第3話 すれ違い
淡いピンク色のリボンを纏った箱を前に、私は大きな溜息を零した。
これは最近特に忙しくなった彼女の常套手段だ。中身が何なのかは開けなくても察しがつく。
陽(はる)は今朝も一人で朝食を食べると身支度を済ませて電車で通勤した。
あの時、憧れから始まったこの恋は、すでに熟し過ぎて枝から落ちそうになっている気がする。
付き合い始めて半年は良かった。公私ともに充実感があり、成長も感じられて毎日がキラキラしていた。
しかし、そこからだ。一方の仕事が忙しくなり会うことはおろかメッセージ交換も少なくなった。
今では用事がなければメッセージを送らないし、相手がどこで何をしていようと気にならなくなっている。
もう私が荷物を持ち出せば、二人の関係はきれいに解消するだろう。
そんな私に対して時々荷物が届く。綺麗にラッピングされた箱を開けると中身はいつもワインだ。
いったいどういうつもりなのか興味を覚えるが聞くつもりはない。封を開けて中身を確認すると箱へ戻して冷暗所にしまう。こんな箱が十を超えていた。
ある日、会社近くの駅で不動産屋の広告を見ていたら、希望にかなう物件があった。予算内で間取りも場所も良さそうだ。さっそくお店に入り、週末に内覧させていただく申し込みをした。
お店を出た後、胸が少しだけ痛んだ。どうやらまだ少しだけ好きらしい。
でもきっと引っ越してしまえばそれもなくなるだろう。
明かりの付いていない誰もいない部屋へ帰る。ここには二人の思い出が残っていてつらい。
見たくないものを見ずに済むようシャワーを浴びにいった。
ピロン、スマホが鳴った。
『ワイン飲んだ?』
『飲んでませんよ』
『今度帰るよ』
なんて書こうか……
『わかりました』
彼女が帰ってくる。いったい何ヵ月ぶりだ。私は嬉しいのか?それとも腹立たしいのか?
今さらなんだ。引っ越しを伝えるのにちょうどいいか?
真琴が許せない?許せる?
数日後
「ただいまー」
真琴が陽気に帰って来た。
「お帰りなさい」
はるはどうにか声をひねり出した。
「もう、これで行かないよ。長期出張はおしまい。嬉しい?」
「真琴さん、私、引っ越そうと思って……」
「そっか、もう無理って感じかな」
「はい……」
「わかったよ。残念だけど仕方がないね。手伝うことある?」
「たぶん大丈夫です」
「そっか。あっ今日からソファーで寝るよ」
「はい、ありがとうございます」
「ねえ はる、何がいけなかったのかな」
その一言を聞いた途端、今まで我慢していた涙が滝のようにこぼれ落ちた。
はるは思った。まだ真琴が好きなんだと。でも真琴のはるに対する思いは薄らいでいるだろう。
そんな人と一緒にいるのはつらい。耐えられない。
はるは泣きながら真琴を見上げた。すると真琴が抱き締めてくれた。
「まこと…… まこと……」
「なあに、はる」
「私のこと…… 私のこと……」
「はる、好きだよ」
「ほんとぉ……ほったらかしだったのに」
「ワイン、送ってたでしょ。あれは行った先々ではるの事を想いながら選んでラッピングして贈っていたんだよ。これから一緒に飲もう」
「真琴、ごめんなさい」
「はる、いいよ。また、一緒にドライブに行こう!」
(4話につづく)
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