第11話 ホットスナックよりも煮込んだおでんの関係性
時刻は朝の7時を迎えていた。
出勤前のお客さんが多くなってくる時間帯だ。
梁池さんと2人でお客さんを捌いていく。
「すみませーん」
だか、ここでアクシンデントが発生してしまう。
「高齢者のお呼び出しイベント」だ。
コピーやファックスのやり方を教えてくれ、と声をかけてくるのは、お客さんが少ない時間ならば問題ないのだが、これだけ並ばれているときにレジを抜け出すのは死活問題なのだ。
レジ待ちのお客さんからの痛い視線を浴び、時と場合によっては罵倒を浴びることになる。
…ごめんおじいさん、5分ほどお待ちください。
無事お客さんがレジからいなくなってからおじいさんのもとへ向かう。
「すみません、お待たせしま…」
多分待ち時間を消費しようとしたのだろう。雑誌を立ち読みしていた。普通の雑誌ならよかったのに、なぜエロ本を読んでしまったのか。
「これをこうしてですね…大きさはこれと一緒ですか?これで大丈夫ですよ」
おじいさん側の顔の表情は微動だにせず、俺の見間違えかと思わせるくらい堂々として立ち姿で、雑誌を棚に戻し、コピー機の方へ向いていた。
いや、普通は気まずくならないか?なぜそんなにも堂々とできるのか。俺は間違ってない。そんなことを思いながらレジへ戻る。
「いやー、あんなに並ばれてる時に呼ばれるのは困りますよね〜」
梁池さんがうんうんと頷きながら話しかけてきた。梁池さんならあのおじいさんが読んでいた雑誌を見てどんな対応をするんだろうか。
「そういえば、エロ本買うお客さんのレジってしたことある?」
「え、またセクハラですか?次は通報しますよ」
怪訝そうな顔をした梁池さんに気づき、一瞬で脳がフル回転して言葉を吐き出す。
「いや、待て変な意図はなかった。誤解だ」
誤解を解くために、今あった一部始終を抜け目なく話す。
「なるほど、でもやっぱりセクハラです」
残念ながらセクハラ認定を受けてしまった。あと1回でサイレンが近場に鳴り響くことになりそうだ。梁池さんの顔も3度までという諺があるからな。
「情状酌量の余地はあると思うんだ」
「…まぁ同性だったから堂々としてたんじゃないですか。多分私なら慌てるか、開き直ってセクハラするかのどっちかでしょうし」
「そのときは通報するのか?」
「これを鳴らします」
ニヤリと笑って、ポケットから従業員専用の防犯ブザーを取り出して見せてきた。
「それは警備会社に連絡がいくからやめてあげて」
まさかこんなことで呼び出すことになったら、警備会社の方に頭を下げる必要がでてきてしまう。ついでに、警備会社の人が次呼ばれた時は、めちゃくちゃ時間かけてやってきそう。
「冗談です。そのときは先輩を呼びます」
軽く笑って呼び出しボタンの代わりに俺を選択するとのことだった。
「まぁ…それならセーフか。というかそういう一悶着で呼んだ場合、俺に仲介手数料を払ってもらうからな」
「普段お金のことは気にしないのに、そういうときはお金の話するんですか?!」
「お金の話だしたら、俺に頼まないだろ」
「卑怯です、姑息です。ほら、女の子のピンチですよ、普通無料で助けますよね」
そんな俺を下げなくてもいいじゃないか。冗談なんだけどな。
「怖そうな人が相手なら無理」
これは本当である。いかにもやられそうな相手に立ち向かえるかといわれたら、首を簡単に縦には触れない。
「なら鍛えてくださいよ、マッチョになって威圧してください。髪も金髪にして耳たぶなくなるくらいピアス開けてください。ついでに耳化膿してください」
「鍛えるのと金髪は理解できるが、耳たぶなくなるまでピアス開けさせるのは、嫌がらせじゃないか。それと最後」
なかなか酷いご意見を頂いた。
お客さんからじゃなく、店員から罵詈雑言を浴びせさせられることになってしまった。
まぁ馬鹿みたいな話はこれくらいで終わりにしておこうか。
「冗談だよ。嫌そうなら助けるよ」
「…最初からそう言ってください。意気地無し先輩」
なぜか嬉しそうな顔をしていたので、とりあえずよしとしよう。
今日からちょっとくらい体鍛えておくか。自分自身の防犯対策としてもだが、セクハラというよりも、強盗が入ったときやピンチの時に、せめてこの後輩1人くらい守ってあげたいしな。
「そういえば今日大学何限目から行くんですか?」
「3限目からだな。その後もう一コマあるけど」
「じゃあ一緒に行きません?この後9時過ぎて開店するお店で、モーニングセットが美味しいから、絶対に行きたいんですけど〜…」
「…奢ればいいのか」
「きゃー先輩愛してるー」
そんな流れるような棒読みで言うくらいなら言わないでほしい。その割に顔は嬉しそうにして可愛らしいのがやるせない。
ほら、ちょうど来店音が鳴ったからお客さんに聞かれたり、顔を見られたりしたら誤解されるじゃないか。
しかし、扉が開き来店音が聞こえたと思ったら、ストンと何かが床に落ちる音がしたので、首を回して視線を向ける。
「え…」
まるで、お客さんの商品を入れ忘れたのに気づいたときの、絶望感を彷彿とさせるかのような表情で、可憐さんが立っていた。
「いらっしゃいませー」
梁池さんにとってはただのお客さんなので、気にすることもなく挨拶していた。顔を見たならばちょっとは気にするだろうが、顔を見ずに挨拶していたので仕方ない。
「じゃあ特別にお昼は私が奢ってあげますよ」
梁池さんは今来た客である可憐さんのことを気にせずに、先程のモーニングの話から、ランチの話に移っていた。
「奢ると言っても大学の1番安いうどん250円だろう?」
「特別に天ぷらをつけてあげます」
「350円って、モーニングセットと比較して割に合わないな。いや、別にいいんだけど」
「…そもそも、私と一緒に朝も昼も過ごせることを光栄に思ってください。実質1万以上の価値が…いやプライスレスだと思うんですよ」
「こっちから頼んだわけではないぞ」
「もう〜先輩ったら照れちゃって〜」
先程の表情からは動いたが、今度は固まった状態の可憐さんを置き去りにして、会話を続ける梁池さん。
正直俺の口の中はからっからに干からびていた。別に可憐さんと付き合っているわけでもないのに、そんなに絶望的な顔をされるとなぜか申し訳ない気になっていた。
まぁ例として、Kさんにとって比較的仲のいい友人Aが自分の知らない人Bと仲良く話してたら、同性、異性に関係なく複雑な気持ちになるのは分かる。ただし、これって友だちが少ない人に限るという自分の実体験から思い出していた。
Aさんは本当はKさんとも話したいんだけど、今Bさんとしている会話を切るのも失礼だから、結局Kさんが置いてきぼりになってしまうのだ。
「…秋野さん、その…隣の女性の方は…」
流石に可憐さんとしても、梁池さんのことが気になったのか、それとも俺と話したかったのか…これは自意識過剰な気がするが、梁池さんと俺の会話を遮り、絞り出すような声を出した。
「大学の後輩です」
「?知り合いですか〜?」
可憐さんの質問に答えていたら、横から梁池さんが入り込んできた。
「はっ、その制服…超お嬢様高校のじゃないですか!え、なんですか先輩の知り合いにお嬢様がいたなんて聞いてないですよ!」
横から割り込みがでたせいか、話が長引きそうになった気がした。というか今2人の質問に答えなくてはいけない状態になるのは、面倒なので、機転を利かせてササッとこちらから答えておく。
「こちら最近よく来てくれるお客さんの神宮寺さん、で、こっちが俺の後輩の梁池さん」
どうも、と2人して微妙な距離感のまま挨拶を交わしていた。
ひとまず2人の紹介はしたのだから大丈夫だろう。梁池さんからの質問があった場合に関しては、朝食を食べる店や大学での時間がたっぷりあるからひとまず後回しだ。
そして可憐さんのほうへ目をやると、こちらを凝視しながらも、器用におにぎりを手に取っていた。最近の高校生はマルチタスクが得意なのだろうか。
「お願いします」
少し拗ねたような雰囲気に加えて、普段より言葉に力強さを感じた。
「ありがとうございます。コロッケも買われますか?」
「…今日は全部ください。無性にお腹が空いたので2つほどあちらで食べます」
そんなにお腹が空いていたのか。高校生なら男女関係なくそんなものだろうか。
「朝から食欲旺盛ですね」
「秋野さんのせいです」
食欲の秋野っていうことか、今の季節は夏に近い春だけど。というつまらない冗談を言える雰囲気ではなかった。
「何か問題がありましたか?」
「…私と話すときはあんなに楽しそうじゃないです。それに先程…その、あ、愛してる…などと梁池さんがおっしゃってましたし…」
「可憐さんと話すのも楽しいですよ。梁池さんは大学もバイト先も一緒だからあまり気を使わなくていいといいますか…。それと愛してるっていうのは梁池さんの冗談ですよ、彼女には気になる人がいるみたいですし」
俺の説明にやや不服そうな表情をしながらこちらを見続ける可憐さん。あまりしてほしくない表情かもしれないが、そんな初めて見る表情が少し嬉しくて胸が高鳴った。
「…じゃあ私にももっと気を使わずに話してください。…梁池さんと差をつけないでください」
なんだろう、たまに読むラブコメ作品のめんどくさい系女が言ってそうな言葉で、読んでいると面倒な女だと感じる台詞だった。でも、可憐さんから言われると全くそんな気がしない。むしろドキっとした。
「は、はい。わかりました」
「その敬語もやめてください。私のほうが歳下ですし、社会経験も未熟ですし、何度も助けてもらってますし」
さらなる追撃がきた。この発言も言葉に力が入っていて完全に気おくれしてしまった。
「えぇと、わかったよ」
この状態の可憐さんの前ではイエスマンに成り下がるしかなかった。もともと、店員は客に対して、基本的にイエスマンだからそんなに変わらないのか。
「はい、それでいいんです」
ご満悦な表情の可憐さんをみて、また少し胸が高鳴り鼓動が早まった気がした。
ついでに顔が熱くなった。熱いフライヤーの機材の近くにいなかったので、これは残念ながら、前みたいにそのせいにはできなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます