第17話 梅雨、コンビニの傘が最も売れる時期

現在、コンビニから見える外の景色は薄暗く、7時30分を過ぎた頃。日が昇る時間帯でありながら、未だ太陽は雲に包まれている。


6月、上半期の終わりの月であり、また梅雨の時期にあたる暦である。


何が言いたいかというと、梅雨だからコンビニに来店する客足は減ること、そしてそんな中でも常に足を運んでくれるお客さんがいることだ。

そのお客さんの中には、急な豪雨に見舞われてびしょ濡れだったり、小雨だから急いで出かけたものの、帰るときには服の色が顕著に変わっていたりという人も多い。


「ど、どうしましょう。傘を忘れてしまいました」


常連客の可憐さんは、梅雨でも足を運んでくれている。ただし、手に傘は運んでこなかったようだった。梅雨のお客さんあるあるのどちらにも当てはまりそうな可憐さんだった。


どうやら、可憐さんが家を出た時間は雨模様ではあったものの、雨は降っていなかったのだろう。

しかし、本日の降水確率は90パーセントである。そんな中、傘を持たずに登校という強気な行動を見せた可憐さんを、コンビニの外に広がる大粒の雨、すなわち豪雨が襲っていた。



「傘ならコンビニでも売ってるけど…はい、これ。俺の傘でよければ」


わざわざ500円分のビニール傘を購入してもらうのも気が引ける。全くの赤の他人に関しては、なんとも思わないが、仮にも友人だと思っている相手には対応も変わるものだ。


「え、いやいや。お借りするのは申し訳ないですし、買いますよ」


ビニール傘が置いてある店内奥へ向かおうとする可憐さんを引き止める。


「本当に大丈夫だから。むしろ俺の傘の方が頑丈だと思うし気にせず使ってほしい」


「…わかりました。では、遠慮なくお借りします。あの、この件につきましては、別日にお礼させていただきます」


「はい、どうぞ」


傘を渡してから、可憐さんの会計を行う。


「あ、今日の秋野さんの分のコロッケもお願いします」


会計時、今日も可憐さんが購入するコロッケは2個である。

以前可憐さんに料理を提供するために買った食品分の代金に、依然達していないがために、コロッケを1つずつ可憐さんから受け取っている。

コロッケの分割払いという、中々斬新な返済システムが俺と可憐さんの間では出来上がっているのだ。


「それでは行ってきます」


「行ってらっしゃい」


この挨拶も、気づけば毎日言うようになった。たった一言の言葉のやりとりが、胸をあたたかくする。

もし、可憐さんが「行ってきます」と言わなければ、俺から「行ってらっしゃい」と言うことになるのだろうか。可憐さんが必ず「行ってきます」と先に言うため、その答えは分からない。


「あれ、先輩可憐ちゃんに傘貸しちゃったんですか?どうするんです、びしょ濡れで帰るんですか」


今日、数日ぶりに同じシフトとなった梁池さんが声をかけてきた。隣のレジで接客中だったゆえに、可憐さんと話す暇は残念ながらなかったようだが、俺と可憐さんの話は聞いていたようだ。


「まぁ…そうなるな。たまにはそういう日があってもいいだろ」


水も滴るいい男という言葉があるように、たまには濡れて帰ってもいいかもしれない。ただし、水に濡れてもいい男ということであって、水に濡れたらいい男になるわけではないので俺には適用されない言葉だな。


