第17話

「閣下子息殿の開血、誠におめでとうございます」


 屋敷のエントランスでル・マン・ゲーロは仰々しく頭を下げる。


「私、感動の涙で前が見えませぬ。私の家を裂くほどの一撃、見事でございました」


「本当にごめんね、ゲーロさん。掃除とか修理とか色々手伝うよ」


「いいえ構いませぬ!!あれはまさにユーロンの再興を思わせるほどの──「それで、今日は何の用?」


 オルレアーヌはガルマに縋るゲーロをあしらうように引き離す。


「ああ、失礼致しました。本日はフランシス嬢に頼まれた物をお届けに来たのです」


 ゲーロが指を鳴らすと、空中から大きな箱が落ちてきた。


「ゲーロさん、これは?」


「残蟲貴穢、いわゆるでございます。をお嬢は一体何に使うのやら、爺は心配でなりませぬぞ」


「は!? どうやってそんなを手に入れたのよ!? 」


「ほっほ、爺を舐めてはいけませぬぞ。蟲に関しては私の右に出る者はいないと自負しております故」


「ん、来た」


 眠り眼を擦りながら、階段を降りてくるフランシス。服も寝巻きのままだ。


「ちょっとフランシス!!あんた、ル・マン・ゲーロになんてもの頼んでんのよ!!もし、ル・マン・ゲーロが死んだらあんたどうするつもりだったの!? アレは持ってるだけでも所有者の内臓が喰い破られてしまう程の呪物なのよ!!」


「ゲロ爺くらいしか頼めそうな人がいなかった。それに内臓くらいゲロ爺なら平気」


「私には。ほっほっほ!!」


「そういう問題じゃない!」


「私は一向に構いませぬが」


「はぁ、そうやって甘やかすからあの子がどんどんつけあがるのよ」


「ふんふん♪」


 フランシスはオルレアーヌの言葉を気にも留めず、件の箱に手をかける。


「ストーーーップ!!! あんた正気!? ここにはガルマも居るのよ!? 万が一にでもこの子に被害が出たらどうすんのよ!? この前の一件からあんた少しおかしいわよ!」


「フ、お姉様、私は。圧倒的な力を有した私にとってこんなものは恐るるに足らない。もちろん、この程度の物でガルマには傷1つすら及ばせない」


 そう言うと、フランシスは箱から壺を取り出し、その蓋を開けた。


 そのおどろおどろしさと禍々しさは遠くにいるガルマたちにもひしひしと伝わった。


。和公の秘毒も、もはや私の『夜月闇姫』の糧にしか過ぎない」


 徐に右手を入れて、壺の中身を吟味する。


「あれは何をしているの?」

 

 フランシスの言動がガルマには理解できなかった。ようやく訪れた沈黙を見計らってオルレアーヌに訊ねる。


「そう言えばガルマにはまだ話していなかったわ。丁度いい機会だから説明しましょうか」


「うん。お願いします」


「まず、私たち魔族がその血筋を以て力とすることは覚えてる?」


「僕たち吸血鬼だけが使える能力があることだよね」


「そう。ただ、生まれ持ってくる能力は当然異なったものになる。つまり、私とフランシス、ガルマの能力はということ。ここまでは解る?」


「うん」


「私が『血液の形状を操る能力』なのに対して、フランシスは『血液中の成分を操る能力』を持ち合わせてる。また、対象についても、私が『自身の血のみ』に対して、あの子は『他者の血のみ』に影響を及ぼす」


「じゃあ、僕はそれらとはまた違った能力を持ってるの?」


「そうね。ただ、あたしもフランシスも『血を操る』能力。おそらくガルマもに関する能力になるとは思うけれど、断言はできないわ」


「どうやったら自分の能力が解るようになるの?」


 その疑問に対してオルレアーヌ姉様は少し困ったように眉を寄せた。


「完全に感覚センス頼りね。これに関してはフランシスに聞いても同じ答えになるわ。魔法は理屈だけど、これは理屈じゃなくて本能的なもの。そんなに深く考えなくても、いつの間にかなんとなくできるようになるわ」


「恐縮ながら、お嬢様方が能力を使い始めたのはであると記憶しております。ですので、閣下子息殿もそう焦りなさる必要もないかと思われます」


「そうなのかな......」




「......勝った。私の完勝、圧勝。なんというあっけなさ」


 オルレアーヌたちを他所にフランシスは歓喜に打ち震えていた。


「どうしてフランシス姉様はあんなことを?」


「『能力』と言っても単に万能というわけでもないの。扱うにはを伴う事になる。それがね」


「フランシス姉様の能力は複雑ってこと?」


「ええ、万象というものは案外上手く調律が取れているもの。大いなる力には多大なる代償を、あの子の場合は能力を発動するには1度その成分を自身の体内に取り込み、自身の免疫のみで打ち勝つ必要がある」


「まさにすると言ったところですかな......!」


 ル・マン・ゲーロが得意気に髭を撫でる。


「言い得て妙ね、それ」


 オルレアーヌは溜息を吐くかのように笑い、フランシスに歩み寄った。


「あんた、本当に


 生ぬるい風が辺りに渦巻く。


「それが最適解。お姉様だってとっくに解ってる」


「殺したの?」



「もう後戻りできないのよ」


「足踏みしてたら、底が抜けて、惜しむまもなく、お終い。お姉様はそんな結末がお望み? この問答ももはや無意味。いつまでもそうやって駄々を捏ねて、後悔すればいい」



「ねぇ、ゲーロさん。姉様たちは何を話しているの?」


 姉様たちの声は小さすぎて僕には聞こえない。


「......いずれ閣下子息にも解る時が来ます」


 ゲーロさんはただ、それしか言わなかった。


「私は私の護りたい者のためならを捨てる。それに


 フランシスの紅い瞳は闇深き空よりも暗く、また爛々として。


「......わかった」


 オルレアーヌはそう呟くと、羽を広げ、ゆっくりと上昇していく。


「少し出掛けるわ。家とガルマをよろしく」


「うん。いってらっしゃい、お姉様」


 僕はその姿に何かに対する諦めと決意が見えた。






「おかえり、お姉様。気分はどう?」


 翌日、エントランスから聞こえるフランシス姉様の声でオルレアーヌ姉様が帰ってきたのだと分かった。僕も おかえり を言おうと思い、階段の手すりに手をかけた。


「なんてことはなかったわ」


 そう微笑む姉様の頬には薄い紅化粧。煌々と赫く眼に白む瞳孔は月よりも眩しい。


 それが何だか怖くて


 僕は何も言わずに部屋に戻った

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