第2話 はる、ドライブに行こう! 後編
「どうする、家まで送ろうか?」
「適当にしますん、大丈夫れす、今日はありがとうございました」
「大丈夫な感じが全然しないんだけど、家はどこ?」
口当たりの良いサングリアにやられたのか、私はすっかり酔っぱらっていた。今どこにいてこれからどうしたら良いのかなど、まったく考えていない。ただ頭の中がぐるぐるして動悸がバクバクと激しく、ぐわんぐわんと音がするだけだった。そしていつの間にか寝入ってしまっていた。
翌朝、何となく誰かに頬を撫でられているようなくすぐったい感覚で、私は目覚めた。目を開けると彼女の素敵な笑顔が待っていた。
「おはよう、起きたね」
あたっ!頭が痛い。気持ち悪い。なにここ?私どうしたの?開けた目をつむる。
頭がガンガンと痛くて何も考えられない。
すると柔らかいものが手に触れてきた。その柔らかいものに手が包まれた。
なんだこれ、とても気持ちが休まる。痛みも和らいでいくようだ。
「陽、ゆうべは飲み過ぎたね」
あなたは誰?
「お水、持ってこようか?」
私はこくんと頷いた。すると手を包んでいた柔らかいものが離れていった。
「陽、お水だよ。ストローだから口にくわえて」
あぁ、まるでお母さんだ。嬉しい。久しぶりに甘える。自然と涙があふれた。
ストローの水を飲み干すと人心地ついた。私はふたたび眠りに落ちていった。
次に目を覚ますと頭痛は消えていた。しっかり目が開いた私は初めて知らない家のベッドに寝ていることに気付いた。きっとここは藤澤さんの家だとそう思った。しかし部屋の中に彼女は居なかった。ベッドから出ようとして驚いた。身に着けているものが下着だけだった。羞恥から全身がカーッと熱くなった。服はどこかと見回すとハンガーに一式が掛けられていた。それを取ろうと起き上がると同時に彼女が戻ってきた。「キャッ」、また素の反応をしてしまった。それを見た彼女はクスリと笑うと「夕べ全部見たよ」と言って、私をからかった。
「頭痛いのは治った?気分はどう?」
「おかげさまで治りました。今何時ですか?」
「ん、午後の二時だよ」
「そんな時間!」
「ごめんなさい、もうお暇(いとま)しますね」
「大丈夫、今日は土曜日だから。まだ居ていいよ。治まったならシャワーを浴びておいで。陽」
私はピクリと反応した。いつから下の名前で呼ばれるようになったのだろう。夕べのことは最初の頃しか覚えていない。
「陽、どうしたの?」
「あの、なぜ陽って?」
「昨日、自分で言ったんだよ。陽って呼べって。その代わり私も真琴でいいんだよ」
なるほど、確かに酔っぱらったら言ったかも知れない。それにしても夕べは何を話したのだろう。失言をしていないかとても気になる。
「そうだったんですね、覚えていなくて。あのタオルお借りしてもいいですか」
「もちろんだよ、シャンプーとかは浴室の中にあるから自由に使ってね。メガネは持っているの?」
「いえ、でも部屋の様子ぐらいは見えるので大丈夫です」
「そっか、じゃあタオルはこれ使って」
「はい、それと少しの間、向こうを向いていてもらえますか」
「いいじゃない同性なんだから」
「でも恥ずかしくて」
彼女は黙って後ろを向いてくれた。その背中にお礼を言うと私は入浴しに行った。
「陽(はる)」
「なんですか」
「素敵な名前だよね」
「はい、気に入っています。両親がつけてくれました」
「陽、明日は何か用事があるの?」
「いえ、特にはありません。どうかしましたか」
「じゃあ、今日も泊まっていきなよ。夕べのこと話してあげる」
うっ、確かに聞いてみたい。でも二泊もするのはいかがなものかと思う。着るものもないしなぁ。すると彼女が私の心を読んだかようにこう言った。
「お互いに一人暮らし同士なんだから何泊しようと関係ないし、着るものなら貸すから大丈夫だよ」
「真琴さんて他人を泊め慣れているんですか?」
「ん、そんなことは無いけど、陽となら着るものも融通出来そうだしいいかなって」
ちょっとはぐらかされたような返事だが、そう言えば知りたいことがあった。
「真琴さんて、彼氏はいないんですか?」
「おっ、そんな質問するんだね。いないよ」
こんなに美人なのに!