「先輩のアホ。そういう時は私に「傘に入れてくれないか?」って言えばいいんですよ」


「いや、ほら、それって恥ずかしくない?」


「乙女ですか。私は恥ずかしくないですから、今日は一緒に帰りますよ」


「お、おう」


「いや〜相合傘ってやつですね」


こっちはそれを意識してるから借りるのを避けていたのに。言葉に出すんじゃないよ。


「濡れて帰る」


「冗談ですよ、からかってすみませーん」


いつも通り、俺をからかってニヤニヤしている梁池さんだったが、ほんの少し頬が紅く染まっていた。…普段よりチークを濃く塗っているのだろうか。

そんなことを聞くと、デリカシーがないと罵られそうなので、聞くことはできなかった。



「先輩、ほら傘に入ってください」


「いや、雨止んでるじゃん」


タイミングよく、雨があがっていた。太陽は未だ隠れて、黒く染った雲が上空を覆っていいるものの、小雨すら降ってていない変な天候だ。


「はぁ…」



なぜか落ち込んだようにため息をつかれた。俺の返しが間違っていたとでも言うのか。

そして傘を渋々といった表情で巻き付けて畳んでいた。


「とりあえず、止んでるうちに帰るぞ。ほら」


指で帰り道の先を指す。


「え?」


「どうした、帰らないの?」


「いえ…帰ります」


なぜか嬉しそうに、俺より先に歩き出した。落ち込んだり、喜んだり、ころころ変わる表情から、乙女心は秋の空というよりも、乙女心は梅雨の空という言葉がしっくりくる瞬間だった。


2人で水たまりを避けながら歩く。梁池さんの家は知らないが、「コンビニでバイトしてるんですから、コンビニの近くに住んでるに決まってるじゃないですか」と以前言われたので、多分歩いてすぐなのだろう。

俺は自転車で10分ほど、歩けば20分以上かかってしまう帰り道、10分以上歩けども梁池さんの家は見つからなかった。



「梁池さんの家って結構遠かったりするの?」


「え?先輩の家に行こうかと思って着いてきてるんですけど」


「は…?ウチに来るつもりなの?」


衝撃の事実が発覚した。

一応今は平日の朝なわけで。幸運なことにウチの母親が専業主婦ゆえに家にいるとはいえ、もし誰もいなかったら不味いやつじゃないか。


「そうですよ。じゃなきゃ雨降り出したら先輩びしょ濡れですよ?」


「あぁ、そういうこと」


梁池さんは意外と俺のことを気遣ってくれていたみたいだ。変なこと想像して申し訳…


「先輩勘違いしてました?いやらしいなぁ〜」


申し訳なくないな。この後輩はすぐこうやっていじってくるし。


「…」


「ちょっと、急に歩くスピード上げないでくださいよ〜」


「梁池さんが揶揄うからだ」


梅雨の日、湿度は高いし、空が晴れる日なんて滅多にないから気も滅入る。せっかく雨が止んでいたと思ったら急に降り出す、体にも心にも悪い時期かもしれない。


「あ、また降ってきちゃいましたね。…はい、どうぞ…入ってください」


「…お邪魔します」


ただ、誰かと一緒ならそんな時期でも楽しく過ごせるのかもしれない。

いざ、相合傘の瞬間となったら、2人して妙に小っ恥ずかしい気持ちになったのか、顔を下げて歩き出したものの、なんだかんだ口数は減らなかった。すると、徐々に顔も上がって会話も弾み出す。

今日、梁池さんに絡んできた面倒なお客さんの話を俺の家に着くまで聞かされた。





しかし、相合傘というのは、意外と万能ではないみたいで、2人して微妙に濡れてしまった。流石にそのままの状態で梁池さんをこれから30分ほどかけて、歩いて帰らせる気にはなれなかった。


「えっと…流石にシャワーとかは着替えがないから無理だから。俺のジャージ貸すだけで大丈夫?あ、俺のが嫌なら妹でもいいけど」


妹のはサイズ的に大丈夫だろうか。少しばかり妹の方が身長低いしなぁ。


「いえ!先輩ので大丈夫です…。あ、洗面所で着替えてから帰りますね」


俺のジャージを受け取って、梁池さんが洗面所に向かう。そういえば自宅に女の子を招くこと自体初めてかもしれない。

思春期男子みたいに、妙にソワソワしてしまった。


「じゃあ…また今度洗ってから返しますね。あ、ごめんなさい、先輩は私の着たジャージに顔を埋めるんですから、洗わない方がいいですかね」



「俺はそんな変態みたいな行動はしないからな」


相変わらずニヤニヤして俺を揶揄うことに飽きない様子だ。


「本当は送ってやりたいところだけど、気をつけて帰れよ」


「じゃあ送ってくださいよ。ほら、家にこれだけ傘があるんですから、大丈夫ですよね〜」


「…まぁ今日も講義昼からだからいいけどさぁ…」


なぜか合計すると1時間ほど、梁池さんと同じ道を歩くことになった。

さっきまで降っていた雨は止んでいた。傘を持っている時に限って、雨の降る気配こそあれども1ミリたりとも降らないという梅雨のあるあるを実感した。


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