第8話 客が帰ってから入れ忘れに気づいたときの絶望感


「このマンションです」


歩くこと数十分で、目的地可憐さんのマンションに到着。

歩くのをやめたせいか、ほんのりと汗がたれてきた。徐々に気温も上がりだしている時間帯だ。


鍵を使ってマンションの入口を開ける可憐さん、そして中にいる警備員をみつけた。その2つからこのマンションのセキュリティは万全なのだろうなと感じた。普通の高校生が一人暮らしでこんなところに住めるわけがないので、やはりお嬢様ってすごい。本人はお嬢様と呼ばれるのは好きではないらしいが。


「乗ってください」


エレベーターの扉の開くボタンを押しっぱなしにしている可憐さんをみてすぐに駆け込む。エレベーターの中で2人きりになり、少し緊張してしまうが、何事もなく可憐さんの住む階まであがり、部屋に着いた。


しかし、マンションに入ってから部屋に着くまでの道中が長すぎた。

まずはエレベーターである。エレベーターが上がりだしてから時間がかかるなぁ…なんて思いながら扉の上に表示されていた階に視線がいった。そこで目が捉えたのは15階、16階と数字が増えていく最中の姿だった。結果的に止まったのは23階。エレベーターが開いて、目に映る景色は、数少ない高いビルやマンションといった建築物があるものの、ほとんどが空で囲まれていた。


そんなこんなでようやく部屋に到着したのだが、そういえば俺って女の子の部屋にあがるの初めてだよなとエレベーターに続いて緊張してしまい、そろりそろりと廊下に足をつけながら進む。しかしなんか強盗っぽいなと思い、すぐに普通に足をつけて歩き直す。


「荷物はここで大丈夫ですよ、運んでいただきありがとうございます」


「いえ、どういたしまして。とりあえずおにぎりとコロッケです。可憐さん、今から食べられますよね」


時刻は9時20分になろうとしていた。

朝食の時間としては、平日ならば遅めかもしれないが、今日は休日であるのだから比較的早い時間だといえるだろう。


「はい。普段は学校でコロッケを食べるので冷めてしまっていたのですが、今日はまだあたたかいです」


コロッケの購入自体は8時頃であったが、すぐに帰るわけではなかったので、取り置きし、機材の中に入れていたのであたたかさが保たれていた。


「どうせならあたたかいうちに召し上がってください。その間に、少し買い物をしてきます」


「…?わかりました」


可憐さんは頭にはてなマークを浮かべていたが、頷いてくれたので、スーパーへ向かうことにした。さっきの話だとご飯は炊いているみたいだし…どうせならば一晩寝かせたカレーを食べてもらうために、今日作っておきたい。

そういえば、自転車で学校近くまで送った時には送迎係かと思ったが、今度は調理係みたいだな。なんというかお嬢様に仕える執事的なポジションなのか俺は。

人に尽くすようなことはしてこなかった俺が珍しく、人に尽くすことが苦ではないとは。可憐さんのために何かしたいと思うなんてなぁ…俺って恋愛とかしたら貢いだ挙げ句に捨てられそうなタイプな気がする。お金に執着している訳でもないのがそれを後押ししそうだ。


そんなことを思っているうちにエレベーターが1階に降りきった。





それからやや歩幅を大きくして歩き、一旦コンビニに戻る。移動手段である自転車のもとへ。

そして自転車に跨り、スーパーへ。

まだ10時前ということもあり、人もそれほど多くないみたいだ。それならば、素早く買い物を済ませよう。



「人参、じゃがいも、玉ねぎ…そういえば牛肉と豚肉どっちがいいんだろうな…」


まずは第一目的のカレーの材料を手に取る。そういえばレトルトカレーをコンビニで買ってしまったので、カレーのルウを購入しておかなければ。


あとは多分可憐さん、野菜不足だろうし、サラダ作るか。ということで野菜もかごの中へ。野菜単体で食べるのもどうかと思うし、ドレッシングもいるだろうか。


俺は実家から大学に通っているため、一人暮らしではない。それなのに、まるで一人暮らしかをしているかのように献立を考えて買い物している。

まぁ自分のために献立を考えているわけではないのが、変な感じだ。



買い物に意外と時間がかかっただろうか。時計をみると20分ほどが経っていた。そんなに時間は経ってないか、そう思いながらスーパーを出る。


そして再度自転車を漕ぎ出す。マンションの駐輪場って使っていいのだろうか。セキュリティ万全なマンションに謎の自転車があったら即刻撤去されそうだな。


自転車で進んでいた進行方向を変え、コンビニに向かう。安全策をとることにした。5万の自転車だし、買って2年の比較的新しいやつだし、撤去されるのは避けたい。お金に執着するのではなく、物に執着してるな。


コンビニに自転車を置き、再度歩くこと10分ほど、可憐さんの歩くペースに配慮する必要がないことや、早く戻ろうと思い、歩くペースを早めたこともあり、やや早く到着した。

マンションの入口に到着したときにふと思った。

あれ…そういえばどうやってこのマンションに入ればいいんだ?


セキュリティ万全なマンションに入ろうとする際、居住者でなければ部屋のインターホンをエントランスから鳴らす。そして許可がでたら、マンションに入ることができるのだ。


俺は可憐さんの部屋の階数は覚えているし、部屋がどこに位置しているかも覚えたのだが、あいにく部屋番号を覚えていなかった。


これ、マンション入れなくない?

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