第10話 店員と店員
スマホでセットした目覚ましの音で目が覚める。
ゴールデンウィークも終わり、また今日から普通の一日が始まる。
そもそもゴールデンウィークで何かあったかというと特に何もなかった。強いて言うならば、可憐さんの家でカレーなどを作ったくらいだが、それが俺にとっては一大イベントだと言っても問題ないが、世間一般的にはそう言うことに差し支えありそうではないか。
ゴールデンウィークといえば、旅行といった遠出のイメージがあると思うが、うちの家族は、家族旅行に行きたい、というような人間ではないし、むしろ家でだらだらして惰眠を貪って癒しを得たい人たちなので、家族旅行などは10年ほど行ってない気がする。
そんな俺にとっての一大イベントである、カレーイベントの話に戻るのだが、たった一つ発生したそのイベントで会って以降、可憐さんとは会っていない。
可憐さんが、休日にコンビニに来ないから、というよりも、俺のシフトが休みだったことが原因ではある。アルバイトの高校生がゴールデンウィークに稼ぎたいというのでシフトを譲ったためである。そこまでしてお金が必要なわけではないので問題ない。
ちなみに可憐さんの食生活は、お米に塩をかけるだけから、スーパーで買ってきたレトルト食品と簡単な料理のレシピを教えたことによって無事改善された思う。
そういえば、お金といえばなのだが、あの日、マンションから帰る際に購入してきた商品のお金を払うと言われたの。しかし、可憐さんはカードしか持ち合わせていなかった。これで、と支払い感覚で気軽にカードを渡してきたのだが、流石にカードを受け取るわけにもいかず、いつか返してもらえればと告げて帰ったことを思い出した。
いつだか、可憐さんに奢って貰ったのだから、それを返したにすぎないので、あまり気にしないでもらいたいところだ。
そしてそれ以降は何もなかったゴールデンウィークのことを思い出し、ただ寝ることによって英気を養いつつ、現在、平日の早朝に身支度をしていた。
時刻は4時30分。眠気覚ましにコーヒー…ではなく緑茶を飲んでから家を出る。少し早いかもしれないが、たまにはそういう日があってもいいかもしれない。
「おはようございまーす」
4時45分、コンビニに到着し、バックヤードに入る。夜勤の2人が雑誌の納品作業をしていた。
「おはようございます。先輩早いですね〜」
「いや、
その直後バックヤードに入ってきた後輩が1人。彼女は
「今日こそ先輩より早く着いたかと思ったんですけどね〜」
「今日ばっかりは普段より早く家を出ちゃったからな」
互いに服を着替え、といっても私服の上にユニフォームを着るだけなのですぐに終わり、出勤登録をしてからレジに出る。
5月とはいえ、この時間帯はまだ肌寒いこともあって、ホット商品が意外に売れるので補充の確認をし、ついでに機材の点検を済ませる。
時刻は5時になった。
「「お疲れ様です」」
夜勤の2人が帰ったため、レジ内は俺と梁池さんの2人になった。
「ゴールデンウィークも明けたので、今日からまた大学ですよーめんどーです」
「ゴールデンウィーク明けって結構サボる人多くなるけど、そういう人たちって単位落とすから気をつけなよ」
「わかりましたよ、ちゃんと行きまーす」
梁池さんは染めた髪色からも窺えるのだが、見た目こそ軽そうでやんちゃな感じである。性格の面に関しては、誰とでも仲良く接することができる、所謂対人関係強者である。そのため、少しばかりやんちゃな人との交友関係もあるのだが、善悪の一線は越えないのが梁池さんだ。例えばだが、俺の言うこと、もちろん他の人の言うこともだけど、ちゃんと受け止めることができる。そして、自分で善悪の判断をして行動できる根は真面目で慎重な後輩だ。実際に、ヤバそうなサークルは回避して、サークルには入らなかったり、二股三股しているような男子を見極める目に自信があるらしい。
ただし、楽な講義はどれか、どれがレポートと出席点のやつか、と俺から知っている情報を全て聞き出す、先輩を有効活用する抜け目ない後輩ではあるが。
「先輩ってゴールデンウィークどこか行きました?私は家で寝てました!」
てっきり仲のいい友だちと遊びに行ったりするものかと思っていたが、意外と引きこもることに抵抗ないタイプなのだろうか。休みの日は家から出て遊ばないと死んじゃう、みたいな活力が溢れ出してる人もたまにいるからな。
「俺も同じかな。初日だけバイトにでてから、あとは寝てたし」
「女とですか」
「いきなりぶっ込んできたよこの後輩。寝るのは1人でな」
「いやいや…先輩もいい歳なんですから。コレいないんですか〜」
指でコレよ示して、にたにたと嫌な笑いをしながら話を進める梁池さんだが、あいにくそんな相手はいないので、こちらから話を切り返す。
「そういう梁池さんこそコレはいないの?」
「先輩?それセクハラですからね」
無事切り殺された。切れ味抜群の名刀ヤナチマルでスパッといかれた。
平等とはなにかをSNSで訴えたくなる瞬間だった。
「まぁ相手はいないですけど、気になる人ならいますよ」
今しがた発生したセクハラ問題は無事に水に流されたみたいだ。
そして質問の答えも返ってきた。
「そうなんだ」
だが、ここでまた変な発言をして、気に触るようなことがあれば、これから約4時間のシフトで気まずい思いをしなければならない。それだけは避けるために無難に受け流すしかない。
「…興味ないんですね」
「興味もったら、私のこと好きなんですか〜、とか言って揶揄うつもりだろ」
「まぁ正解ですけど!」
流石先輩だ〜、と言いながら肩を軽く叩かれた。そういうボディタッチは異性にはあまりしてはならないということを以前にも伝えたのだが、人は選んでるので大丈夫、と答えが返ってきた。それに対して、言われて悪い気はしなかったので口を閉じたら、目元を細くし、口もとを抑えた梁池さんが「ちょろ…」と呟いたのを聞いて1時間ほど口を聞かなかったこともあった。
客足が増えてきたので、私語の時間は慎み、接客に集中する。ここに来てすぐは、まだ眠気も残っていたが、梁池さんとの会話が眠気覚ましにもなったので感謝したい。
「はぁ…先輩これいります?」
そう言って差し出してきたのはメモ用紙だった。
「なんだこれ?」
「今出ていったお客さんの連絡先だそうです。連絡待ってるとのことですよ、早く連絡してあげてください」
「連絡するのは俺じゃなくて梁池さんだと思うけど」
川上に続いて、梁池さんもこういうことが多い。コンビニ店員と、客と店員以上の関係になりたがる客がうちの店舗は多すぎる気がする。まぁ2人とも顔がいいからしょうがないのだろうか。そんな2人と一緒にいるせいで、俺の顔が霞んで、連絡先を渡す人がいないのだと、見苦しく足掻いてみる。
「まぁこんなことで警察に通報できるわけでもないですし、ぽいっ」
個人情報をあっさりゴミ箱に捨てた梁池さん。せめてちぎってから捨てるとかしなよ、と思ったが、あっさり振られたお客さんにも、脈がないのに連絡先を渡したという問題行為があると考えた。その結果、俺の考えは、無事両成敗ということに収まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます