第20話 女性の胃袋をつかむコンビニ店員
「で、貴方が秋野くん?」
「はい。可憐さんには日頃からお世話になっております」
「あぁ…そんな畏まらないでいいよ。私が聞きたいのは可憐とどういう関係なのかってことだけだから」
可憐さんのマンションに戻り、部屋に入ると、可憐さんのお姉さんが出迎えてくれた。そして、促され腰を下ろし、緊張感を持ったまま会話が始まった。センター試験の1日目の、最初の試験前に感じたような、言葉では表しにくい、その場に実際にいないと分からないような緊張感だ。
そんな中でも第一印象は可憐さんのお姉さんというだけあって、やはり美人だというものだった。可憐さんと違ってミディアムヘアーだったが、よく似合っていた。むしろ、そのためか大人びた印象を感じた。
「もう…電話でも言ったけど、秋野さんは少し年上の友人だって…」
可憐さんってお姉さんの前だとこんな感じなのか。俺は会話こそ、緩い雰囲気でできるようになったが、こんな風に砕けた口調で話す姿は初めて見た。
「可憐はこう言ってるけど、実際のところどうなの?」
声のトーンこそ明るいものの、目が笑ってない。やましい関係ではないのだから、正直に話そう。
「可憐さんと同じように、少し年の離れた友人だと思っています」
怪しい関係だと疑われる筋合いはないので、お姉さんの目を見てはっきり応じる。目を見て改めて思ったけど、可憐さんと似てるな。ただ可憐さんよりも、全体的に大人びた感じがする。年齢の面もあるだろうが。
「やましい関係ではないと」
「そう思っております」
威圧されているわけではないものの、この場の空気はピリッとしていて、背筋に力が入る。
「ならいいよ。これからも可憐のことよろしくね」
そう告げると、可憐さんのベッドに飛び込んで眠りについたみたいだ。今までのピリッとしていた空気はどこへやら。俺は急展開に追いつけないみたいで、一瞬ただ無になったみたいだった。
「ごめんなさい、姉は結構変わった性格で。今みたいに真剣な時もあるんですけど、普段はだらしない感じで、そっちの方が素なので…」
寝息が聞こえてきた。そんなお姉さんを傍目に話が続く。
「でも、とても頼りになる姉なんです。昔、私が迷子になったときとか…他にも数え切れないほど助けてもらってて。さっきの秋野さんに質問したことだって、私のことを心配してくれたみたいで」
「そうだね、多分可憐さんのこと相当大事に思ってると思うよ」
俺自身、兄という立場の人間から言わせてもらうと、喧嘩したり面倒に思ったりしても妹のことは何だかんだで大切な存在なのだ。
「だからといって、毎日夜に電話をかけてくるのはどうかと思うんです。そろそろ妹離れしてほしいんですけど」
…流石に毎日電話かけてるとウチの妹は無視しそうだな。律儀に電話に出る可憐さんもお姉さんのこと好きなんだろうな。
「…素敵なお姉さんでいいじゃない。それに可憐さんだって、お姉さんのこと好きでしょ」
「まぁ…そうですけど」
眠るお姉さんに視線を向けて、布団を被せていた。夏といえど、体を冷やしたまま寝ると風邪を引いてしまうからな。
「でも、姉が人前でこんなだらしない姿を見せることってないので、多分秋野さんのこと信用してるんだと思います」
「…信用される要素あったかな」
「秋野さんの内から溢れ出るいい人オーラだと思います」
「…俺そんなオーラでてるかな」
なんというかあまり現実的ではない答えが返ってきた。オーラといえば、話しかけにくいオーラ…みたいなのはよく聞くけど、いい人オーラは俺にあるのだろうか。
「でてますよ。だから、あの時声をかけたんですから。私の直感は間違ってませんでした」
「あの時って、初めてコンビニに来た時?」
眠っているお姉さんを起こさないように、可憐さんも俺も声のボリュームに気をつけて話す。そのため、少し2人の距離が近づいた。
「はい。私人見知りなので…コンビニに入ったものの、全く分からなくて困ってたときに秋野さんと目が合って。多分、他の方だったら話しかけるのは無理だったと思うんですけど、なんとなく秋野さんなら大丈夫みたいな気がしたんです」
だから秋野さんにはいい人オーラがでてるんです、と自信を持って伝えられた。
「…そう言われたら、そうなのかな」
「はい!」
可憐さんは首を強く縦に振った。
年下の女の子に、こうも褒められるのは未だ慣れないが、以前のように受け流すことは無くなったのは、可憐さんのおかげなのかもしれない。
