第22話 店員と客の姉の関係性

「すみません、秋野ですけど」


マンションの部屋番号を教えてもらっていたので、インターホンを鳴らす。同じ誤ちは繰り返さない。

可憐さん同様セキュリティ万全のマンションではあるのだが、それほど高級マンションという気はしなかった。


「あ、今開けるね。待ってるから上がってきて」


階数も10階建ての5階と、階段で上がっても大丈夫なくらいだった。

だが、楽をしようとエレベーターを使おうかと思ったが、7階で止まっていたのを見て、階段を選択する。


「いらっしゃい。入って入って」


「お、お邪魔します」


先日可憐さんのマンションで会った時は、プライベート感強めのゆったりとした私服でこそあったが、他人が見たところで特段なんとも思わない、気にならない姿だった。

しかし、今扉を開けて出てきたお姉さんの格好は寝間着であろうモコモコしたスウェット姿だった。クールな感じのお姉さんとのギャップ、そして、THE 恋人の特権と言ってもいい、女性の完全なプライベートの瞬間という姿を見て、充足感を得たような気になると同時に、少し恥ずかしく思えた。


「あんまり綺麗じゃないし、可憐のマンションより狭いけど」


そんなことを近距離で笑いながら言うお姉さんにドキッとした。距離も相まって鼻腔をくすぐる匂いを影響しているだろう。


「あ…本当に綺麗じゃないですね」


ドキッとしたのも束の間だった。部屋に散乱した服がまず視界に入ったと思うと、出前で頼んだであろう料理の容器がテーブルの上に積み上げられていた。他にも処方箋…?やらが目に飛び込んできた。


「そこまではっきり言わなくてもいいのに…。忙しくて寝て起きて食べるだけの毎日だからしょうがないでしょ」


そう告げるとそっぽを向いて、どこ吹く風と聞く耳を持たなさそうな雰囲気で、外を眺めていた。立ち姿だけならばクールなイメージを感じ取れるが、そのイメージは残念ながら崩れ去った。


「…片づけましょうか。捨てたら不味いものだけ保管してください。ゴミ袋どこにありますか」


「ごめんよ秋野くん…片づけ終わったらご飯奢るから」


「別に奢らなくても大丈夫ですよ。なんというか、お姉さんの生活が心配になりました」



それから2人で片づけをすること1時間。

完全なゴミはゴミ袋へ、貴重品や必要なものは保管だったり、テーブルの上に乗せたりして誤って捨てないように。溜まっている服は洗濯機へ。ただし、埃が被っているものは軽く埃を取って洗濯機へ投入。そんなことを繰り返しやって、最後に床を掃除機がけして、軽く水拭きも行い終了した。



「見違えるように綺麗になったね。秋野くんありがとう」


にっこりと微笑む姿は可憐さんを彷彿とさせた。実際は年齢ということを思えば、可憐さんがお姉さんを彷彿とさせるはずなのだが…。関係の長さという点で基準が可憐さんになってしまう。

ただ、そんな一部の姿からでも、やはり姉妹だと思わされる。


「いえ、どういたしまして。それよりお昼は食べられましたか?」



「秋野くんが来る直前に起きたから、まだ何も食べてないよ。何か食べたいものあったら注文するけど。それともどこかに食べに行く?」


「俺としてはお姉さんに今日呼ばれた理由を知れるのであれば、どちらでもいいんですが」


「あぁ…理由ね。秋野くんに会いたかったからだよ。…そうだね、鈍そうな秋野くんに分かりやすく伝えると、君のことが男性として結構気になってるから一緒にいてほしいってこと」


巫山戯た感じは一切なかった。真剣に俺の目をみて応えてくれた。しかし、あまり現実味がない。一瞬固まって、口を開く。


「…あの、本気ですか?」


「本気だよ。可憐の話を聞いてて性格よさそうなのは分かっていたことだし、実際に会って理解できた。それに、料理を含めて家事も十二分にできる年下の男の子…。秋野くん、君は私の理想の相手なんだよ」


