第16話

 か、完全に盲点だったわ......。てっきりから必要ないと思ってたけど、ちゃんとこの子にも必要だったのね......!


「開血って何?」


 ガルマは首を傾げながら問う。


「身体から血を出す穴を開けて、力の流れを増幅させる儀式よ」


 オルレアーヌは頭を抱えながら答える。


「道理で流れが弱々しいと思ったのよ。なんで気づかなかったのかしら? 嘘でしょ?あたしってもうそんな歳? まだ500もいってないでしょ?」


「ほんとなの、オルレアーヌ。ここ100年でもの凄く耄碌してるの」


「私もとっくに開いてる前提で過ごしてたから仕方ない。なら、今から開ければいい」


 フランシスはガルマの掌に歯を突き立てる。


「ガルマ、今から道を開けるから、ちょっとチクッとするけど我慢して」


「うん」


 ガルマが頷くと、フランシスは深く歯を沈ませた。


「いっ」


「じゃあ、反対側はあたしが」


 そう言うと、オルレアーヌもまた空いている方の掌に噛み付いた。


「ぷぁっ、これで開いた。お疲れ様、ガルマ」


 フランシスは口を離した後、労わるように手を摩った。


「こっちも終わり。これでどう?フェミナ」


 オルレアーヌの方も口を離し、フェミナに問いかける。


「うん、うん! 確かにユーロンの匂いなの!でも、匂いが強すぎてちょっとマズイかも......」


「ね、姉様。なんだかフワフワするんだ。どうしたらいい?」


 ガルマは声を震わせながら、羽をばたつかせる。


「大丈夫よ。あたしもフランシスも最初はそんなものだったから。


「う、うわあああああああああああ!!!」


 ガルマの両手から鮮血が溢れ出る。それは地を別け、天を裂き、ル・マン・ゲーロ邸の鐘楼を破壊した。



 ラ



「おぉ、遂に坊っちゃまも開血なさいましたか。ふふふ、これ程までにやんちゃですと、将来が楽しみでたまりませぬな。この老いぼれ、まだまだ生き甲斐が尽きぬものです。ホッホッホ!......おおっと、赤飯を炊かなければ。こんなにめでたい日は滅多にないのですから!」


 家を破壊されたことは気にも止めず、笑いながら支度を始めるル・マン・ゲーロであった。



 鬼




「私の時、こんなに出た?」


 フランシスが不安げにオルレアーヌに話しかける。


「うーん、どうだったかしら? それにしても勢いが良すぎると思うけど」


「早く止めてあげた方がいいと思うの。ガルマはきっと自力で止められないと思うの」



 死



 結局、オルレアーヌがガルマが落ち着かせたのであった。


「いい? あんたはこれからを制御しなきゃならないの。今回はあたしが止めたけど、次からは自分でなんとかするのよ」


「うん.....。ありがとうオルレアーヌ姉様」



 自分でもよく分からない感覚だった。血が出るのに痛くない。最初は浮いてしまうような高揚感と、とめどのない破壊衝動が全身を駆け巡った。


 そして、それを全て塗り替えてしまうほどの暗い、暗い何かが僕の心を───



「どうしたの?」


 フランシス姉様が心配そうにこちらを覗き込む。


「なんでもないよ」


 本当は聞いて欲しかった。吐き出したかった。でも、僕は飲み込んだ。なんとなく、その方がいいと思ったから。


「ふぅ、ひとまず面倒事は一件落着なの。 さぁ、お茶するの!! 、お菓子!!!」


「元々はあんたのせいでこうなったんでしょうが!!!少しは謙ることを覚えろこのバカ淫魔!!!」


「だからあたいは淫魔じゃねえー!!!」


「ふふ、また始まった。あっちいこ、ガルマ。ここに居たらおバカが伝染る」


 そうだ。僕はこの楽しい空間に居たいんだ。さっきみたいに喧嘩もするけど、こうやって仲直りして、また皆で笑い合う。僕はここで生きていきたい。


「うん」


 手のひらを見つめる。穴はもう塞がっていた。そして、そのを逃がさぬようにと拳を強く握りしめた。

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