第18話

「じゃあ、今日は貴方以外誰も居ないわけなの?」


 オルレアーヌ姉様が帰ってきてからまたすぐに、今度はフランシス姉様も一緒にどこかへ出かけてしまった。


「うん。ごめんなさい、フェミナさん」


「ん〜......」


 フェミナさんは少しだけ何か考えたあと、僕の腕を掴んだ。


「ちょうどいい機会だし、貴方も外に出掛けるの」


「えぇ!? そんな、姉様たちに勝手に出かけちゃダメだって言われてるし...」


「いーのいーの!あの子たちが帰るまでに帰ってくればバレないの!! というわけで早速レッツゴーなの!!」


 一瞬だった。いつの間にか空を跳んでいた僕の視界には館の姿が遠くに見える。


「あ、鍵閉めてない。オルレアーヌ姉様に怒られる........」


「心配するところズレてるの。ま、貴方たち姉弟は変なところで小心的だから今更驚かないの」


「それで、フェミナさんは何処に行くつもりなの?」


黒山羊の集落チャペル、と言いたいところだけどあそこは今ちょっと立て込んでてね。本当は人間界に遊びに行くつもりだったけど貴方も居るから違う場所にするの」


「ごめんなさい」


「なーんで貴方が謝ってるの。勝手に連れてきたのはあたいなんだから気にしなくていいの。...そうね、洋焉の辺りを彷徨うろつくのが良さそうなの。どうせ、過保護なあの子たちのことだから貴方のこと、家の外すら出したことなさそうだし、はじめてのお出かけならそれくらいがいいの」


「ええっと?どこだっけ?」


「ん、簡単に言えば貴方たちの領土なの」


「僕たちは皆同じ領土じゃないの?」


「あー、お勉強ならお姉様方に教えてもらってなの。あたい、頭はそこまで良くないから難しいことはわかんないの」


 フェミナは気だるげに頭を振った。


「そろそろ見えてくる頃なの」


 地平線の先に小さな光がポツポツと見える。


「最初に、洋焉ではを約束してほしいの。だから、名を聞かれても決してユーロンとは名乗らないで」


 フェミナはいつにもなく真剣な顔でガルマに問いかける。


「...うん」


 どうして? と聞きたかったけど、有無を言わせない彼女の表情に僕は頷くしかなかった。


「いい子なの」


 ガルマの頭を優しく撫でるフェミナ。そして、今まで見せてきた彼女の中で最も穏やかな表情をしていた。




「わぁぁ。色んな人たちがいっぱい居るね」


 それはガルマが初めて見るものばかりだった。オレンジ色の街灯と疎らに広がる露店。そして、行き交う者たちは皆それぞれ違う姿をしている。


「これでも洋焉は魔族の中でもかなり数が減った地域なの。それもこれも、ここ数十年でが幅を効かせてきたせい。おかげ様で黒山羊あたいたちの方にまで─「ねぇ、フェミナさん。あれはなに?」


「ああ、あれはムエリュの串焼きなの。カエルみたいな味がするからスキュラやラミアがよく食べてるの。食べてみる?」


「うん!」


「じゃあ、串焼きひとつなの」


 フェミナは銅貨3枚を屋台の中へ投げ渡すと、並んでいた串焼きを1本引ったくった。


「コルゥア! もっと丁寧に渡さんかい!!」


「金はちゃんと払ったんだから文句言うななの。ほら、ガルマ」


「ありがとう!フェミナさん!」


 フェミナから串焼きを受け取ったガルマはそれを大きく頬張った。


「むぐ、ぐ......」


 これは、なんとも......


「ま、そうなると思ったの。それ、アタイも好きじゃないの。無理そうならそこら辺に捨てとけばいいの。誰かが勝手に拾って食べるの」


「いや、ちゃんと食べるよ。折角買ってもらったものだし」


「ガルマは本当にいい子なの。どっかのザ・プライドレディとは大違いなの」


 オルレアーヌ姉様のことだろうか。フェミナさんの言い回しは独特だなぁ。


「デ、ディアナ様だ〜!総領様がお通りになるぞ〜!頭を下げろ〜!」


 向こうの通りから叫び声が聞こえる。


「あー、なんて運が悪いの。ガルマ、とりあえず皆の真似するの。あたいからはちょっと離れてなさい」


 周囲の者たちが跪くので、ガルマもまた同じように膝を着いた。フェミナはガルマから少し離れた所に移動した。やがて、禍々しい鎧を着た集団がこの通りに現れる。


「ほぉ、珍しいな。あの貴様がこんな所にいるとは。集会の方に行かなくてもよいのか?彼処の方は立て込んでいると聞いているぞ、バフォメット殿?」


 その中でも一際厳つい鎧を着た者がフェミナに話しかけていた。


「あらあら、貴方こそこんな下町に何の御用で来られたのかしら? 館の中で偉そうにふんぞり返っていればよろしいですのに。ユーロン家のおこぼれのくせに我が物顔で洋焉を闊歩する総領様?」


「ちっ! 行くぞ!」


 その者の指示により、鎧集団はゾロゾロと去っていった。その後ろ姿を見て、フェミナは気怠げに鼻を鳴らした。


「ふん、相変わらずつまらない奴なの。あたいの方が強いからって言い返せないビビりが。オルレアーヌを見習えっての」


「フェミナさん、あれは?」


 離れていたガルマがいつの間にか、フェミナの隣に移っている。


「にょっ!? びっくりしたなの! 驚かさないで欲しいの!」


「あ、ごめんなさい...」


 ガルマは申し訳なさそうに頭を下げる。


 き、気づかなかったなの......。油断してた訳ではないけど、それでもこれ程までに気配を感じ取ることができないなんて......。この子は一体......?


「いいのいいの。とりあえずどっかのお店にでも入るの。そこで話してあげるの」


 ガルマはフェミナに連れられて、あまり人気のない喫茶店に入っていった。





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