第23話 客の姉は想われ人


マンションに戻り、1時間もせずに料理は完成したため、すぐに少し遅めの昼食を済ませた。呼ばれて来たといえども、長居するのも気が引けるので、そろそろ帰ろうかと思ったのだが、一声かけられた。


「今から可憐のとこ行かない?」


「え?可憐さん試験勉強してるはずですし、それなら迷惑では?」


「あ、そうだったね。うっかりしてた〜」


意外と抜けているのだろうか。まぁ私生活からは、そんな風に受け取られるのだが。


「じゃあ、お姉さんにかまってよ」


「えっと、何をすれば」


「とりあえずお話しようか。ほら、お互いのことまだまだ知らないし」


確かにその通りである。お姉さんのことはもちろんなのだが、よくよく考えると可憐さんのことだって名前と性格くらいしか知らない。

全然知らない、それなのにお互いを何となく理解しているような、信頼しているような関係性に居心地がよくて、現状維持で満足しているのかもしれない。


だが、今はお姉さんと一緒にいるわけで、ひとまず可憐さんのことは忘れて、質問を考える。


「それじゃあ…」


質問をしようと口を開いたものの、それ以降の言葉は出てこない。先程スーパーで好きな料理を聞いて失敗したことを思い出して、定番の質問でもどれを選べばいいのか分からなかった。


「うん?何でも聞いてくれていいんだよ?」


「えぇと…誕生日はいつですか」


「8月1日だよ。あと1ヶ月とちょっとくらいだから、覚えててくれると嬉しいかな」


頬をかきながらはにかみながら答えてくれた。


「8月なんですか。自分もそうですよ」


「え、そうなんだ?いつ?」


ぐいっと距離を詰めて問い返された。


「15日です」


「それなら私の2週間後か…何か欲しいものとかある?」


「いやいや、何もいらないですって。そこまでしてもらうのは悪いですし」


「知ってる?好きな人には何かしらしてあげたくなるみたいなんだよ」


私も今初めて知ったんだけど、と続けて告げられた。

…初めて?勝手なイメージだが、美人なお姉さんに恋人が今まで1度たりともいなかったとは思えない。好きではない人と付き合っていた、とかだろうか。


「まぁ…分からなくはないですね。好きな人…というと語弊があるかもしれないですけど、自分の妹をなんだかんだで甘やかして物を買ってあげたりすることが多いですし」



「私の話を逸らそうとしてない?別にいいけどさぁ…」


不服そうな表情を浮かべられたが、2人っきりという状況で、面と向かってあからさまに異性としての好意を伝えられたら逃げたくもなるものだ。


「それより、秋野くんも妹いるんだね。私も可憐で実感するけど、可愛いから甘やかしたくなるんだよね」


「そうなんですよ。喧嘩しても結局許すし、その後スイーツ買って機嫌とったりするのも苦ではないというか」




その後、数十分に渡って、なぜか妹談議に花を咲かせることになった。

お互いに妹のよさを語り合い、お姉さんはどうやら俺の妹にも興味を持ったようだった。


「ほら、もしかしたらわたしの義理の妹になるかもしれないし?」


笑ってそう語ったお姉さん。顔自体は紅くなっていなかったものの、耳が紅くなっていた。


「なんで自分を辱めてまで、恥ずかしい発言するんですか」


「…だって、秋野くんも照れてくれるでしょ?それに意識してくれたら嬉しいし」


「もう十分意識してますから…勘弁してくれませんか?」


お姉さんの頬が熱を帯びてるのも分かったが、俺自身は相当体全体にきていた。上半身が自分でも分かるくらいに熱を帯びていて、今体温を測れば39度くらいはあると思う。


「…ほんとに意識してくれているみたいだし、この辺でやめておこうかな…。私もめちゃくちゃ恥ずかしかったし」




そう言って立ち上がり、先程買ったアイスを2人分持って戻ってきた。





その後、アイスを食べながらしばらく無言のまま時間が過ぎた。そんな中、お姉さんが弱々しい声でふと言葉を発した。



「私、お見合い結婚が嫌で逃げちゃってさ…親にも相手にも迷惑かけて、ほぼ勘当された状況なんだけど…」


急に重い話を話しだされた。さっきまでの俗に言うラブコメムードはなくなり、場の空気は一気に重くなった気がした。


「私、学生時代から恋愛なんてしたことなくて、お見合い結婚でもいいかな、なんて最初は思ってたの。それでも、直前になってやっぱり好きな人と結婚したいと思ってさ、でも逃げたことで失ったものとか一杯あるし、偶に後悔してたんだ」


