第13話 最近の弁当が属性過多の衝撃
「いつものください」
「1個で大丈夫?」
「やっぱり今日は2個食べます」
あの日を境に可憐さんに対してタメ口で話すようになった。他のお客さんが多いときは視線が気になるので、俺自身、丁寧な口調を心がけている。それについて可憐さんにジト目で突っ込まれたが、何とか了承を得ることができた。一方で、今日みたいに店内に人が少ないときは、こんな感じで接客している。
あの日の翌日、フランクな口調で「おはよう、コロッケ1つでいい?」と聞いたら、蕾が開くように、段々と笑みが溢れていく可憐さんをみて、こちらまで笑いが漏れてしまった。それを見た可憐さんがなんで笑うんですか、と口を膨らませる姿が怒っているようだが、可愛かったのでまた笑ってしまい、怒られるという堂々巡りがあった。
「実はですね、私お金を稼ぎたいんです」
「…急にどうしたの」
何か家庭の問題ないが、はたまた危ないことに手を染めようとしているのか。現役の女子高生が突然この言葉を口にしたら、親は黙ってないだろうな。ただ可憐さんに限って、流石にそれはないか。
「秋野さんに以前支払ってもらった食材の料金をまだ返せてないですから」
「全然気にしなくていいのに」
よかった、そんなことか。お嬢様のはずなのに義理堅いというかお金に細かいという、庶民的な感性を持っているという一面を、ちょっとしたやりとりで知ることになった。そんな一面を知ることができることに喜びを感じる。庶民的な感性といえばだが、コンビニに毎日のように来るお嬢様は全国探しても可憐さんしかいないと思う。
「借りたものはしっかり返すべきです。でも、私にはこれしかないですし…」
そう言ってしょんぼりしながら、仕方がないように取り出したブラックカードで今日の「いつもの」支払いを終わらせる可憐さん。
まぁ、支払い手段がそれしかないっていうのは庶民的というよりも富裕層だなって思うが。庶民的な店だと、最近はクレジットカード決済可能な店も増えてきたが、未だに現金しか使えない店も残ってるしな。
「どうせならここで働く?人が足りないし、食料分のお金なら1日だけで足りると思うし、学校行く時間の直前までとか」
ふと口から言葉が漏れてしまった。
お客さんを店員側に引き込む店員ってなかなかレアケースだな。そして、言葉に出してから、しまったと思った。
「その、秋野さんがいる時間帯じゃないと無理です」
やはり人見知りという点は、出会った当初から変わらないようだ。働くことに関しては、前向きなのか、働く前提での答えが返ってきた。そんな答えのなかで、俺のいる時間がいい、と頼られるのは非常に嬉しいので、口が止まらなくなってしまった。
「それなら、ウチのオーナーに伝えておくよ。多分OKだと思うけど…いつなら入れそう?」
「えっと、秋野さんがいるから明日でお願いします」
最近平日は毎日シフトに入っていることを話したのを覚えていたのだろうか。地味に嬉しい。さらに、言葉が湧き水のように溢れ出した。
「朝5時から8時と朝6時から8時、どっちがいい?」
「5時からがいいです」
「わかった。それじゃあ明日の5時前くらいにコンビニに来てね」
「はい!」
そういうと今日も可憐さんは会釈して、手を振ってから店を出ていった。
ということで、可憐さんがウチでアルバイトをすることになったのだが、1つ問題がある。
…結局可憐さんの好意的な言葉に対して、自分の溢れ出る言葉に防波堤は見つからず、大洪水となってしまったみたいだ。大洪水と例えてしまうと、語弊があるかもしれないが、1つの問題が、ちょっとした災難という点ではそうかもしれない。
人が足りないからただレジにいてくれるだけでも嬉しいし、可憐さん自体には、人として好意的な気持ちしかないので変な人が入るより嬉しい。だが、たった1日とはいえ、店員と客の関係が崩れることになってしまう、これが俺にとって1つの災難なのである。友人…と言ってもいいのだろうか。可憐さんから、以前俺に対して「友人」と言ってくれたと思うので友人でいいだろう。
とにかく、そんな関係性になったからこそ、また新たな関係性が出来てしまうのも困るというか。
最近、可憐さんとの関係性が分からなくなってきている。タメ口という追い風も加わったこともあり、会話をしていても、店員として接しているのか、友人として接しているのか分からないのだ。初めは俺が自分勝手に土足で踏み込んでいったものの、それを可憐さんは靴の汚れを気にせず、むしろ自分までも土足になるような女性だったのが、今こうして悩ませている原因なのかもしれない。可憐さんに責任は全くないのだが。
この話だけ聞けばたいした問題ではないと思う人が多いかもしれない。別に、友人として接すればいいんじゃない?店員と客の関係で割り切ってタメ口で話す客、くらいに思えば?と考える人も多いだろう。
ただ、そう割り切れない原因として、俺って可憐さんのこと好きなのでは、という疑惑が、パンケーキの気泡のようにぷつぷつ浮き上がってくることを挙げたい。
恋愛経験がない俺にとっては、好きなのかよくわからないし、そもそも好きな相手にどのように接したらいいか分からないし、パニックになってコロッケじゃなくてメンチカツを袋に入れるかもしれない。そしてソースをつけ忘れるかもしれない。
つまり、店員と客の関係、友人の関係に加えて、店員と店員の関係まで加わったならば、俺の容量の少ない人間関係スペックが故障してしまう。
俺の友だちといえるような人って、今は川上と梁池さんと可憐さんくらいなものだから。
明日のアルバイトに関しては、かなり嫌だが、川上にシフト変わってもらいたいくらいだ。しかし、それだと可憐さんに「秋野さんに避けられたのかな」と感じさせ、俺も避けたことによる罪悪感で、2人して気まずい思いをすることになりそうだ。ついでに可憐さんが川上から迷惑を被ることになりそうだ。
…覚悟を決めて明日出勤するしかないようだ。ありがたいことに、明日のシフトは梁池さんもいるので、やばそうになったら梁池さんを盾に…ではなく、梁池さんと可憐さん2人の仲を深めてもらおう。
…なんでこんな馬鹿みたいな考え事してるんだ俺は。
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