第19話 コンビニに行くお嬢様はファミレスにも行く


「あ、今から降りますので、エントランスで待っててくださいますか」


可憐さんのマンションに到着。今回は、無事に部屋番号を覚えていたため、扉が開きエントランスに入ることが出来た。


可憐さんが降りてくるので、少々待つことになった。そんな待ち時間にふと頭に浮かんでくることは、「これってデートなのか」という疑問だ。

男女が2人で出かける=デート

という式が成り立つのか、これは人の価値観によって変わってくるものなのだが、俺はこれをデートだとは思っていない。現に、妹だったり梁池さんだったりと出かけてもデートだとは思っていないからだ。梁池さんはデートだと言ってからかってくるけど。ちなみに、出かけた先で、キスしたり手を握ったりするならばデートだと思うけど。それ以外はお出かけ、だと思っている。


ということで、今日のお出かけはデートではないと自分に納得させる。



「すみません、お待たせしました」


白いブラウスの上にピンクのカーディガン、膝を隠すようなフレアスカートという、シンプルでありながらも可愛さを強調する服装だった。

ただ、顔を見た瞬間、なんというか普段と少し雰囲気が違うように思えた。…少し化粧をしているのだろうか。可憐さんの通う学校は化粧が校則で禁止されているので初めて見た姿だ。

元々可愛い人が化粧するとさらに可愛くなるのか、と当たり前のようなことを実感した。


「いや、全然大丈夫。それじゃあ行こうか」


…なんかこの一連のやりとりが、デートだと定番のやつだなと感じてしまった。


「ここから歩いて数十分の場所です」


「それなら俺も行ったことある場所なのか…?」


「どうなんでしょう?秋野さんはこの辺はよく来られるんですか」


2人で目的地へ向かって、足を動かしながら口も動かす。

思えば全く意識せず会話が続くような関係性になっていた。これもコンビニで世間話をしている影響だろうか。それとも2人の距離が縮まったのか。


「この辺りなら大抵の店は知ってると思うけど。だからといって行ったことがあるかは別だけどね」


「それなら、秋野さんも行ったことあるかもしれないですね」


普段と同じように笑っている見知った横顔のはずなのに、化粧のせいか普段よりも魅力的に思えた。



「こちらです」


「こ、これは」


歩くこと数十分で無事到着したようだ。歩いて行く中で、見知ったラーメン屋や、カフェなどが並ぶ外観から、途中で何となく自分の知ってそうな店だなと察しがついたのだが。


そんな中、可憐さんが手で示したものは、ファミレスだった。しかも馴染み深いファミレスだった。昨日、もしかしたらこの店だったり…と思ったものだった。



「何とですね、店内に絵画があって…」


多分この前友人と初めて来たのだろう。楽しそうに店内の様子やメニューのことを語る可憐さん。なんというか、お嬢様学校の生徒でもファミレスに行くんだなと、このご時世に、平民だの貴族だのの身分差はないのかもしれないと感じさせられた。まぁ可憐さんがその筆頭としてコンビニでお昼ご飯買ってるわけだしなぁ。


「それじゃあ行きましょう。なんとですね、このお店、予約が必要ないんですよ」


衝撃の事実を告げるかのように語り出した可憐さんの様子を見て、なんというか「この店何回も来たことある」という雰囲気で接するのはつまらない気がした。


「へぇ、そうなんだ」


俺をエスコートしようとする可憐さんが面白くて、好奇心に負けた。

ということで、初めて来た人を演じることにした。


「はい、そうなんですよ。あ、もしかして秋野さん来たことないですか」


「…そうだね、初めてだよ」


「なんと、私が秋野さんより詳しい場所があるだなんて…驚きです。何でも聞いてくださいね」


嬉しそうに胸を張って、期待に応えようとする様をみて、こういった所は自分より幼い高校生なのかなと思った。それと同時にその姿を見守っていたいなと思えた。


「なんとですね、自分でお水を注いで持ってくるという斬新なお店なのですよ」


席に着くと、そんなことを言って俺の分の水まで持ってきてくれた。

ありがとうと一声かける。


「セルフサービスだね」


「これがファミレスの考えなのでしょうか」


そう言いながら席に座る。

手を顎に当て、考え込む仕草をとる可憐さん。変なことを気にするんだなぁ。


「店によると思うよ。店員さんを呼んで水を注いでもらうところもあるし」


「そうなんですね、やはり他のお店の話になると秋野さんには勝てませんね…」


さっきまでの勢いはどこへやら。肩を落として凹む姿に早変わり。

…なんだこの愛しい生き物は。猫の動画とか見てると感じられるあの感じを、料理よりも先に味わっていた。



「メニューはどうされますか」


「あぁ…可憐さんは?」


ふとよく頼んでいるメニューを挙げそうになったが、可憐さんに聞き返すことで防ぐ。


「私はこのパスタにします。秋野さんは遠慮なさらず注文してくださいね」


「じゃあ…このドリアとチキンでお願いします」


念のためメニューを開いて、指で示す。


「…美味しそうですね」


可憐さんさっきメニュー見てなかったっけ。サイドメニューには目をやらなかったのだろうか。興味深そうに眺めていた。多分1回来ただけなのだろうなと勝手に想像してしまった。


「俺の半分食べる?といっても可憐さんがお金出してくれるんだから、可憐さんが全部食べても大丈夫だけど」


そんなことを言って数秒。

ぐぅ…と向かい合った席の下から音が聞こえてきた。


「…半分いただきます」


お腹空いてたのかな。恥ずかしそうにして俯く可憐さんを横目に、呼び出しボタンを鳴らす。10秒ほどでやってきた店員さんに注文を伝えた。


「私が注文しようと思っていたんですけど…秋野さんの注文の仕方がスマートで、口を挟む暇すらなかったです」


注文している最中に、可憐さんの方を見たら口を開こうとして閉じていたので、注文したかったのだろうか。それは申し訳ないことをしたかもしれない。


「それは、ファミレスとかよく行くから。経験値の差ってやつかな」


「では、またファミレス行きましょうね。今度は私が完璧な注文をしてみせます」


「…注文に憧れでもあるの?」


注文についての信念でもあるのだろうか。


「いえ、たまには秋野さんに私のカッコイイ姿を見せたいなと思いまして…」


スマートな注文=カッコイイ

という考えが可憐さんの中にはあったらしい。

そして先程の俺の注文は、どうやらスマートな注文だったみたいだ。


「そっか。可憐さんはカッコイイというより可愛いから難しいんじゃないかな…」


「…そんなふうに言われると、悲しんでいいのか、喜んでいいのかわかりません」



…たしかに言ったそばから恥ずかしくなってきた。





「ちなみに、この後のご予定は?」


食事を終え、店を出てから声をかけられた。


「特になにもないけど」


「実は、マンションに姉が来てるんですけど…。その、普段から電話で秋野さんのことを話していたのですが、そうしたら秋野さんに会いたいとのことで…。もう少々お時間いただいてもいいですか?」


「え?」


まさかこれってピンチなのか。可憐さんが姉に、俺の何を話したのだろうか。もしかして、成人男性が女子高生の部屋に押し入ったり、一緒に食事したりしたことを伝えたのだろうか。伝えていたとしたら間違いなくそれが原因だと思う。

俺が姉の立場でそんな話を聞いたならば、男の身辺調査をやりそうだし、すぐ関係を切らせそうだな。実際に、俺の妹が、成人男性と仲良くしてたら怪しむのは間違いない。



もしかして、俺と可憐さんの関係って強制終了する可能性がある?


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