「えぇと…どうしたらいいんでしょうか」


「笑えばいいと思うよ」


「いやそれは失礼なのでは」


そう言うとお姉さんは真剣な表情から一転して、笑いだした。俺じゃなくてお姉さんが笑うんですかとツッコミそうになった。


「いきなりだからびっくりしたよね。困らせるつもりはなかったんだけど」


お姉さんはごめんねと告げて、一旦この話は流れた。

ただ、未だに自分の心臓の音が聞こえる状態で、続けて聞いた言葉が頭にしっかり残らない緊張状態が続いていて、質問に対して無理矢理返答する。


「秋野くんもお昼食べてないだろうし、どうしようか」


「…自分でよければ作りましょうか?以前お姉さんが味噌汁を作ってとおっしゃってましたし」


「ふふっ…そうだねぇ…。ただし、残念ながら冷蔵庫に味噌がないの」


残念そうに笑って応じられた。その瞬間、少し緊張状態から抜け出した気がする。


「冷蔵庫開けて大丈夫ですか」


何となく嫌な予感がしたので、冷蔵庫を開ける許可をもらう。いいよと返答されたので、開いたところ水とお酒しか入ってなかった。


「…お姉さん、買い物行ってきます」


「あ、ちょっと待ってて。私も行くから」


そういうとお姉さんは、リビングから離れ、自室に入っていった。待つこと数分で私服姿のお姉さんが現れた。


「どう、似合う?」


シンプルなデザインのTシャツに、パンツというスタイルであり、可愛さを強調するような服ではない。ただ、似合うか似合わないかでいうと、クールな印象のお姉さんには、めちゃくちゃ似合っていた。


「似合いますね…」


「なんで照れてんの?」


あっけらかんに笑って手を取られた。

そしてそのまま部屋を飛び出る。手を引っ張られた状態で、玄関を出ようとしたため靴が上手く履けなかった。


それを見たお姉さんが配慮してくれたのか手を離してくれた。


「ごめん、靴履いた後に手を繋ぐべきだったね」


「…恥ずかしいので、靴を履いた後でも遠慮したいのですが」


自分の手から離れたお姉さんの手に視線が行く。細くて、長くて綺麗だなと思ってしまった。そして手が離れてから、妙に肌の温もりを意識してしまい、遠慮の言葉を言ったそばから残り惜しい気がしてしまった。


「何それ…秋野くんは可愛いな〜」


その後、手を繋がれることはなかったが、スーパーまで歩く最中、左目に映るお姉さんを意識してしまい、何を話したかあまり記憶に残っていない。



最寄りのスーパーに到着。

お姉さんは、可憐さんと違ってより一層庶民的な気がする。先程の片付けで気づいたのだが、はじめにコンビニの袋、誰もが1度は利用したことある飲食チェーン店の容器など、そして洋服も高級ブランドではなく、値段としては1000円〜5000円のものだと片付けの最中に教えられたからだ。


「あ、アイス買おうよ〜」


「それはいいんですけど…買いすぎじゃないですか」


そして今、籠一杯にアイスを詰め込んでいた。いつだか、可憐さんと一緒にいたときにも同じように籠一杯に詰め込む光景を見た気がする。やはり姉妹だという実感を再度催した。


「お姉さんって好きな料理あります?」


アイスで一杯になった籠を、カートの下段に乗せながら尋ねる。


「…」


腕を組んで悩まれること数十秒。いざその質問をされたら自分もパッと思いつかないので、仕方ないと思う。


「和食と洋食ならどっちがいいですか」


「うーん…和食かなぁ…」


「わかりました。魚とかの好き嫌いやアレルギーは大丈夫ですか」


パッと思いつくのは魚の煮付けやフライだが、煮付けってあまりやったことないんだよなぁ。味の濃さの好き嫌い問題もあるので、俺は比較的避けている料理だ。


「大丈夫だよ」


「あの、魚のフライで大丈夫ですかね」


「あぁ…私結構好きなんだよね。最近食べてないけど」


お姉さんからも良い反応を得られたので、魚のフライに決定する。流石に調味料やらは揃っていると思いたいのだが、念の為確認する。


「油とか調味料って家にあります?」


「ないね」


そんなに即答しなくても。むしろ即答したことによって、一切料理をしていないことを裏付けているように思えた。







「いやぁ…大丈夫?私も持とうか?」


片手にアイスで一杯の袋を2つ。ドライアイスやら氷も詰め込んでいるためなかなかの重量になった。そしてもう片方に油、調味料に食材やらを入れた袋を抱えていた。

そんな姿を見てお姉さんが声をかけてくれたのだが、最近は筋肉がついてきたせいかあまり負担には感じなかったので、やんわりと断る。


「秋野くん意外と力あるんだね」


「最近身体を鍛えるようにしてますから」


「女の子にモテるため?それなら私がいるからもう筋トレしなくていいのに」


シンプルに好意を伝えられると恥ずかしい。夏の暑さも相まって余計に体が熱くなる。


「…防衛の手段ですよ。何があるか分かりませんから」


「そっか…それならいつか私のことも守ってくれると嬉しいな」


微笑んでそう告げたお姉さんの顔は夏の日光に晒されていることを考慮しても赤くなっていた。もちろん、そんなことを言われて涼しい顔をしていられるはずもなく、俺の顔も赤くなっているとすぐに自覚できた。さっきから本当に熱くてたまらない。


「…お姉さんも恥ずかしいんだったらそんなこと言わないでいいんですよ?」



2人して熱中症なのかと言わんばかりに顔が紅くなっていた。

マンションに戻ったらまず水を飲みたい。いや、その前にこのアイスを食べて涼みたいところだ。



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