第15話 早朝3人編成という初体験


「というかSSRの女の子が、なんでウチで働くことになってんだ?」


名前知らないからその呼び名でも仕方ないのか…?流石に名前を教えた方がいいのだろうか。


「お金のために、1日だけ働くことになったんだ」


「何それウケる。それなら俺がいくらでも貢ぐのに」


「お前のその姿勢は正直尊敬する」


貢ぐ相手が可憐さんでなければ、それだけで惚れてくれる女の子がいるかもしれない。男のステータスとして「金」という、金銭的な力は婚活市場では重要視されていると小耳に挟んだことがある。最低でも年収500万円というなかなか高いハードルが設置されているらしい。

だかしかし、忘れてはいけないのが、可憐さんはお嬢様であるという事だ。現金こそ持っていないが、いくら使えるのか分からないブラックカードを持っているのだ。貢がれたところで、気にもとめないのではなかろうか。


「はい、とりあえず5万円。これでデートしてくれないかな」


「お…お金…?デートをすればお金が手に入る…?交換条件を提示されたのだから、私が受け入れればお金が…」


錯乱した目に、今にも首を縦に振り、お札をその身に収めそうな可憐さんがいた。

まさかお嬢様であっても、カードしか持っていないと現ナマに目がくらむものだろうか。


「川上先輩、悪ふざけはやめてください。そういう財力でものを言わす男って正直引きます」


梁池さんの強烈な右ストレートが川上にヒットしたのか、渋々取り出したお札を財布に収めていた。それを見つめて少し残念そうにしている可憐さんが印象的だった。

可憐さんには今後現ナマに目がくらまないようになってもらいたいところである。


お金でものを言わせるわけではないが、梁池さんってよく俺に奢らせてるから財力は結構重視してるのではないかと思ったが、わざわざ蓋を開ける必要も無いので口は開かない。



「というか、先輩、神宮寺さんがこの時間にいることについて説明をいただいても?」


「あぁ、今日だけ5時から8時で可憐さんシフトに入るから。オーナーにも了承を得てて、お金がここに」


梁池さんに耳打ちで事情を伝える。


「じゃあ俺も残っとくから」


川上にも声が漏れていたらしく、シフト延長を希望してきた。


「お前、このあとデートなんだろ。ほら、早く女の子とイチャイチャしてこい」


「秋野の当たりが強い」


「冗談だ。残ってもいいけど、勤務時間オーバーでオーナーから怒られるんじゃないか」


「やっぱり帰る…」


以前、勤務超過によって多く稼いでいた川上はオーナーから、シフト時間を超えるなと雷を落とされていた。俺としてはサボっている人よりはマシなのだが、人件費削減も必要だからどちらの考え方も理解できる。

むしろブラックなところなら、超過分払わないだろうし、何だかんだホワイトな職場ではあると思う。最近は俺平日毎朝入ってるけど。


「梁池さん、俺1人じゃ無理なときもあると思うから、悪いけど可憐さんのサポートよろしく」


「えぇ、わかりました。よろしくね、神宮寺さん」


「は、はい。よろしくお願いします」


2人は初めて会って以降、所謂「よっ友」に近い関係性になっている。

可憐さんが店に入れば、視線を合わせて会釈するのだが、特に会話はないという感じだ。


別に、仲良くする必要はないのだが、梁池さんは俺と可憐さんが何か話した後に、内容を聞きにくるので、どうせならば2人が話せる関係性になればと思う。多分、俺に詰め寄ってくるってことは、本当は可憐さんと話したいということだろうし。

それにだ、可憐さんの人見知りの範囲から、梁池さんは外れたと思うので、話すこと自体は問題ないと思う。だが、可憐さんが自分から話す話題を見つけるのが難しそうに思うので梁池さんが何か話題を提供するのがスムーズに事が進むのではと思える。


「神宮寺さんは、何でここで働くことに?」


「えっと、秋野さんにお金を差し上げるためです」


「は?」


こんなことになるのであれば、俺から2人に話をふればよかった。

今日2度目の誤解を招くことになるくらいなら、話をふるくらいの労力を惜しまなかったのに。


梁池さんの視線が突き刺さる。目が合わないように顔を背けたにもかかわらず、目が後ろについているかのように、梁池さんの目と俺の目が合っている気がする。


「で、先輩、それはどういうことなんですかね」


肩を掴まれた。振り返るしかない。


「あ、あのっ…秋野さんに精算してもらった料金分のお金を返したくて…ですが現金を持っていなかったもので、今回アルバイトで現金を頂いて、秋野さんに差し上げるつもりだったんですけど…」


梁池さんのオーラに怯えながらも、言葉を紡ぎだす可憐さん。可憐さんの言葉を聞き終えると同時に、梁池さんも反応する。


「神宮寺さんっていい子だねぇ…。先輩にお金を借りたくらいで返す必要ないですよ。むしろ喜んで貸してくれますよ、ねっ先輩」


可憐さんに対してのフォローは完璧だと言えるが、俺へのフォローが間違っているぞ。


「喜んで貸してるわけではないけどね?むしろ返そうという気概を見せてくれる可憐さんに対して、梁池さんは一向に返す気配がないんだよなぁ…」


「だから、お礼として先輩をご飯に誘ってるんじゃないですか」


「その支払い俺持ちじゃん」


「はぁ…あぁ言えばこう言うんですから」


「…2人ともずるいです。私も2人と仲良くお話したいです」


俺と梁池さんのやり合いを聞いて、嫉妬したかのように話を遮ってきた。上目遣いで話す様に思わずドキッとしてしまう。


「何この可愛い子…。頭撫でていい?」


梁池さんもやっと可憐さんの可愛さに気づいたか。そして頭を撫で回す梁池さん。可憐さんをペットか何かだと思ってるのか。


「3人とも、俺あがるからな?」


完全に忘れ去られていた川上は5時になったので帰っていった。


「で、バーコードを通したら、このボタンを押して…現金以外はこのボタンで…」


「はい」


そういえば、俺と梁池さんがこのコンビニに入って以降、新人が入っていないので人に教えるのは初めての経験だ。


「コロッケとかはここのボタンを押すと出てくるから、その中で頼まれたのを押してね。あとこっちがドリンクで…」


「あ、秋野さん達ってこんな大変なお仕事をされていたんですね…間違えずにできるでしょうか」


「俺と梁池さんがフォローするから大丈夫だよ。ね、梁池さん?」


「そうですよー可憐ちゃんは私が守る」


キリッと恥ずかしい決めゼリフを口に出した梁池さん。呼び方も神宮寺さんから、可憐ちゃんと気さくな呼び方に変化した。完全に可憐さんのことを気に入ったみたいだ。これならば、梁池さんもしっかり可憐さんのサポートをしてくれるだろう。








「オプション5ミリ」


「??」


流石にアルバイトを初めて数分でタバコを覚えろ、というのは喫煙者でもない限り無理な話である。どこからどう見ても高校生くらいの女の子に対して、番号で言わない客に落ち度があると思う。

可憐さんが「謎の暗号でしょうか」と言わんばかりに、おどおどした様子でこちらに視線を送ってきた。


「オプション5ミリですねー」


そう復唱してから、タバコを手に取り、可憐さんに渡す。


「「ありがとうございました」」


「一体何の暗号だったんですか!秋野さんはお客さんと暗号でやりとりができるんですか!私も秋野さんと暗号でやりとりしてみたいです!」


どうやら少し興奮した様子で話しかけてきた。


「タバコのことだよ。タバコのことは俺か梁池さんがフォローするから、可憐さんはレジだけ気にしてくれれば大丈夫だから」


「でも、先程の秋野さんの姿かっこよかったです。私もあんな風に、サッと行動してできる店員さんになりたいです…」


「俺も最初は可憐さんみたいに、何の暗号だよって思ってたから。慣れないことには難しいかな」


「そうなんですね…」


少し落ち込んだように肩を落とした。1日しかしないアルバイトなのに、この真摯に取り組む姿勢は俺も見習わなければならない。可憐さんって妥協とかしたくないタイプなのだろうか。


「先輩、私と交代です。次の可憐ちゃんのサポートは私の番です」


可憐さんのサポートは、謎の交代制が採用されていたみたいだ。というか、普段は俺に絡んでくる梁池さんが、可憐さんにお熱みたいで少し寂しかったりする。ほら、俺の友だちって川上と梁池さんと可憐さんくらいしかいないから。…少なすぎて泣きそう。でも、量より質っていうから。




「あれ?君新人?よかったらここに連絡ちょうだい」


可憐さんに絡むお客が1人。…よく来る男性客だ、俺もかなりの頻度で見ている。


「はい、私が受け取っておきますね〜」


梁池さんが可憐さんの代わりに受け取った。今こっちはレジしてるからサポートは頼んだ。


「君この前も連絡先渡したのに全然連絡ないじゃん」


「通信制限かかっちゃって〜連絡したくてもできないんですよ〜」


あ、梁池さんイライラしてるな。流石に数ヶ月一緒に働いていたら声のちょっとした変化でも分かるようになる。逆に、妙に笑顔だったり声が明るかったりするときもイライラしてる場合が多い。