「好きな人はいないんですか」
「気になっている人はいるよ」
「それならその人のために時間を使ってくださいよ」
「うん、そうだね。でも今日明日で急に何か出来る訳でもないでしょ」
まぁそのとおりなのかもしれないが、恋愛経験に乏しい私にはよく分からない。でもお腹が空いてきたことは分かった。今日は朝食と昼食を食べていない。時間はすでに夕刻だった。
「お腹空きませんか」
「そうだね、一緒に買いに行く?」
「ええ」
「ブラウスもキャミも貸すよ。ストッキングもあるしさ」
「ありがとうございます。お借りします」
二人は真琴の運転で大きめなショッピングセンターへ行った。陽はそこで下着などを買い、それから食材を買うと真琴の家に戻った。
真琴の部屋は1LDKだった。寝室のほかにリビングがあり、ダイニングキッチンがある。食材を冷蔵庫へしまうとリビングでスイーツを食べた。これで空腹はしのげた。それから服を部屋着に着替えると洗濯機を借りて洗濯をした。
「ねえ、陽。あなたは彼氏とかいないの?」
いつの間にか真琴さんが後ろに来ていた。
「はい、いませんね」
「好きな人は?」
「いませんよ」
「今まで付き合った人は?」
「それ聞いちゃいますか、残念ながらいませんよ」
「そっか」そう言うと、真琴さんは私の手を引いてリビングに戻った。後ろ姿ながらなぜかその背中は少し喜んでいるように見えた。
今は夜の九時。不覚にも私は酔っぱらっていた。なぜか真琴さんといると心地よくて開放的な気分になる。
「あなたは私の憧れなんですから!」
そしていつの間にか本音を口走っていた。まぁ酔っ払いのたわ言程度にしか受け止められていないようだったが、でも真琴さんは好意的に解釈してくれたようだ。
「陽、あなた私のことが好きなの?」
「はい!もちろんです!どこまででも付いて行きます!」
「あなた体育会系だよね」
「はい!真琴さんは私の憧れです!」
「じゃあ、キスして」
「わかりました!」そう言って首に手を回すと頬に強くキスをした。
「だめ、そんなんじゃ」真琴さんはそう言うと私の唇に強くキスをした。
私は何がなんだか分からなかったが、これはいけない事だと思い唇を引きはがした。
「真琴さん、僭越(せんえつ)ながら今のはいけない事だと思います!」
「どうして?私のこと好きなんでしょ?」
頭の中から電線がショートするような弾ける音が聞こえた。「どうして?」って好きでも同性同士は駄目でしょ。でも今は同性パートナーもいる時代だから、私には感情的に無理ってこと?相手は真琴さんなのに?
そんな私の反芻(はんすう)など知る由もない真琴さんはふたたび私を抱き寄せるとキスするかのように顔を近づけてきた。
「顔、背けないの?」
「真琴さん、やめてください。駄目です」
「好き同士なのに駄目なの」
そんな理屈言われても、怖いよ!これを受け入れたらどうなっちゃうの?
「怖いんです…」
「優しくするよ♪」
「そういうんじゃなくて、真琴さんのこと嫌いになりたくないです」
「ごめん、もう止まれないんだよね」
真琴さんはそう言うと私の目をのぞき込み、視線を捉えると優しく唇を重ねてきた。
駄目だ、気持ちいい。何も考えられなくなりそうで、流されそうな自分が怖い。自然とまぶたが重くなり、真琴さんの温もりだけが感じられた。
「はる」
「なんですか真琴さん」
ダイニングテーブルで旅行ガイドブックを見ている真琴さんから声がかかったので陽は包丁を持つ手を止めて答えた。
「今度の週末のドライブはどこへ行く?」
今では二人でどこまでもドライブする、そんな仲になっていた。
(3話へ)
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