「とりあえず、これからもよろしくね」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
可憐さんが手を差し出してきたので、握り返す。肌と肌が触れ合うのは、そういえば初めてかもしれない。少し体に力が入った。
この握手は、これからも、2人の関係は途切れないことを意味してくれるのだろうか。
コンビニ店員とお客さんの関係性から始まり、もうすぐ3ヶ月。
その関係性以上の出来事のおかげで、友人へと昇華した。
今回、可憐さんのお姉さんからも認められたことで、より一層身を引き締めて、友人として今後も関わっていけたらいいなと思うのであった。
同じようなことを可憐さんも思ってくれたのか、粛然としたたたずまいに思える。
「…可憐、秋野くん、お姉さんお腹空いたんだけど」
場の空気感が一気に変わった。
お互い会話こそないものの何となく互いを理解し合っていた感じだったのだが、お姉さんの一声でそんな空気感も元に戻った。
「え、じゃあ今からご飯作るね」
「出前でいいよ。可憐の料理ってお米に塩かけるだけじゃない?」
お姉さんもそれを知ってたなら、もっと早くに料理を教えてあげてほしかった。
それを聞いた可憐さんは、心外な様子で言葉を発した。
「私だって……カレーが作れるんだからね」
どうやら今現在の自信料理はカレーらしい。あの時、他にも色々教えたのだが、今の可憐さんの発言。一呼吸、間を置いて出てきたカレーという言葉から、他の料理はまだマスターできていない可能性が感じられた。
「可憐がいつの間にかお嫁さんスキルを高めたなんて…もしかして私より先に結婚するのかなぁ…」
「まだ結婚なんて早いし…そもそも相手の問題が…。それにお姉ちゃんの方が私より魅力的だから大丈夫だよ」
「何言ってるの、可憐のほうが可愛いから」
姉妹ってこんな感じなのだろうか。比較的年が離れているからこそ、こんな距離感なのだろうか。仲が良くて微笑ましい光景だ。
「可憐さん、俺が作ろうか。その様子だとカレーばかり食べてない?せっかくなので、お姉さんのリクエストがあればお受けしますけど…」
「え…秋野さんが作ってくださるのは嬉しいんですけど…迷惑じゃないですか」
「全然。お姉さんには、友人と認めてもらったお礼ということで作らせてもらえるとありがたいんだけど」
「…ねぇ、秋野くん、私に毎日味噌汁を作ってくれない?」
「味噌汁を作ることはいいですけど、お姉さんの自宅を知らないので難しいですね」
もしかしてそういう家系なのか?料理ができない家系みたいな。お姉さんも、さっき出前でいいみたいなことを言ってたけど、実は料理ができないから、普段は外食や出前なのだろうか。だから、たまには手料理を食べたいみたいなことではなかろうか。…まぁ今思ったことは全部想像にすぎないが。
「じゃあ連絡先交換しようか。自宅の住所教えるから、明日からお願いしようかな」
「いや、え?…マジのやつですか」
「マジだよ。なんならウチに住んでもいいよ?」
「さっきまで話していたときの姿と比べると随分雰囲気が違いませんか…。あの、からかってますか?」
「どっちだと思う?」
「お、お姉ちゃん?冗談だよね…?」
「どっちだろうね〜。とりあえず…ハンバーグが食べたいな?」
俺と可憐さんの質問は、どっちつかずの返事で流された。とりあえずリクエストはもらったので、材料を買いに行くために席を立つ。
「ごめん、可憐さん。ちょっと買い物に行ってくるね。お姉さんも、すみません。少しの間出かけてきます」
「私の空腹のタイムリミットは1時間30分くらいあるから。急がず焦らず、事故には気をつけてね」
急いで買ってこいと言わず、優しい気遣いができるのは、やはり可憐さんの姉妹なのだと実感する。可憐さんも、こんなお姉さんがいたから優しい子に育ったのだろうか。
料理は、ハンバーグとサラダ、コーンスープを提供した。口にあったのか20分もしないうちに完食された。
ちなみに1時間30分で一通り買い出しから料理が終わった。まさかこれを見抜いていたのだろうか…。
「味噌汁だけじゃなくて朝昼夜、全食作って欲しいな」
そんなことを言われ、お姉さんからマジの連絡先を受け取ったが、明日から来いと言われた訳ではないし、本気なのか分からなかった。
こちらから連絡する勇気はないので、結局お姉さんの真意のほどはわからないまま可憐さんのマンションを立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます