第14話 肉まんとあんまんの勘違い


時刻はAM3時。目覚ましは4時にセットしたはずなのに、全く眠れず、瞼を閉じても定期的に目が覚め続ける状態が続いていた。そして気がつけばこんな時間になっていたので、眠ることは諦め、布団から出る。


こんなとき、喫煙者ならばタバコを吸って気持ちを落ち着けるのだろうが、残念ながら非喫煙者の俺にはそういった手段がない。成人したときに吸ってみようと思ったが、200種類以上の中から選ぶのも面倒に思えたのを思い出す。

そんなわけで、動画投稿サイトを開き、落ち着く音楽、癒しの音楽などと検索して聞き流してみるがあまり集中できなかった。そもそもそういった類の音楽を聞くのに、集中して聞こうとしている時点でダメなのかもしれない。


となれば体を動かすしかない。

以前から防犯対策の一環として始めた、筋トレをする。腕立て、腹筋、背筋、スクワット…メニューを繰り返して行うことで気を紛らわす。


30分ほどがたっただろうか、

運動したことで、息も程よく上がり、代謝もよくなり頭も回り出した。また、硬くなっていた力が抜けたせいか冷静になった。


…昨日から今まで考えてきたことって、あくまで俺のエゴに過ぎない。

可憐さんのことを思って考えていたのではなく、全部俺に都合が悪いから悩んでしまっていたのだ。可憐さんが俺と店員と客の関係を、友人としての関係を、店員と店員の関係を「嫌」と明確に意思表示をしたことなどない。むしろ可憐さんはそれらを望んでいたのではないか。

つまり、俺が勝手に可憐さんの気持ちを考えないで悩んでいただけだ。


「ただ仲良くすればいいだけだろ…」


なんでこんなにも単純明快な解に気づけなかったのだろうか。大学の試験でもそうじゃないか。誰もが間違えなさそうな単純な問題でも、見落としがあれば間違えるものであり、単純な問題こそ気をつけて解く。


可憐さんのことは、単純な問題と一緒だ。その人のことが好きならば気にせず仲良くすればいいだけに過ぎなかったのだ。

こんなことに気づけなかった、こればかりは友人が少ないという、この問いに対するディスアドバンテージを呪うしかないかもしれない。


今どき幼稚園や保育園で習うようなことをやっと理解した瞬間、コンビニに向かうのが俄然楽しみになってきた。



水を飲んでから家を出る。時計は見ずに家を出てしまったため、結構早く着くかもしれない。でもそれでいい。家でじっとして、時間を潰すよりも、コンビニで可憐さんを待っている時間の方が楽しそうだから。





「おはようございます、お疲れ様です」


「おー秋野早くね?時計見間違えたか」


夜勤の川上が俺に気づき声をかけてきた。


「なんとなく早く来たい気分だったんだ」


「なんだそれ、ウケるな。夜勤の残りの時間出るか?後40分弱あるけど」


「え、そんな早く着いたのか」


時計を見ずに家を出たものの、流石に早く着きすぎたかもしれない。コンビニの時計に目をやると、4時20分を回ったくらいを示していた。


「というか出てくれると助かるんだけど。高橋さん、用事のこと忘れてたらしくて、2時過ぎには上がったから1人なんだよ」


夜勤メンバーの高橋さん52歳。副業で夜勤バイトをしているので、多分本業の方で何かあったのだろう。


「それなら連絡くれればよかったのに、俺起きてたし」


変なことで悩んでしまい、さっきまで眠りにもならない、ただ瞼を閉じるだけの行為をしていたからとは言えない。特に川上の前で可憐さんの話をすると憤怒される恐れがある。


「普通寝てるだろ。なんで起きてたんだよ」


「ちょっとばかり今後について考えてた」


「お前が?まぁもう3年だしインターンとか就活とかあるから仕方ないか」


…ごめんそのことについては全く頭になかった。4年の直前から始める、それくらいの意識の低さなのだ。

こいつ普段は女の話ばかりだが、そういったところは結構しっかりしているのだ。意外とこういう男が、大企業に就職するものだろうか。


流石に川上に1人で働き続けさせるのは可哀想なので、時間より早いが出勤登録を行いバックヤードを出る。




「川上は友人関係で悩んだことあるか?」


先程まで俺が悩んでいたことを聞いてみる。男女関係なく友だち多いし、あまりそういうことはなさそうだが。


「あー結構あるな」


「あるの?意外だった」


「お前俺に偏見持ってないか」


川上は心外そうに肩を落とした。普段の感じだとそういう悩みはなさそうだから仕方ないだろう。


「ほら、俺友だち多いじゃん?」


「なんだ嫌味か?」


「違うっつーの…。俺としては友だちは見た目より性格で選んでるつもりなんだけど…。ほら、俺ってモテるじゃん?だから可愛い子たちからよく詰め寄られるんだけど…」


「御託はいいから本題へ入れ」


…嫉妬じゃない。これは嫉妬なんかじゃない。


「で、そういう可愛い子たちに限って、俺がお前と仲良くしてる姿見ると「なんであんな暗そうなやつと仲良くしてんの?」みたいなことをよく聞かれるわけよ。でもさ、それに対して「俺の友達を侮辱してんの?」とか言うと、雰囲気は悪くなるし、かと言って話を合わせて、その子たちみたいにお前のことを悪くいうわけにはいかないだろ?」



…そうか、川上にもいろいろあるんだな。というか1つツッコミたい。


「俺がお前の友だちから悪口言われてるなんて情報聞きたくなかった…」


「俺はお前の悪口言ってないからな。とりあえず聞き流して、それ以降は避けるようにしたから。はぁ、顔はよかったのに性格がなぁー…」


「お前…実は合コンの話聞いてると、顔でしか女を選ばないのかと思ってたけど…もしかして冗談だったのか?」


「もちろん顔を最重視してるぞ」


「さっきの話でちょっと尊敬したのが馬鹿だった」


俺の言葉を聞いて軽く笑って、川上は話を続ける。


「結局その子たちの連絡先とか消してるし、気にすんな。それに俺は秋野のこと好きだからこうやって今も仲良くしてるんだ。安心しろ、一生仲良くするつもりだ」


「…俺もお前のこと結構好きだよ」


こいつならいつかいい人に出会えるだろう。そんなことを思うと同時に、男同士の友情を深めあっていた瞬間のことだった。


店内に流れるBGMに意識をやらなければ、閑静であった店内に、来店音が鳴り響いていたことを思い出した。しまった、お客さんに小っ恥ずかしい話を聞かれていたかもしれない。


そんなことを思っていると、何かがストンと落ちる音が聞こえた。


俺と川上がそちらに顔を向けると、悲しそうな顔をした可憐さんと、複雑そうな顔をした梁池さんが立っていた。


「…先輩達ってそういう関係で?」


「「誤解だ」」


川上と声が被ったせいか、さらに誤解を招くことになった。


誤解を招くことになったのだが、川上が今日はこの後、女の子にデートに誘われているらしく、その話をすることで、俺たち2人が付き合っているという疑いは晴らされた。

ただし、川上のデートの話を聞いた俺は憤怒した。



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