お見合い結婚、最近だと数も減ってあまりピンと来ないかもしれない。どちらかというと出会い系サイトで、出会って結婚の方が印象強い気がする。

それよりも、お姉さんの衝撃の事実だ。親と実質縁が切られた状態、そのことを聞いて今いるマンションのことや生活に、何となく理解がいった。でももちろん、そんなことを口に出す気は一切起きない。ただ、お姉さんの言葉を受け止め続ける。


「それでも、可憐とは連絡とってて。可憐が中学の時は実家だから電話もかけにくかったけど、今は余程の事がなければ電話ができるし、会いにも行ける。それで、数年前と比べると、最近は精神的にも肉体的にも調子がよくなってきたんだ」


話は続く。どうやらお姉さんは心体が最近まで優れていなかったらしい。もしかして、家に入った時にみた処方箋…睡眠薬とかそういった類のものだったのだろうか。そんな中で生活を続けてきたお姉さんの根性は尊敬に値する。そして心の拠り所となる人が妹だけという状態は、さぞかしキツかったのではないか。


「そんなときにさ、可憐が秋野くんの話をするようになってさ。…楽しそうに話すから友だちの女の子かなって思ったんだけど、コンビニの店員で、男の人だって言うから、変なヤツじゃないだろうかって心配になったんだよね」


先程までのか細い声で儚げに話す姿から、今まで聞いてきたお姉さんの綺麗なソプラノボイスに戻って、笑い声が混じりながら話は続く。


「それで毎日のように話を聞けば、素敵な人だって言う可憐の言葉も理解できた。それで一安心したと思えば、家に連れ込んだりしたことや、明日は一緒に食事に行く衝撃の話が出てきたから、1回会ってみようと思ってさ…」


重い空気はしなくなった。お姉さんが今話す姿は、修学旅行の楽しかった思い出を語るかのようだった。


「そしたら、可憐の言う通り、素敵な人だった。可憐みたいな可愛い女の子と2人きりでも手は出さない紳士的な一面、料理もできる家庭的な一面…。それに私自身初めてみた可憐の表情を引き出していた。可憐の話で元々秋野くんに興味があったのはあるけど、その日に君のことが好きになったみたいでさ…」


我ながらびっくりしたと、あっけらかんに言葉を続けた。


「だから、まずは私にこんな気持ちを教えてくれてありがとう。今言ったことは、何となく知っていてほしいな…って、そう思ったから勢いで伝えちゃったけど、ちょっと重かったかな?」


こちらの様子を窺うように尋ねられた。


「その、なんて言葉を返せばいいのかわからないですけど…お姉さんのことを知れてよかったです。今の話を聞いて、お姉さんの根っこの強さだったり、可憐さんへの愛情だったり色々伝わってきて、お姉さんがとても素敵な人だと分かりましたから…。俺自身、この歳で恋愛をしたことがないので、お姉さんの経験を自分に当てはめて考えてしまいました。その、色々辛かったですよね…」


「…ありがとう、秋野くん。そう言ってもらえて嬉しい。私にとっての初恋は秋野くんだけど、秋野くんの初恋は誰になるんだろうね?私だったらいいんだけどなぁ…」


「…その、本当にすみません。すぐに応えられなくて…。でも、お姉さんの心の拠り所にはなりたいと思いました。同情とかじゃなくて、自分自身の意志でお姉さんを守りたいと…」


「ううん、いつか返事を聞かせてくれたらいいよ。それに、今の言葉だけで十分満足だよ…。ほら、私はこの歳での初恋だし、30歳を過ぎても待ってるから、なんなら40超えてもいいし、ゆっくり考えてほしいな」


こちらを急かすような真似をせず、待ってくれると優しいトーンで言ってくれた。

そんな優しさが身に染みるとともに、お姉さんにここまで言わせて、答えを出せない自分自身に情けなさを感じた。


「じゃあ気を取り直して、ゲームでもしない?最近全然出来てなかったから久々だなぁ」


その後、夜10時を過ぎるまでゲームに熱中していた。格闘ゲームやらレースゲームやら対戦ゲームに飽きるまで時間を費やしていた。一緒にゲームをしただけだけど、楽しそうにプレイするお姉さんの横顔を見て、何となくお姉さんの心の支えになれたのかと思うと嬉しかった。


何とか終電よりも前の時間で帰ることはできたのだが、別れのときに少し寂しそうにしていたお姉さんを見て、親族以外と初めてハグをしてしまった。

でも、体から離れた後、嬉しそうな、満足したような表情のお姉さんが見られてよかったと思う。




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