何とか並んでいたお客さんはいなくなったので、俺も隣のレジに向かう。


「この子達とお話したいのであれば、また別の場所で声をかけてもらっていいですかね。ウチはキャバクラじゃないんですよ」


そう言いながら、防犯ブザーを客に見せびらかす。


「…」


それを見た男性客は、仕方ないように出ていった。諦めてくれる相手でよかった。正直詰め寄られてたならば勝てる気がしなかった。筋トレも始めて間がないし。

ただ、何とか場は収まったようでよかった。


「先輩、何勝手に私の案を採用してるんですか!著作権発生しました。使用料ください」


はい、と片手を差し出し、金をよこせと店内で従業員による強盗が発生した。

防犯ブザーを鳴らすなら今じゃないかと思いながらも、こんなお巫山戯で押すようなものではないので梁池さんの説得にあたる。


「ほら、今度またご飯奢るから」


「ならばよしとしましょう」


君、本当に財力に物を言わせる男が嫌いなの?俺、たった今めちゃくちゃ財力で物を言わせたんだけど。


「2人とも私のこと忘れてないですか…?」


「忘れてないよ。可憐ちゃんも、先輩と一緒にご飯行こうね〜」


軽く抱きしめて頭を撫で回される可憐さん。

見る人が見れば様々なインスピレーションが湧いてきそうな光景だった。

ただし、俺にインスピレーションは湧かなかったが何となくその光景の視聴料金として、ご飯を奢ることに決めた。



「360円です。はい、140円のお返しです。ありがとうございました」


その後特段問題は発生せず、恙無く時間が経過する。可憐さんもレジに慣れたようで無難にこなしていく。

ただ、お釣りを渡す時に、片手をお客さんの手に添えるのは辞めてほしいところだ。現に、今の男性客の顔が紅くなっていることを確認した。

最悪のケースとして、変態なお客さんなら握り返して来そうなので、俺と梁池さんは目を見張りながら、可憐さんの様子を見守っていた。完全に保護者であった。




時刻は7時30分。

可憐さんの初アルバイト終了まで30分を切った。


「秋野さん…これってどうすれば…」


「あぁ、バーコード通して、ボタン押してもらって…で、印鑑を押して切り取って渡せば大丈夫」


最後に公共料金の支払いという初見殺しが発生した。可憐さんのマンションって多分親御さんが支払いしてるんだろうな。公共料金のレジでクレジットカードは使えないし。


「うぅ…秋野さんと梁池さんって何でもできるんですね。本当に恐れいりました」


「いや、慣れれば皆できることだから。ねぇ梁池さん」


「そうそう。可憐ちゃんって物覚えよかったし、明日には…って明日はもういないのか。またいつかするときには、きっと完璧にできてるよ!」


初体験の出来事に何度か落ち込んだ様子が見られた。多少のアクシデントはあったものの無事、可憐さんの初めての店員としてのコンビニ侵入が終わる直前。


可憐さんのレジでコロッケが購入された。


「秋野さん、コロッケが…」


それが最後のコロッケだったみたいだ。


「あ、最後にコロッケ揚げてみる?ちょうど無くなっちゃったし、今作れば、可憐さん揚げたてのコロッケ食べられるし」


「え?いいんですか!」


どうやら、今日は喜怒哀楽の変化が激しいコンビニバイトになった。

可憐さんのことで悩み、喜び、楽しみ、…でも怒りに関することはなかったな。喜哀楽?



コロッケを揚げ終わると同時に時間を迎えた。



「今日はありがとうございました。ご迷惑をおかけしましたが、お二人のお陰でとても楽しかったです」


深々と頭を下げられた。

楽しかったと言ってもらえるとこちらとしても嬉しい。俺もアルバイトを楽しめたのは初めて数日の時だけだったから、久々に楽しい時間だった。


「私たちこそ楽しかったよ、ねぇ先輩。またいつでもアルバイトに入ってくれていいからね」


可憐さんはこの後学校に行かなければならないので、長々と話すことはできない。


「はい、これ今日のアルバイト代」


とりあえず、オーナーから預かっていた現金を渡す。


「…ありがとうございます!」


流石に現金を持ったことがない、とは思えないが、初めて自分の力で稼いだお金に興奮している様子だった。


「えっとこれだけ秋野さんに…」


「いや、いいよ。可憐さん現金持ってないんだから、何か必要になるときまで取っておいて」


「はい…わかりました。それなら別の方法でお返ししますね」


そう言って、バックヤードから出た可憐さんは急いでおにぎりの棚へ向かい、3つ手に取る。



「いつものください。あ、コロッケは3つでお願いします」


さっきまでは同僚だったのが、今度は店員と客の関係に。やっぱりこっちがしっくりくるな。そしてコロッケ=いつもの、という言葉にも安心感が得られた。


「はい、ありがとうございます。梁池さんコロッケ3つお願い」


会計は、現金ではなく、見慣れたカードだった。これもしっくりきた。


「今日はありがとうございました。ひとまずお一つずつお礼としてお渡しします。秋野さんには、これから毎日コロッケでお礼させていただきますね」


まさかコロッケでお返しするだなんて思わず、口から声が漏れてしまった。可憐さんは何故笑うのかと言わんばかりに、きょとんとしていた。


コロッケ美味しいから別にいいんだけど、発想が斜め上だった。てっきり、プレゼントだったり、お出かけの誘いだったりを想像するものではないのか。


ただ、それって可憐さんがこれからもこの店に来てくれることを表すのであって、これからも2人の関係性が続くことを示しているのではないか。

それを思うと、ほっと安堵すると同時に再度笑みが零れた。





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