ」


「勉強は」


「可もなく不可もなくだったなぁ」


「…体育祭や文化祭は」


あまりも高速の質疑応答だったが、回答が面白みに欠ける…というか広げようのないものだったせいか、可憐さんの次の質問は少しの間があった。


「…体育祭は自分が何の種目に出たか覚えてないな…優勝してないことだけは覚えてるけど。文化祭は…体育館で劇やらを1人で座って見てたっけ…」


体育祭や文化祭ですら、ほとんど記憶にない。3年間参加しているにも関わらずだ。

政治家の会見で「記憶にございません」という発言がよく耳にされるが、それは質問逃れ、責任逃れの回答だと批難される。だかしかし、残念なことにその言葉に真実味を持たせる…彼らが本当に記憶にないことを証明する人間として俺が名乗りを上げた瞬間である。


ちなみに、体育祭文化祭ともに本番よりも長く面倒な練習やら準備のほうが記憶に残ってるまである。


「先輩、友だちいなかったんですか?」


暇になった梁池さんも会話に入り込んできた。人によっては傷つく質問だ。


「いたよ?いたけど、友だちが友だちの友だちと一緒に行動してたからさ、気まずくて単独行動に及んだまでだ…」


気まずいよね。全然知らない話を一歩下がって聞くだけで適当な相槌を打つ時間。向こうも気遣って話を振ってくれることに申し訳なさを感じて避けるようになったのだ。別に仲が悪いわけではなく、普段から会話をするけど、放課後一緒に遊んだりするほどでは無かった、というくらいの関係性だった。

もう少し、踏みこんでいれば何か変わっていたかもしれない。


「あぁ…悲しい出来事でしたね…。同情します。でも、今は私がいますし…。先輩に気まずい思いはさせませんよ。私はいつだって先輩ファーストってやつです。可憐ちゃんだって先輩のこと友だちだと思ってる…よね?」


「もちろんです!」


食い入るような返事だった。本当にいい友人ができたなと思う。

この場にはいないけど川上にも感謝したい。


「何か恥ずかしいな…。でも、ありがとう梁池さん、可憐さん」


改めて、ありがとうと感謝を伝える。


「と、いうわけでそろそろ私達3人で遊びに行ってもいいと思うんですよ」


「前置きがない突然の話だね」


いきなり梁池さんが遊びに行こうと、高らかに宣言した。


「こんなにも素晴らしい友情を確かめあったじゃないですか。といいますか、ほら、前に3人でご飯行きましょうって話をしたじゃないですか」


「…したっけ?」


「しましたよ〜。可憐ちゃんがここで働いた日のことです」


「えぇと……あぁ…そういえば梁池さん言ってたな」


「ですから、行きましょう、今週末。可憐ちゃんは何か用事ある?」


俺の用事はないと思われてるのか、聞かれずスルーされた。ないからいいんだけども。


「私は特にないので、行きたいです…!」


普段より数倍高めのテンションで応える可憐さんを見て、もっとこの姿が見られるなら3人で出かけるのもいいのかもしれない。1つ問題があるとするならば、可愛い女の子2人を連れ歩く俺に向かって、奇異の視線やら蔑みの視線が送られないかということだ。


「じゃあ決まりですね!先輩の悲しかった高校時代を今、上書きしちゃいましょう!」



別に悲しかったわけではない。俺にとっては普通の高校時代だった。

大学生になっても、普通の生活を、繰り返し送り続けてきた。そんな俺の学生生活を新しく色づけしてくれるらしい彼女達。2人は、俺を強制的に連れ出して、仲を深め、関係を強めることを望んでくれているみたいだ。

今まで、自分から積極的に動けなかったが、この2人には積極的に動くのも悪くない…動いてみたい、そう思った。そう思うとふと言葉が口からでた。


「…楽しみだな」


「「はい」」


3人で笑っていると、気づけば可憐さんの登校時間になっていたみたいだ。それに気づくと可憐さんは慌てて出ていった。






そして、レジには1人お客さんが並んでいた。

…あまり踏み込みすぎると、周りが見えなくなることを反省しないといけない。



「すみません、お待たせしました」


「…楽しそうだったね?」


「…お姉さん?」



ニコニコと顔に笑みを浮かべて、レジに立っていたお客さんは、俺が会話をする数少ない女性だった。

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